新宿異能大戦81『世界は流れ、人は動く』

 ――死者・行方不明者2万4千人、負傷者3万人以上(1月9日時点)。


 クリスマスイブの夜に起きたその事件は計り知れないほどの爪痕を世界に残した。

 仮に本事件を「テロ行為」と定義するのなら、これほどの被害者数は後にも先にもないだろう。

 その証拠に事件から二週間近く立つ現在も、世界中で当事件の報道が絶える気配はない。


 一方で世界の情勢はさらに加速度を増して流れていく。

 まず『サン・ミラグロ』であるが、各国は世界中に散らばるアジトの一斉摘発を開始。

 来日していた『国家最高戦力エージェント・ワン』たちも返す刀で帰国することになり、作戦に参加。もはや幹部の大多数を失った残党に抵抗する力などなく、さらには年末年始を返上する勢いで怒涛の攻勢を掛けた結果、三が日が明ける頃にはほぼ全てが制圧された。

 もう世界は有馬ありまユウという『悪魔』の存在に怯える必要はなくなったのだ。


 しかし『悪』の存在が消えたという事は、すなわち平和が訪れたという事と同義ではない。

 共通の敵を打ち倒した時、その後からまるで蛆のように「分断」と「恐怖」が湧き出るのはいつの時代でも同じことだ。


「わが国では全国民に一斉検査を実施し、一定の基準を超えた『異能者』については完全なる監視下に置きます!

 対象者からは氏名住所等は元よりあらゆる生体データおよび個人情報を取得し、さらにはマイクロチップを埋め込みます。そして彼等は24時間体制で監視下に置かれ、もし何らかの不法行動を起こした場合は即座に逮捕・拘禁いたします!

 新宿のような惨劇がわが国で起こるようなことがあってはならない!」


 これはとある国の首領が年始の演説で語ったものである。

 あくまで一例だが、実際多くの国において『異能者』に対する規制は強めざるを得なかった。

 言論統制、監視、外出規制――世界はかつてない緊張感に包まれていく。


 当然、世論も割れた。


 危険である以上、『異能』は絶対に規制すべきだ。

 否、『異能』は個人における最も重要な所有物である以上軽々に規制すべきではない――そんな規制に関する論議から、『異能』そのものに対する定義づけ、果ては『異能者』という存在の歴史的・生物学的意義まで。


 本来『異能』とは人間であれば誰しもが発現する可能性があるものである。

 その所為もあって『異能者』と『非異能者』、その線引きは酷く曖昧なものとなり議論は着地を見ることのないままエスカレートしていった。

 これまで社会の裏で対処されてきた問題が白日の下に晒されたお陰でよりその複雑さを究めていく。田町祭での事件が起こした火種は、新宿での一件を以て大炎となったのである。


 さらにもう一つ、『異世界』の存在がその混乱に拍車を掛けていく。

 当初は有馬ユウが『新宿異能大戦』の参加者を釣るための妄言とする赴きもあったが、徐々にSNS等で『魔獣』の画像や動画が出回り始めるとその評価は一点。

 その存在は確定したものとして世界に認識され始めた。


『異世界』とは一体どういう所なのか?

 どんな生物、人種がいるのだろうか?

 魔法は? 言語は?

 もしかしたら人類に役立つ資源があるのではないか?


 憶測は憶測を呼び、希望や期待といった妄想へと広がっていく。


 行きたいと願う者。

 静観する者。

 その存在を頑なに拒絶する者。


 どちらも思考が引き寄せられているという点では同じだ。


 ここまで来たら『世界の黙認』の効果も期待できない。

 もう、世界はなるようにしかならない。



 嗚呼この世界は一体、どうなってしまうのだろうか――




 ──────



 ────




 ──




 こういう時だ。

 こういう時こそだ。 

 こういう時だからこそ、『英雄』が要るのだ。


 しかしその『英雄』は、あの事件以来表舞台から姿を消した――――





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「――くしゅんっ」


「お、どうした嬢ちゃん風邪か?」


 1月10日。

 東京都大田区。


「いや、単発のくしゃみ」


 女子高生の一人部屋というにはあまりにも広大で豪勢な空間の中、都築つづき美智子みちこはベッドの上で鼻を少しだけすすって言った。


 時刻は午後1時40分。

 机の上では喋るキノコことマッシュマンがいつものようにタブレット(あまりにも美智子のスマホをいじるので新しいのをあげた)をいじっている。

 最近ではピザチョコもよく勝手に窓を開けて入り込んでくるようになり、今の部屋の状況はさながら動物園だ。


「……授業はいいのか?

 確かパソコンって奴で受けられるんだろ?」


「…………体調悪いから」


「そうかい」


 それ以降何も聞かず、マッシュマンはタブレットいじりに専念する。

 生意気にもこちらの心情を察しているらしい。キノコだけど。


「…………」


 美智子は頭を横に向け、机の上にあるノートパソコンを見た。

 現在早応女子高等学校では全ての授業をオンラインで行うことになった。担任の教師が言うには昨今の社会情勢を鑑みてのことだと言う。

 だからと言っていきなりオンラインはどうなのかとも美智子は思ったが、曲がりなりにもお嬢様校であり、さらには立地も都心に近い早応女子では仕方のないことなのかなとも理解していた。

 実際、あれはそれだけの事件だったのだ。美智子自身も大切な友人を亡くしてしまうほどに。


「――――」


 部屋の明かりをぼーっと見つめながら、美智子は左の手の甲を額に置いた。

 目の奥に未だに違和感があるのはあの日涙を流しすぎた後遺症だろうか。


 ――友達が、死んだ。


 その事実を聞いたのは、25日の夜だった。

 初めて体験する身近な人の死。最初はただただ驚き以外に何もなかった。

 しばらく経ってから零れだした涙を見て、悲しみと言う感情には時間差があるのだと知った。

 まるで自分の人生の一部が突然欠落したような感覚。

 せめてもの救いは、彼女を穏やかな顔をしていたことだろうか。


 彼女が何故あの日自分の家を抜け出して新宿に行ってしまったのか、分からない。マッシュマンもはぐらかすばかりで教えてくれない。

 でも彼女が私の制服を着ていたと聞いた時、何となく分かってしまった。


 あの子は、もしかして私のために――


「――――っ」


 絞られていくような感触が全身を襲う。

 苦しい。

「死」というのがこんなにも苦しいだなんて初めて知った。


 なにこれ。

 何で私がこんな思いしないといけないの。

 助けてよ。

 誰か。


 誰か―――――――――――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――――――――でも、待って。


 じゃああの人は?

 私よりもずっと人の死を見てきてる、あの人は?


「――――っ!」


 美智子は目を見開き、起き上がった。

 そのまま目を向けるは部屋の隅に置かれた木製の椅子。それはとある家庭教師が来た時に使っているものだ。

 しかしそこに座るべき人物はあの日以来、無断で仕事を休んでいる。

 何も言わずに、何も残さずに。


「…………」


 美智子はベッドから立ち上がり、その椅子の背もたれにそっと手を置いた。

 温もりなどない。

 でも彼は確かに此処にいて、自分と同じ時間を過ごしていた――その確信が、熱さとなって全身を駆け巡る。


「どしたい、嬢ちゃん?」


 まるでタイミングを測ったようにマッシュマンの声。


「うん、まぁ何と言うか――」



「たまには私から行くのもアリかなって」


 美智子は口角をあげて言った。

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