Bパート②

 中央公園。

 三十メートル以上ある人工の山と、甲子園球場およそ二十個分の広さを持つ巨大な公園は、この町随一の観光名所である。

 俺の苦い初陣の舞台もこの公園だった。そう考えると何とも因縁深い場所だ。


 この公園の奥深く、木が多く生い茂っているこの場所に『立ち入り禁止』と書かれた標識と柵がある。ハカセによると、電波らしきモノが出ていたのはこの辺りのようだ。


 昔から何かが出ると噂されていた場所だ。

 そういえば朱音も春休み前に『この近辺を通ったら不思議なものを見た! ……気がする』と言っていたっけ。


 ただ、いくら朱音でも大事な歓迎会の直前に、スーパーからだいぶ離れた場所まで寄り道なんてしないはずだが……。

 まあ。何にしてもここが一番怪しいのだ。行かない理由はない!


 俺は霧玉を周囲に投げつけると、妖封剣で横一閃。

 パリーン、と何かが割れた音がする。


「……やっぱりな。結界が貼られてたんだ」


 最先端のシステムを備えたドローンでさえも見つけられなかった場所。ハカセが近寄れないと言っていたのは、妨害電波が出ていたからではなくこの結界があったからなのだ。

 俺達人間の常識を軽く越えてくるのが妖怪という存在である。恐ろしや。



 俺は柵を越えてその結界の中へと入っていく。

 結界の中は薄暗くて、外の空間とはまるで雰囲気が違う。

 さっきまで都会だったのにいきなり樹海に来たような感覚だ。


 しばらく歩いていると、大きく開かれた広場に辿り着いた。


「!」


 中央の切り株の上に、一人の少女が寝かされていた。

 手には大量のお菓子の入ったレジ袋が握られている。 


「朱音!」


 俺が近づいてみると、彼女はすうすうと寝息を立てていた。

 体に特に目立った傷もなく、とりあえずは無事のようだ。


 でも、何だってこんなところに……?


 そこに、大きな足音を響かせながら、影が現れた。


「一つ目入道……! お前の仕業だったのか!」


 今まで何度も何度も戦った相手、それが今回の事件の黒幕だったのだ。

 一つ目入道は俺が朱音の傍にいるのが気に食わなかったのか、こちら目掛けてパンチを繰り出してきた。


 俺は眠っている朱音の身体を抱き寄せて素早くその攻撃をかわす。

 パンチの衝撃は物凄く、切り株が粉砕されて辺りにクレーター状の跡が残っていた。


「ちょっとここで休んでてくれよ……」


 奴の攻撃が当たらない安全な場所へ朱音を避難させるると、俺は剣先を向けて一つ目入道に挑発した。


「さあ来やがれ! お前なんてもう欠片も怖かねぇんだぞ!」



 すると一つ目入道の身体に変化が起こった。


 元々二メートルはあった身体は益々でかくなり、体色は明るい黄色からどす黒い黒色に変化。さらに瞳の両端が見開き三つ目になって……。


 見るからにパワーアップしている。言うなれば、【三つ目入道】!


「ビッ……、ビビッてなんかねーからなーっ!?」


 嘘。本当はメチャ動揺してる。

 でも、ここで止めなきゃもっとヤバい事になるのは確かだ。とにかく俺は三つ目入道に向かって駆け出した。


(一番危険そうな目を狙うか……!)


 そう思ってまずは奴の右端の目を狙い飛び上がる。が。

 攻撃が当たる寸前に、ガシッと身体を左腕で掴まれてしまった。

 そのままブンブンとこちらの目が回るほど振り回し、遠くへと放り投げられてしまう。


 そこから立て続けに、三つの目から光線を打ち放す。

 今までの石化光線ではない、威力の強い破壊光線だ。

 爆発でもう辺り一面ボロボロ。俺もボロボロで倒れこむ。


 ……まずい。アイツ強すぎる! 俺一人じゃ勝てそうにない!

 そんな俺にトドメを刺そうと三つ目入道が近寄ってくる。絶体絶命のその時だった。



「ウニ”ャアアアッ!!」



 巨大なネコが三つ目入道に向かって突進してきた。


「ネ、コ……!?」


 その姿を見た瞬間に思い出した。

 最初に一つ目入道と戦った時に出会った巨大な影。それがこのネコにそっくりなのだ。


 ドスン! と大きな音を立て、地に伏する三つ目入道。

 すると巨大ネコはこちらに顔を向け、身体を見覚えのある人間の姿へと変えていった。



「……大丈夫ですか!? 先輩!」

「お前……!」


 ビックリ仰天。あのネコの正体は三神だったのだ。

 正体バレした時に猫耳やらしっぽが見えたから、何となくネコの妖怪だろうなとは思っていたが。


 巨大な身体に二本のしっぽ。そうか、あいつは猫又ねこまたか!


 ……って感心してる場合じゃない! 

 俺はあいつに戻れと言ったはずだ。それなのに……。


「おい! 何で来た⁉」

「何でって……、朱音先輩を助けに来たに決まってるじゃないですか!」

「それは俺がやるって言っただろ! いいから戻れ、ここは俺が……」


 俺はそう言って彼女を追い返そうとする。


「断る!!」

「!?」


 が、強い口調で断られてしまった。その迫力に思わずビクっとなる。


「……先輩が何故そんなに妖怪を嫌っているのかは知りません。でも、嫌われていても構わない。わたしは、朱音さんを絶対に助けるって決めてるんです」


 そう言い切り、彼女は俺の前に立つ。


「ここはわたしに任せて下さい。来て! ネコさん達!」


 ポニーテールの髪を纏めていた鈴を外し、振って音を鳴らす。


 束の間の沈黙。その直後、大きな足音を鳴らしながらネコ達が集まってきた。

 百匹はいるだろうか。とにかく町中のネコがこの場に集結していた。


「おおっ! それでどうするんだ? まさか合体技でもするのか!?」


「……、いや特に何も……?」

「やめちまえそんな攻撃!」


 ただネコ集めただけじゃねえか! 攻撃にすらなってないぞ!


 そんな事をしている間に、三つ目入道が起き上がってしまった。

 突然の乱入者の登場でさらに気が立っている様子で、グオオオと不気味な叫び声を上げる。その声にビビったのか、ネコ達は逃げ帰ってしまう。


「ああ、みんな! こうなったら……猫パンチ!」


 孤立無援の状態になってしまった三神は、最後の足掻きと言わんばかりに三つ目入道の腹を殴る。


 ――ぽすっ。


 そんな効果音がお似合いの、弱々しいパンチ。

 勿論三つ目入道に何のダメージもなくポリポリと頭をかくと、腹の弾力を使って三神を吹き飛ばした。


「にゃっ!?」


 三神が吹き飛ばされた先には大木があった。このままぶつかると思われたが、衝突寸前に身体をねじりうまく着地した。そこは猫妖怪なだけあって身軽なようだ。


 しかし今見た限りでは大した攻撃力も無い。はっきり言って足手まとい。


「ったく、気は済んだかよ!? なら早く戻れ、ここは俺だけで十分だ」

「……嫌です……! 絶対に戻りません!」


 息を荒げながらそう返す三神。

 何でだ? 何でそんな力もないくせにここまで必死になれるんだ。 

 

 苛立ちと共に、そんな疑問が頭の中をよぎる。

 三神は答えた。


「わたしも、ミステリー部の仲間だから」

「!」


「わたしがこの部に入りたいと言った時。朱音先輩もハカセ先輩も、……そして貴方も、皆明るく迎えてくれました。それが嬉しかったんです。だから……だからわたしも! 皆さんの思いに応えたいんです!!」


 こいつがここまで考えていたとは。

 俺はその気迫に圧され、その場に立ち尽くす。


「危ない!」

「えっ」


 三神は俺の身体をドンと押した。その瞬間、三神に光線が直撃する。


 直撃を受けた三神の身体が徐々に石化していく。

 どうやら三つ目入道が俺に向かって石化光線を放ち、その攻撃から三神は俺を庇ったようだ。


「お前」

「先輩……、必ず……」


 そう言葉を残して、三神は完全に石になってしまった。




 ――邪魔者が消えた。


 普段なら大喜びしているところだが、今日だけは何か違った。

 彼女を妖怪と知って拒絶し協力を拒否したのに、それでも仲間の為にここに来て。


 「お前らなんて大嫌い」と断言したはずなのに、それでも俺を信じてくれて。


 挙句の果てには俺を庇って石化するとか……。


「……馬鹿かよ。あいつ」


 いや、本当に馬鹿なのは誰なのか。

 ここまでされておいて、意地を張り続ける必要もないのではないか。


「例え妖怪でも……、俺のせいで誰かが傷つくのは嫌なんだよっ!!」


 立ち上がったその時、俺の身体を金色のオーラが包み込んだ。

 身体が燃えるように熱い。でも、何だかあたたかい。心が穏やかになっていくのを感じた。

 なんか……、今ならどんな相手でも倒せるような気がする!


 瞬間。俺を包んでいたオーラが最大の輝きを放つ。

 その光が明けると俺の髪は銀色になっていた。

 ……何で金色のオーラの中から銀髪? まあいいか。


「来い」


 自分でも驚くほど冷たい声だ。三つ目入道に向かって挑発するように手招きする。


 その挑発に乗った三つ目入道がそれぞれの目から破壊光線を乱れ撃つ。

 が、当たらない。目に見えない速さでビームをかわし、奴の真後ろまでたどり着く。


「どこを狙ってる? 俺はここだぞ」


 振り返った三つ目入道が俺目掛けて殴りかかってくる。


 ガキィン!!

 俺はそのパンチを妖封剣の剣先で受け止めた。


 三つ目入道は三メートル強のデカさと屈強な体。それに比べて俺はその両方の半分にも満たない。それほどの体格差、パワーの差がありながら、拳を受け止めた剣はピクリとも動かなかった。

 これが、妖封剣の真の力……!


「どうした……? こんなものか?」


 ゼエゼエと息を吐く三つ目入道に対し、俺は嘲笑うかのように煽る。自分でもビックリのドSぶりだ。

 その発言が最大級に癇に障ったのか。三つ目入道は、最大までエネルギーを溜めた石化光線を俺に向かって放ってきた。


「――必殺戦法、“鏡返し”!」


 俺は前方に向かって、四角に囲むように剣を振るう。

 描かれたアーチは巨大な鏡のバリアとなって、光線を反射させた。


 反射した石化光線をモロに浴びた三つ目入道の身体はビキビキと石になっていき、やがて完全に固まってしまった。


 石になった身体から人魂のような物が飛び出してくる。

 肉体を失った妖怪の魂が具現化された霊魂である。妖封剣の刀身に張り付いた御札でこれを吸い取る事で、封印が完了するのだ。


 霊魂が御札に吸い寄せられ、何枚も貼られたうちの一枚に入り込んでいく。その御札には『封』の文字が大きく現れた。

 こうして三つ目入道の封印は成功し、奴の攻撃でボロボロになった周囲や、石になった物が修復されていく。



「必ず朱音先輩を助けて……あれ? わたしは一体……?」


 石化した三神も元に戻ったようだ。


「あ、先輩! あの妖怪は……」

「全部終わったよ。……ったく、余計なことしやがって。助けに来た自分がやられちゃ意味ねーだろーが」


 棒立ちの三神に俺は小言を言いつつ、こんな状況でもまだまだ爆睡中の朱音の肩を抱えたまま出口へと向かう。


「あの……。わたし……」


 モジモジと何か言いたそうな三神。

 謝罪か感謝か、この際もうどうでもいいのに。


 俺は深いため息をつき、振り返らずにこう告げた。


「……早く戻るぞ。俺達の部室に」

「…………はいっ!」


 おそらく満面の笑みで答えたであろうその返事に、口元が緩む。

 茂みを抜け、見上げると空にはオレンジ色の夕陽が輝いていた。

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