Aパート
一つ目入道と戦った翌日。……まあ、日付は変わっていたので数時間後だが。
俺は黒い学ランを着て、中学校への通学路をひた走っていた。
妖怪退治師になったとはいえ、まだ十三歳。義務教育を受けなければならない年齢である。
高校進学はせずともせめて中学は卒業してほしい――。この職を志すと家族に話したときにそう求められた俺は、勉学と仕事を両立させることになった。
故に、夜にどれだけキツイ仕事をしても次の朝には必ず学校に行かなければならない事になっている。(勿論体調不良の場合を除くが)
家に帰ってきたのが深夜一時半過ぎ。二時間の訓練をした後、寝床に入ったのが四時。一時間で起こされて爺ちゃんとの朝練。その他諸々あって今に至る。
「思ったよりブラックだ……。この職……」
目に大きなクマを作りながら、ヨロヨロと学校に向かうのだった。
((((ヒソヒソヒソ……))))
「……」
放課後、廊下を歩く俺の傍らで皆がひそひそ声で話している。
皆、俺を避けているのだ。
元々悪かった目つきに加えて今朝できたクマのせいで余計人相が悪くなり、生徒だけでなく教師までもが寄り付かなくなっていた。
「何も悪いことしてねえんだけどな……」
まあ確かに? 遅刻ギリギリで教室に入ったり、授業中もずっと寝てるけどさ。
それで犯罪を犯したわけじゃないし。人を傷つけたり騙したりしてるわけじゃないんだからまだセーフじゃないの? と心の中では思っている。
……そんな屁理屈カマしてる時点でマトモじゃないと分かってはいるけどね。
「キンさーん」
そんな中でも変わらず俺を呼ぶ声がする。元気でハツラツとした明るい声だ。
「朱音……」
振り返ると、手を振りながらこちらに近づいてくる一人の女子生徒がいた。
こいつは
オレンジ色の髪を肩まで伸ばし、左側にワンサイドアップで纏めている。
それに制服の上からでも分かる中学生離れした抜群のプロポーション! それで躊躇いもなく近づいてくるもんだから、俺はよくドギマギしてしまう。
「その呼び方やめろって言ってるだろ」
「いいじゃん、呼びやすいし!」
「だからって、……俺は名奉行じゃねーんだぞ」
「えーなにそれー?」
「知らねーの!? ハァ、ジェネレーションギャップかよ……」
「同い年でしょ」
まさかあのドラマ知らないとは……。若者の時代劇離れもといテレビ離れが深刻だって話は本当だったんだな。なんか寂しい。
「それより見た!? 昨日の『怪奇映像スペシャル』! 面白かったよね~」
朱音が目をキラキラさせながら話を振ってきた。前言撤回、やっぱ観てる人は観てるわ。
こいつは昔から超常現象やら怪奇やらのオカルト系の話題が大好きなのだ。
部屋の中にはそれ類のグッズが溢れかえっているし、小学校の時には自らの研究をまとめた新聞を作り、地元の新聞社から賞を貰っている。それでいて今度の夏休みには日本全国の心霊スポットを巡る旅なんかも計画してるらしい。
その余りにも熱狂的なオタクぶりに周りからは若干引かれているようで、可憐な容姿であるにも関わらず男子は寄ってこない。こういうのを《残念系美少女》って言うんだって。友達に聞いた。
そんな彼女の好みにベストマッチするような番組を、朱音が見逃すはずがなかったのだ。
でも昨日か……。
「ああ俺、昨日はテレビ見てないんだよ。朝まで爺ちゃんと剣道の稽古しててさ」
「またぁ?」
――という『設定』にしている。
朱音は妖怪退治師の存在も知らなければ、俺がそれになるための修行をしていたことも知らない。
家が昔から剣術道場をしていて、跡取りの俺は祖父に厳しい稽古をつけられている……。それが、朱音含む世間の風間家への認識だ。
「キンさんのお爺ちゃんもちょっと厳しすぎるよねー。何も自分の孫にでっかいクマ作るほど特訓させるとかさー」
「仕方ねーよ。俺から言い出したことなんだから」
「……そこまでして強くなりたいんだ」
「ああ。俺には倒さなくちゃいけない奴らがいるからな!」
俺が倒すべき相手――妖怪。大事なものを奪ったあいつらをこの手で倒す。そう、そのために爺ちゃんの厳しい特訓を耐えて、妖怪退治師になったのだから。
「あ、剣といえばさ。聞いた? 昨日の夜、公園で刃物持った男が暴れてたんだって」
「!?」
聞き覚えのあるフレーズに思わず震えた。
それって一つ目入道との戦いのやつじゃん! もう噂が回っているとは……いやまあ警察沙汰になってたから当然か。
ただ、この事を詮索されるのはさすがにマズイ。色々と!
「物騒よねぇ。しかも犯人あたしらと同い年ぐらいの――」
「そ、それより! 『怪奇現象スペシャル』って何やってたんだ?」
「そうそう! それがね? 都内で新たな幽霊スポットが発見されたって話で~……!」
番組の話にすり替えることで何とか軌道修正できた。危ない危ない……。
そうして話をしながら廊下を歩いていると、ある教室に辿り着いた。
校舎三階、東端。今は使われていない教室が俺達の活動拠点だ。
何の活動だって? 中学生が放課後学校に残ってすることなんて一つに決まってるだろ。
「さあ、今日もバリバリ部活するぞー!!」
「わざわざ声にすることかよ」
ミステリー部。
怪奇現象や超常現象が好きな朱音が、それらの研究や調査をするために設立した部。
俺はその部員として、朱音と共に活動している。
いや俺だけじゃないか。もう一人、ミステリー部には部員がいる。
「おお、お二方。お疲れ様であります」
引き戸を開けると、本を読んでいたもう一人の部員がこちらに気づいて挨拶をした。
ハカセ。
他の同級生とは頭一つ分小さい身長にブカブカの白衣を纏い、グルグル眼鏡におかっぱ頭と、まるで一昔前の漫画に出てくるようなビジュアルの男子生徒。
語尾に『~であります』をつけるなど、周囲の人間からは完全に浮いているが、本人は全く気にしていないみたいだ。
なお、【ハカセ】というのは愛称であり本名ではない。てか愛称しか知らない。
「ちぇー。またハカセが一番乗りかー」
「本当。いつの間にかいるんだよな」
ハカセはいつも一番にこの部室に来て、何かしらの調べ物をしている。
科学法則だったり世界の国の伝承だったり、ジャンルは様々。それらを全て理解してしまう辺り、さすがは【博士】といったところだろう。
「で、今日は何調べてるの?」
「『ジャメヴュ』という現象であります。既に体験したであろう事を未経験だと思いこんでしまう事。日本語で言うと『未視感』、デジャヴュの反対でありますな。一見、物忘れや認知性と同類かと思われがちですが、実際は脳の障害によるもので……」
「「子供だから~、わかりませ~ん」」
「お二人には難しかったでありますかね」
「ちょっと、今バカにしたでしょ!」
「バレたでありますか?」
「もー!」
「おいあんまり騒ぐなよ、狭いんだから!」
追いかけっこをし始めた二人に、俺は軽く𠮟りつける。
広さは他の教室の半分ぐらい。入口入ってすぐ右隣に靴箱、左側に黒板、窓際に本棚。そして部屋の真ん中に机を並べただけの、簡素な作りの部室だ。
しかも立地は校舎の端。なぜこんな所に追いやられているのか、答えは簡単。
俺は周りに避けられてるし、朱音は引かれてるし、ハカセは浮いている。
そう。つまりここは【変わり者の集まり】みたいなモノなのだ。
「……ところでキンさん。『例のモノ』は手に入ったでありますか?」
「フフッ、勿論だぜ」
俺は手提げバッグから厳重に袋詰めされた一冊の本を取り出し、それをハカセに手渡す。
ハカセがその袋を破くと中から出てきたのは、水着姿のグラビアアイドルがデカデカと表紙に載った大判サイズの本だ。
「キターーー!
「感謝しろよ~。県内の古本屋駆けずり回ってようやくゲットしたんだからな」
「欽一郎様~! 有り難く頂戴させて頂くであります~!」
「ハハハ。くるしゅうないくるしゅうない」
ハカセは物凄い勢いで床に頭をこすりつけ、俺にお礼を言った。ここまで感謝されると気分がいいな。
そんな俺達を朱音がジト目で睨んでくる。
「あーいけないんだー。学校にそんなモノ持ってきて、不良だ不良」
「へっ。バレなきゃいいんだよ」
「欽一郎様の言う通り。学校という名のディストピアに秘密の宝物を持ち込む、そこにロマンがあるのだ!」
「ハカセ! お前いいこと言うな!」
「ありがたきお言葉。ささ、欽一郎様も一緒に読みましょうぞ」
すっかりキャラの変わったハカセがこちらに手招きしてくる。
仕方ないな。そんな巨乳の美少女アイドルの事なんて一ミリも興味ないけど、親友の頼みならしょうが無い。いやほんとに興味ないけどな!
「うわあ、このカット際どくね!?」
「バッカみたい」
ガラガラガラ……。
「「!?」」
と、その時。突然部室の扉が開けられた。
顧問の先生が抜き打ちで見回りにでも来たのだろうか。数秒前まで写真集を読んでいた俺達は焦りを隠せない。
「ち、違うんですよ先生! この本はハカセくんが勝手に持ってきた本で……!」
「なーーっ!? 平然と仲間に罪をなすりつけるとは! 見損なったであります!」
「うるせー! 俺はこんなところで死にたくねーんだよ!」
親友との友情は、一瞬にして砕け散った。
互いに互いの責任を押し付け合う。我ながら何とも醜い争いである。
見かねた朱音が俺達の肩を掴み、俺達を落ち着かせた。
「二人共ストーップ。見て、来たのは先生じゃないよ」
朱音の言う通りに開かれたドアの方を見ると、そこには一人の女の子が立っていた。
第一印象は『すげえ可愛い』。しっとりとした黒髪を鈴で纏めたポニーテール、瑠璃色の綺麗な瞳にまんまるとした小顔。
何より誰が見ても分かる清楚な美少女っぷりに俺とハカセが思わず見とれていると、その女の子が呟いた。
「あの……」
あ、声も可愛い。アニメでヒロインやってるような声。
「ああえっと、ごめんね。うちの馬鹿二人が」
「僕をこんな裏切りクソ野郎と一緒にするなであります!」
「んだとやるかこの昭和メガネ野郎が!」
朱音の発言から再び喧嘩を始める俺達。
「け、喧嘩はやめてください!」
女の子は俺達二人の手を握ると、瞳をうるうるとさせながら上目遣いで頼んできた。
ここまでされて止まらない男はいないだろう。俺とハカセは大人しく互いに謝り、ひとまず争いは終結した。
「……?」
何だろう。この娘に手を握られた時、何だかゾワッとしたんだけど……。
それに、彼女の事は初めて見たはずなのに、何故か見覚えがある……ような? うーん、気のせいか。
「あの二人の喧嘩を止めるなんて凄いねぇ。でも部屋に入る前にはノックしてほしいかな」
「ごめんなさい……。って、どうしてわたしが一年生だってわかったんですか?」
「そりゃまあ、リボンの色違うからね」
朱音は自分と彼女の制服の胸に付いているリボンを指差した。
この中学校では学年ごとにリボンやネクタイの色が異なり一年生は青色、二年生は赤色、三年生は緑色になっている。今回の場合、女の子が付けていたリボンが青色だったので一年生だと分かったのだ。
「成程。さすが先輩ですね!」
「ハハハ。くるしゅうないくるしゅうない!」
そんな褒められることでもないと思うけど……。
「で、結局何しに来たんだ?」
「あ。はいっ、わたしこの部に入部したいんです」
「「「ええっ!?」」」
あまりの驚きに三人共素っ頓狂な声を出した。
さっき語った通り、俺達は周囲から変わり者扱いされている。そんな奴らの巣窟にこんな美少女が自ら入りたいというのだ。誰だって驚くに決まっている。
「部員募集のポスターを見て……、凄く楽しそうな部だなぁと思って」
彼女にそう言われて俺達はそのポスターの事を思い出した。
春休みに入る前、顧問の先生に新入部員勧誘の為のポスター作りを命じられた俺達は、どのような内容にするか話し合い、『自分が興味のある事柄をひたすらポスターに書きまくる』という結論に至った。
俺は『部の活動内容が分かりづらい』と最後まで否定的な意見を出していたが、『インパクトがあった方が呼び込みやすい』という朱音の意見に強く圧され渋々承諾。
その後『何だコレは!?』と怒られる事もなく、休み明け普通に貼り出されていたところを見るに、先生も適当な仕事してるなと呆れていたが……。
「ほらー! やっぱり効果あったのよ、あのポスター!」
「あんな個々の趣味全開の寄せ書きみたいなポスターで人が釣れるとは……」
「世の中わからないもんでありますなぁ」
女の子に聞こえないようにこそこそと話し合う。
そんな三人の様子を見ていた一年生は、自分が迷惑になっていると感じたのか、悲しげな顔になって呟いた。
「あの、やっぱり駄目ですよね……」
「いやいやいやとんでもない! 全然ウェルカムよ! ね!?」
「「ウェルカムウェルカム!!」」
「……! ありがとう御座います!」
皆にそう言われた瞬間、彼女はパァ~ッと明るい顔になって満面の笑みを浮かべた。
……やっぱ可愛いな。
「そうと決まれば早速歓迎会よ! お菓子とかジュースとか用意してさ!」
「いや今から準備しても遅くね? あとそんなモン持ってきたら先生に怒られんだろ」
「写真集持ってきてる奴に言われたくないわ!」
結局お菓子とジュースは顧問に許可を貰って(その際写真集持ち込みの件でハカセと怒られた)自分達で用意し、土曜日の午前授業後に部室で歓迎会を開くことになった。
「そういえばまだ名前聞いてなかったっけ。あなたの名前は?」
「はい、
女の子はそう答えた。
これが、俺と彼女の最初の出会いだった。
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