ある火山島の葬儀

深見萩緒

ある火山島の葬儀


 私の葬儀をしなければならない。うららかな春の午後、私は思い立った。

 私は今日、間もなくこの世界から消滅する。それは必然であり、自然の摂理であり、つまりは避けられないことだった。避けようとも思わない。悲しむべきことだとも思わない。ただ、別れはきちんと済ませておかなければ。


 とうを編んだ手さげに色とりどりの花の輪を入れ、私は家を出た。妹や弟たちの元へと向かおう。傾きかけた太陽に背を向け、歩き出す。



「おや、姉さん」

くれ、元気にしていた?」

 最も歳の近い弟に挨拶をする。呉は物静かで生真面目で、とにかく本を読んでばかりいる。昔はもっと友人を作れだの、外に出て人と関われだの、うるさく言い過ぎてしまった。彼にとっては本と静寂こそが最高の友人なのだと理解できたのは、彼がおとなになってからだった。悪いことをした、と思う。


「でも、姉さん。姉さんは街の明かりや、喧騒や、人間にも価値があることを僕に教えてくれた。そりゃ本の方が好きだけど、価値があるものを知っていることって、価値があると思うんだ」

 優しく微笑む弟。彼の首に青いレイをかけ、彼の頬にキスをした。




「あら、姉さん」

「リシアン、元気にしていた?」

 ぱっちりと大きな目が印象的な妹に挨拶をする。リシアンは明るく華やかで、その半面他者とぶつかり喧嘩ばかりを繰り返す困ったちゃんだった。他人にいたずらをするのが大好き。だけど、そのいたずらをかいくぐった勇敢な人間に恋をする。破天荒でロマンチックな可愛い子。


「だけど、姉さん。私だっていつかは姉さんのように、波の間に消えてゆくのよ。それまではめいっぱい、人間を困らせたいわ」

 いたずらっぽく笑う妹。彼女の首に橙のレイをかけ、彼女の頬にキスをした。




「あれ、姉さん」

「ネッカー、元気にしていた?」

 無愛想な態度とは裏腹に世話焼きな弟に挨拶をする。ネッカーは孤独を愛し、生き物を愛する無骨な博愛主義者だ。彼の周りはいつだって、海鳥のさえずる声で溢れかえっている。大きな手で巣からこぼれた卵をすくいあげ、優しくあたためるその目は慈愛に満ちている。


「だがね、姉さん。俺は人間も鳥も好きだけど、本当は誰にも近寄ってほしくないんだ。彼らを傷付けるかもしれないから、本当は、誰のこともあたためたくなんてないんだ」

 困ったようにはにかむ弟。彼の首に赤いレイをかけ、彼の頬にキスをした。




「街の子たちの所へは行かないの?」

 私に訪ねたのはマヌだった。彼女はつい最近まで「街の子」だったが、今は私達と同じように、静かな海辺で孤独を友とし日々を過ごしている。

「街の子たちは、私のことなんて思い出さなくていいのよ」


 夢と現実のはざまに、私は居る。これから全てが夢の存在となる私のことを、現実を生きる子たちに知らせる必要なんてない。私が夢となったそのときに、彼らの夢にお邪魔して、そのときにさよならを言えばいいのだから。


 マヌの首にも黄色のレイをかけ、彼女の頬にもキスをして、私は家路についた。海に沈む夕日が眩しい。この光景も、現実のものとして見られるのは最後かも知れない。

「だけど夢の世界では、望めばいつだってこの夕日が見られるのかしら。きっとそうね、夢なんだもの」

 そう考えると、なんだか嬉しくなってくる。



 私は旅する存在。流れる珪石けいせきに身を任せ、西へ西へと遠ざかる。そして今、ついに辿り着いた旅の終着点は、ひいては寄せるエメラルドグリーンの波の間だった。


「さよなら、美しい世界。生まれて来られて幸せだったわ」


 これを最期の言葉にしようと決めていた。私の存在は赤い夕焼けに溶け、もはや私の名前が何だったかも思い出せない。あるいは現実での私を示す名前は、夢の世界では通用しないのかも知れない。

 夢というぼんやりとした概念の中で、確固たる自分を確立させたとき、ようやく再びふさわしい名を得るのだろう。



 世界を慈しむこと、海を渡り旅をすることを存在の理由とし、彼女は愛と永遠を謳い続ける。はらからたちの向後こうごの繁栄を願いながら、あるいはまどろむ人間の夢の中で、祈りの歌を口ずさむのだろう。

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ある火山島の葬儀 深見萩緒 @miscanthus_nogi

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