男子高校生と焼き肉とトンカツとラーメンと

深見萩緒

男子高校生と焼き肉とトンカツとラーメンと


「うわっマジか」

 メニュー表を眺めていた理仁りひとが、心底呆れ返ったような声で呟いた。

「なに、いつものタガが外れた季節限定メニュー?」

 このラーメン屋の店主は少々変わり者で、限定メニューと称しては「花見団子ラーメン」だの「暑い夏を乗り切れ! ペパーミントのさわやかラーメン」だの、殺人的なメニューを量産している。


 それに慣れてしまっている零夜れいやは、今さら限定メニューの突飛さに驚いたりなどしない自信がある。しかし零夜同様に慣れているはずの理仁の「いや、季節っつーか……」という声に興味をそそられ、零夜は理仁の手元を覗き込んだ。

「うわっ」思わず声が出る。「これは……」「やばいよな、これは」


 雑にラミネートされた店主手作りのメニュー表には、原色をふんだんに使用した派手なデザインの「超こってり! 焼き肉トンカツラーメン」という文字が踊っている。

「……マジで?」

 それ以外に感想が思いつかなかった。文字の下に「焼き肉トンカツラーメン」の見本写真が載っている。メニュー名の通り、ラーメンに焼き肉とトンカツを乗せただけの単純な料理。見ただけで胸焼けを起こしそうだった。

 そのさらに下、メニューのコンセプトを店主が解説している欄には「学生さんに喜んでもらおうと、若い人が好きなメニューを合体させてみました」と、冗談なのか本気なのか判別の難しいコメントが添えられている。


「何でもまとめれば美味しくなるってもんでもないよな。さすがに胃にもたれそうというか」

「だな。すみませーん、焼き肉トンカツラーメンひとつ!」

「え、マジで?」

 零夜の口から、本日二度目の「マジで?」が漏れた。理仁はいつもの爽やかな笑顔で店員を呼ぶ。心なしか、若干うきうきしているようにも見える。

「こういうのは挑戦してなんぼだろ」

「お前それ、モンブランラーメンのときも言ってたよな」

「言ってた言ってた。あれは最悪だったな」

「なぜ学習しない……」


 呆れ返っている零夜に、理仁はなぜか自信たっぷりにニヤリと笑ってみせる。

「今回のは甘い物との組み合わせじゃないからな。焼き肉もトンカツも、ラーメンに合いそうな味してるだろ。いけると思うね、俺は」

「いや、味はともかく油の量がさ」

「あ、焼き肉トンカツラーメンお願いします」

 オーダーを取りに来た女性店員に、理仁が改めて注文する。「お前は?」と促され、零夜は「ネギ塩ラーメンひとつ」といつもの無難なメニューを告げた。


「う、裏切り者……」

 理仁は恨みがましい視線を零夜に向ける。零夜はその視線をかわすため、セルフサービスの水を取りに行く。コップふたつに水を満たして席に戻ると、理仁は携帯でメニューの写真を撮っているところだった。どうやら美和みかず――零夜の妹にして理仁の恋人――に写真を送ったらしい。

 しばらくして、テーブルに置かれた理仁の携帯が震える。画面を確認した理仁は意味深に笑いながら「だよな」と呟き、それを零夜に見せた。


 画面に開かれた会話アプリ。理仁が写真を送ったあとで、美和からは「やばい」という短文と、可愛らしいうさぎが苦い顔で汗を垂らしているスタンプが送られてきている。

 零夜は理仁の携帯を借りると、「リヒト、完食するってさ! 兄」と打ち込んで送信する。すぐに既読を示すアイコンがつき、「期待してる! 私のためにがんばってね!」と返ってくる。


「私のために頑張ってね、だってさ」

「よーし見てろ」

 覚悟を決めた表情の理仁のもとに、問題のブツが届けられる。匂いだけでもお腹いっぱいになってしまいそうなそれを前に、理仁はごくりとつばを飲む。恐らく食欲からくる行為ではないが。

 零夜のネギ塩ラーメンも届き、二人は「いただきます」と手を合わせた。



「うう……無理……」

 食事開始から十分、早くも理仁が最初の弱音を吐いた。

「予想以上に胃にくる……油の暴力だ、これ……」

「だから言ったのに……」

 零夜は完全に他人事といった様子で、ネギ塩ラーメンのあっさりとしたスープをすする。


 焼き肉トンカツラーメンは、そのトッピングの極悪さもさることながら、これも店主の余計なはからいなのだろうが――よりにもよって豚骨スープだった。豚骨本来の油に加えて焼き肉とトンカツの油までもがスープに染み出し、液面は油に覆い尽くされもはや何が何だかわからない。


「零夜ちょっと食べて……焼き肉だけでも」

 零夜の了承を得る前に、理仁は数切れの肉を零夜のどんぶりへ移す。

「あっお前それ、豚バラ入れるなよ!」

 理仁が零夜にたくしたのは、こってりの大元凶である豚バラ肉。ネギ塩ラーメンのスープに、大きな油の円盤が広がる。

「どうせなら牛カルビ寄越せって」

「牛カルビは死んでもやらん!」

「そこまでかよ!」

「なあ、頼むよー」


 理仁は顔の前で両手を合わせ、零夜を拝む。

「親友を助けると思ってさ! 頼む!」

「……しょうがないなあ」

 零夜は箸を伸ばし、牛カルビ――ではなく豚バラをもう数切れ、自分のどんぶりに移す。ついでに、豚骨スープにころもをひたひたにされたトンカツも少々。

「親友を助けるためだ、少しくらい体張ってやるよ」

「よっ零夜くんかっこいい!」

 わざとらしくおだてられ、零夜は苦笑しながらトンカツを口に運ぶ。ふやけて剥がれたころもが箸から逃れ、スープの上にぺちゃりと落ちる。


 わずか数分後。完食はしたものの、胃もたれに共倒れした零夜と理仁は烏龍茶――店主が申し訳なさそうに「おまけだよ」と言って出してきた――を揃ってがぶ飲みしていた。そしてこの無様な姿は美和には内緒にしておこうと、共に固く誓い合ったのだった。

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男子高校生と焼き肉とトンカツとラーメンと 深見萩緒 @miscanthus_nogi

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