ツベとコベ

スヴェータ

ツベとコベ

 町で唯一の教会。入って左奥の扉の先に、ツベとコベはいつも並んで座っていた。ここは間違いを正す部屋。ツベとコベは言い訳ばかりしていたから、その度に大人がこの部屋へ連れて来た。言い訳は、間違い。今日も神父はツベとコベの間違いを正すべく、いつものように正しい話を始めた。


「いいかい、ツベ。そして、コベ。今日君たちは花瓶を割ったね。しかもそれはママが大事にしていたものだそうだ。大事なものが壊れたら悲しいだろう。その悲しさを慮れば、どうすればいいか分かるんじゃないか?どうだい?」


 神父は微笑みをたたえながらツベとコベを代わる代わる見つめ、穏やかに2人を諭した。まだまだ小さな子ども。頭ごなしに怒鳴ったところで、神は彼らの心を正してはくださらない。正しさとは、常に穏やかなもの。神父はそれをよく知っていたから、特に子どもたちには努めて優しく接していた。


 ところが、ツベとコベは言い訳ばかり。穏やかな神父の語り口などどこ吹く風といった様子で、口々にこう言った。


「でもね、神父さん。花瓶は開いた窓の側にあったんだ。それで風が強かったから、コベと一緒に窓を閉めようとしたんだよ」


「そうそう。風で倒れちゃまずいと思ったからね。結局僕たちが倒しちゃったけど」


「でもさ、ママの気持ちを考えてって言うなら、僕たちの気持ちも考えてほしいよ。ねえ、コベ」


「そうさ。僕たちだってママの花瓶が割れないようにと思って動いたんだ。割れちゃったけど、わざとじゃない。むしろ褒められたいくらいだよ。ねえ、ツベ」


 このような言い訳はいつものこと。神父はふうっとひと呼吸置くと、違う角度からの正しい話を試みた。


「しかしね、ツベ。そして、コベ。ママは君たちが言い訳ばかりするのを悲しんでいる。花瓶が割れたらごめんなさいと謝る。それだけでママはきっと君たちを怒らない。ここにだって、連れて来ないさ。それなのにどうして謝らないんだい?」


 すると、ツベもコベも我先にと口を開いた。同時に喋り始めて訳が分からなくなったから、こういう時の決め事通り、先にツベが話すことになった。


「だって、ママは僕たちがどうして割ったかを聞こうともしないじゃないか。理由を話そうとしたら『言い訳ばかりして!』って怒るんだよ。そんなのおかしいよ」


「そうだよ。神父さんだっていつも言ってるじゃないか。大きな声は何も解決させない。小さな声が集まって解決に導くんだって。ママの声はとても大きかったよ。それで謝ったって、解決にならないんじゃないの?」


 さすがの神父も少し考え込んだ。自分の言葉を持ち出されてしまっては、どうにも正し難い。神父たる自分は他の誰よりも、少なくともツベとコベよりは聖書を読み込んでいる。そのため神の御心もよく理解している。つまり、正しさには自信が持てるのだ。


 ツベとコベの怖いところは、こうして他人を丸め込もうとするところと、本当にそれができてしまいそうなところにある。このような心こそ正さなければならないし、それは神職たる自分の仕事であるとこの町では決まっている。神父はゆっくりまばたきをして、口を開いた。


「君たちがそう思うのも無理はない。ただ、それは君たちが神の御声に耳を傾けていないからだ。もっと神の御声を聞きなさい。そうしてすべきことを果たしなさい。そうすれば君たちがこうして私の話を毎日毎日、嫌がりながら聞くこともなくなるよ」


 するとツベとコベ、あからさまにうんざりした顔で、やれやれと顔を見合わせた。そして神父の方に向き直り、今度はコベから話し始めた。


「神父さん。どうして僕たちの話を聞かないで、いつも神様の話にしてしまうの?神様はいると思うけど、それとこれとは別の話じゃないか」


「そうだよ。僕たちの話をいつも言い訳だって言って聞かないでさ。挙句、僕たちが神様の御声を聞いていないせいでこうなっているだなんて。それこそ、言い訳じゃないか」


 これには神父も多少語気を強めてたしなめた。神への冒涜だと思ったから。ツベとコベのためにもこれは良くないと、2人の言葉を遮るように口を開いた。


「ツベ、コベ、やめなさい。神様のことを軽視するのは許されません。神様は我々の暮らしの全てを見ていらっしゃるのだから……」


 言いかけたところで、ツベが言葉を遮った。


「神父さんやママのことも見ていらっしゃるんだよね?」


 するとコベがこう続けた。


「そうだよ。見ていらっしゃるはずだ。それならこの花瓶の話で誰が悪かったかは、神様がよくお分かりのはずだよ」


 ツベとコベは、口々に言い合う。


「じゃあさ、コベ。僕たちがこのまま普通に過ごしていて、僕たちに罰が下ったら悪いのは僕たちだね」


「そうだね、ツベ。そして神父さんに罰が下ったら神父さんが、ママに罰が下ったらママが悪いってことになるよね」


「何も起きなかったらどうかな?コベ」


「きっと神様がいないか、誰も悪くないのさ。ツベ」


 そうだそうだと言い合う2人を、神父は止めることができなかった。結局ツベとコベは元気に「検証だ!」と叫ぶと、走って部屋を出てしまった。呆然とした後、神父は何だか怖くなってしまった。


 もし、自分に天罰が下ったら。

 もし、彼らの母親に天罰が下ったら。

 もし、何も起きなかったら。


 どれもこれも、恐ろしかった。そうしてその後やって来るであろうツベとコベに、神父は勝てる気がしなかった。そもそもそう思うこと自体、信仰心がないことの表れだと感じた。神父は、自分の正しさを神に頼っていたことを自覚した。


 翌日、ツベとコベが高熱を出したと聞いた。神父はそれを聞いてホッとしたが、町で唯一の教会からは去ることにした。もう、ツベとコベの住む町に「正しさ」はない。

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