第十三話 さくら祭り。翡翠
さくら祭りは三日間とも夕方六時から夜中の二時まで開催している。
開場早々私を一目見にくるミーハーなお客さんもそれなりに多く、長蛇の列が出来てしまっていた。バタバタしているうちにあっという間に時間は過ぎ去り、日付が変わる頃にようやくお客さんの波が落ち着いた。もう皆ぐったりだ。
主に注文聞きと品物渡しは私が担当、真白くんは氷作りと氷削り担当、リュカはどら焼きの皮焼き担当、小春ちゃんはどら焼きとかき氷の仕上げ担当、千鈴ちゃんがお会計とその他手の足りていないところにその都度入るオールマイティーでなんとか乗り切った。
普段は家事をしていて花鞠屋のお手伝いはしないから接客はとても新鮮。
「皆、疲れてもだらけた接客は許さないわよ。とくにあかりはアンタ目当てで来るお客様も居るんだから、その制服着てる時は花毬屋の看板を背負ってると思う事!」
「はいっ!」
「この後は多分少しのんびりでしょうから、アタシと小春で挨拶回りしてくるわ」
千鈴ちゃんに言葉の気合いを貰い、二人を見送る。
休憩する暇もなく怒涛のお客さんが来たけれど、今は千鈴ちゃんの言った通り落ち着いている。
「皆買い物も気がすんでお花見してのんびりしてるのかな」
「それもあるだろうけど、初日の夜遅くからコンコン浪漫って店が出店するって聞いたから皆そっち行ってるんじゃねーかな」
どら焼きの皮にひたすら焼き印を入れてストックを作っているリュカの隣で、私はかき氷用の細長いスプーンを補充する。真白くんは黙々と氷作り。
コンコン浪漫ってたしか夕霧様の右腕のミキちゃんの働いているカフェ風のお店だったはず。
入ったことはないし、どんな商品を売ってるんだろう。気になる。
「こんばんは。あかりさん」
「あれ、末吉さん!」
のんびりしているとお店に今朝ぶりとなる狸のあやかしの末吉さんがやってきた。あの後ぐっすり眠ったのかどことなくお肌がつやっとしている。
真白くんと目が合うとニコッと笑ってぺこりと会釈。つられて真白くんも会釈。
きゃっきゃと子供の声が聞こえたので、商品ケースから乗り出すように下を見れば末吉さんの傍には小さな子供が三人。二人の男の子と、より幼い女の子。ただし皆狸の耳と尻尾がついている。
「もしかして子狸ちゃんたち?」
「そうだよ!」
「へんげできるんだよー!」
「でもまだみみもしっぽもきえないのー」
くるくると回って尻尾をよく見せてくれる姿は可愛い以外ない。
「そうそう、渡し忘れた謝礼を受け取っていただくために来たんです」
「そういえば…」
すっかり忘れていた。でも悪いあやかしでもなかったし、謝礼を貰うのも気が引ける。
「なら、そのお金でうちの商品買ってくれませんか?」
我ながら良い提案だと思ったのだけれど、貼ってある値段を見て空中でそろばんをするように指を動かす末吉さん。
ちなみに隠世の通貨は
そして空中で手を止めた末吉さんがこちらを見た。
「すべて完売になりますがいいですか?」
「え、そんなに!?」
ぎょっとする。ナナちゃんが言ってたことが本当になった。
というか今千鈴ちゃんと小春ちゃんは他の出店を見て回っているため不在。あと少しでお祭りは終わるけれど、私の独断で完売など決めていいものではない。
「リュ、リュカ!どうしよう!?」
「オレ!?え、えっとそりゃ完売は嬉しいけど生地の残りもえーっと…!」
二人してわたわたしている姿を見せてしまう。ああ、さっき千鈴ちゃんに花毬屋を背負っていると思う事と言われたのに…。
「では、やはり受け取っていただかなくては」
そう言って手に持っていた鞄から取り出したのは、ピンクの封筒。
レース模様の柄が入っていて思わず目が釘付けになる。なんというか、予想外すぎて。
「あ、私の趣味じゃありませんよ!娘から一枚いただきましてね。茶封筒なんて如何にもでしょう?」
盗まれたら困りますし。と私にその封筒を押し付けるように渡してくる。分厚い。
遠慮しようとするも手を後ろに隠しにっこり笑顔で絶対受け取らないというオーラが見えている。
「…分かりました。ありがたく頂戴します」
ピンクの封筒をしっかりと着物の合わせ目にしまってぽんぽんと叩く。落とさないようにしなくては。
その後末吉さんはどら焼き十個持ち帰りと、子狸たちにかき氷を三つ買ってくれた。
少しして千鈴ちゃんと小春ちゃんが色んな出店の商品を手に戻ってきて合流。挨拶に行った先で色々貰ったそう。
そこからは順調に商品を売りながら一人ずつ休憩を回す事ができた。私は最後がいいと言ったので、お祭りの終わり際になった今から少しだけ休憩に入る。真白くんがついて来ようとしたが千鈴ちゃんにくい止められていた。
「どこに行こうかな…」
真っ先に祭り会場の入り口まで行って無料で配布されてる会場案内図を手に入れた。
出店を巡るのもいいし、何か飲み物片手に桜をぼーっとみるのもいい。
きょろきょろしながらたくさんのあやかしとすれ違う。友人と来ていたり家族で来ていたり、一人でのんびりと桜を見ているあやかしも居る。雰囲気は現世のお祭りと何ら変わらない。
「あ、本当にヤモリの丸焼きだ」
ちょうど近くに気になっていた出店を見つける。そこには見事こんがりと焼かれたヤモリ。
決して食べたいわけじゃない、怖いもの見たさでつい覗いてしまった。
「あかりはヤモリが好物なのか?意外だな」
「っわ!?」
真横から名前を呼ばれ相手の声をかき消すほど驚いてしまった。
ドキドキしてそろりと横を見ると近くに旭様の顔。少し前屈みになって私に話しかけたのだろうけれど、叫んだ声に驚いたのか綺麗な黄色の瞳をぱちぱちとさせている。
どうやらお互いがお互いに驚いたらしい。
「お、お、驚かせないでください!」
「俺も驚いた…」
すっと姿勢を元に戻し、ちらりと周囲を気にする素振りを見せる旭様。
自然と私も視線を追えば旭様に気付いたあやかしが足を止めぞろぞろ集まり始めていた。
「目立ってしまったな、行こうか」
「旭様、香桜堂はどうしたんですか?」
「赤城に任せてきた。あかりが働いてると聞いて少しだけ見に来たんだ」
どこかへと歩く旭様に自然と手を引かれて連れていかれる。
働いてる所が見たくてわざわざ来てくれたんだ、休憩するタイミング悪かったかな。
「…あっ!」
「どうした?」
歩いていると少し広い道に出た。その道も両脇が出店で連なっていたがその中に『コンコン浪漫』の出店を見つけた。
コンコン浪漫の傍にだけ長椅子が並んでいて、買うと座って食べられるようだ。
張り紙には『こんこんマロン』500環。と書かれている。
他にも数品出品しているがどうやらこんこんマロンという商品がイチオシらしく、よく見るとミニモンブランパフェにお菓子で作られた白い狐が乗っている。
「あ、旭様!ここで待っててくれませんか?」
そわそわと出店の方をちらちら見ながら話す。
実は私は栗とかぼちゃが大好き。それらを使った甘いものが特に好きで、モンブランやかぼちゃプリンはもうたまらない。
私の好物を出してるのだから、買いたい。どうしても食べたい。
「ああ、買いたいのか。それなら俺が買って…」
「いえ!自分で買います!好物なので!ごめんなさい待っててください!」
「……好物なのか」
出店に近付こうとした旭様を制して足早に列に並ぶ。
ぽつんと一人にしてしまった罪悪感はあるけれど、自分の大好物は自分のお金で買ってこそ私は満たされる。初日を頑張った自分へのご褒美にしよう。
「いらっしゃいませぇ~…って!!」
私を見た途端げっと顔を歪めるミキちゃん。さっきまでのにこにこ笑顔が一瞬で消え去った。
「こんこんマロンひとつ!」
「なぁにお客?よく顔出せたわね」
「だってこんな美味しそうなもの出してるから…お願い買ったらすぐ消えるから!」
顔の前で両手を合わせてお願いする。じぃ、と私を見た後「1000環よ」と言って隣の女の子に注文を飛ばしてくれた。
「あれ500環じゃ?」
「文句あるなら売らないわよぉ」
「ぼったくりじゃない…」
どうするの?とニヤッと笑みを浮かべるミキちゃん。
ああ、でも作られていく工程を見ているとやっぱり美味しそうでたまらない。
「美味しそう…目の拷問。じゃあ500環皆へのチップだと思って払う事にする」
1000環の紙幣を出して渡すと、まさか払われると思ってなかったようで少し面食らった顔のミキちゃんが拝めた。パフェが出てくるまでついつい話しかけてしまう。
「今度お店にも行っていい?」
「…」
無言の拒否。
「可愛くて気になるのに。何でダメなの?」
「来てほしくないのよ分かりなさいよぉ!」
「それだけ?」
「十分な理由でしょぉ」
ふんと顔を背けるミキちゃんの隣から和服メイドの女の子がパフェを差し出してくれたので、舞い上がりながら受け取って旭様の元へ戻ると旭様も何か買ったらしく手に持っていた。
現世では見た事がないものだ。
「それ何ですか?」
「これはあやかしにとっては馴染みのあるお菓子だな。
黄色の半透明なぷるぷるしたものが割り箸に刺さっている、刺さっているというより纏わりついているの方が正しいかもしれない。重力なんて見た目からは全く感じない。
「普段はあまり買わないが、祭りとなると買いたくなるものだ」
「ああ、その感覚は分かります。私もりんご飴とか買いたくなりますから」
「そうかそうか。食べてみるか?」
「いいんですか!」
私の様子に少し笑って蜜水飴を渡してくれる。現世にはない美味しそうなもの。気にならないわけがない。
蜜水飴に唇が触れるとたぷんと揺れる。水飴よりも軽くぷにっとしているけれど、歯を立ててもぱちんと弾けたりせずに千切れ、その部分を埋めるかのようにまた丸く元の形に戻る。
旭様は微笑みながらずっと私を見ている。見られていると少し気恥ずかしいけれど、あまり気にせずもぐもぐと食べると甘くて花の蜜のような香りが口に広がった。どこか懐かしいような味。
「不思議、初めて食べたのになんだか懐かしい味がします」
「あかりは幼い頃花の蜜など吸ったことがあるか?」
「…あり、ます」
「これは隠世にしか咲かない花の蜜を吸う、蜂の蜂蜜から出来ているんだ。もしかすると花の蜜の味が似ているのかもしれないな」
何てこと、自分から幼い頃道端に生えていた花の蜜をよく飲んでたって切り出したようなものだ。
でも子供は皆少なからず口にしたことがあるはず、きっと私だけじゃない。そう、そうよ。そう思わなきゃちょっと恥ずかしさでつらい。
「少し座ろう、立ち仕事の上歩いてばかりは疲れるだろう」
旭様に誘導されるまま桜並木が良く見えるベンチに座ると、意外と腰のあたりが固まっていたのかじわじわとほぐれていくのが分かる。
出店たちが並ぶ道から少し外れたこともあって静かでリラックスできる。景色も最高だ。
「あかり、腕を出してくれないか」
「腕?」
「気に入ってくれると良いんだがな」
モンブランに手を付けようかと思った時に不意にそんな事を言われ、素直に腕を出す。
袖から何か取り出し私の腕に通されたそれはブレスレットのお守りだった。
以前旭様に預けた翡翠のお守りの石が水晶の間に綺麗に配列されている。
「綺麗…。あれ、水晶の中に…」
手首を回して全部をじっくり見るとひとつの水晶にだけ金色で紋が彫ってあった。
丸に桜の花の形の紋。これは。
「俺の紋だ。というよりは鬼の紋とでも言うべきか。それに俺の力も少し加えた、きっとあかりをこれからも守ってくれるだろう」
「旭様の紋…そう言われると、なんだかより一層このお守りが大切なものになります」
「……それは俺の紋だからか?」
「はい、そうですね。ところでどうやってお守りの力を元に戻したんですか?」
鬼の一族は特殊な力でも持っているのだろうかと旭様の方を向けば口に手を当てどこかニヤついた顔。
初めて見るその顔に思わず食い入るように見てしまった。
見られるのが恥ずかしくなったのか咳払いをひとつする旭様。
「ん、んん。お守りは現世に住んでいる友人に頼んだんだ」
「現世に友人が居るんですか!?」
「ああ。神社の神主をやっている人間なんだが、まあなんだ、色々と印象に残る男でなあ」
話しながらくすりと小さく笑う。そんなに印象強い男性なんだろうか。旭様の友人の人間の男性、少し会ってみたい。
だがそこでふと疑問が沸きあがった。現世の友人の所にどうやって石を届けたのだろうか。現世へ行くには門を開かなくてはいけない。
もしかして、夕霧様に門を開いてもらって…。
「どう、どうやって翡翠の石をその人の所へ届けたんですか!?」
「ん?ああ…現世と隠世を行き来する貨物船があるんだ。そこに乗せて運んでもらった」
「か…っ、貨物船…?」
「現世でも海外と貿易するだろう?それと同じだ、現世に居るあやかしが向こうで隠世の品を受け取りあちこちに配達したりあやかし相手に売ったりする。逆に現世の品を仕入れることも多い」
「な、なんだ…」
もし一人で現世へ行ったのなら、ずるいと言ってやろうと思ったのに。
一人で勝手に混乱して、疑問が解けて、落ち着いて力が抜けた。手に持っていたモンブランをぱくりとひとくち。甘さが体に染み渡る。
「あかりを置いて一人で現世へ行ったりはしないさ。ところで隠世での生活はどうだ?」
ぽんと私の頭に手を置いて問いかけてくる。
労ってくれているのだろうか、撫でられるのをそのままに話す。
「そうですね…現世となんら変わりないです。あやかしはきちんと話が通じるし、人間と同じで普通に生きて生活してる」
姿形が違う、不思議な力を持っているというだけで元は何にも変わらない。
「そうだな、だけど油断はするな。西園寺に家族や恋人、友人などを奪われたものも少なくはない」
「…はい」
ぐっと胸が苦しくなる、私にも流れる西園寺の血を持った人たちがあやかしにした事。それは絶対に忘れてはならないもの。
「だが、あかりは…素敵な子に育ったな」
頭を撫でられ、自然と視線が向く。
目の前には穏やかな目をした旭様。
どうしてだろうか。絵本などで読んだ鬼は怖いものだったのに、旭様は初めからまったく怖くない。
「そうだ、それと…西の国へ行くことだが」
「あっ、は、はい」
「準備が早く整ったのでな、来週の日曜に発つ事になっている。それでいいか?」
今日は金曜日、さくら祭り初日。明後日がさくら祭り最終日の日曜日。ということはほぼ一週間後。
学生の頃なら一週間なんてとても長く感じたのに、一週間経ったら東の国とは少しお別れになると思うとあっという間に感じてしまう。
でもきっとそうなんだろう。準備していると一日があっという間に過ぎる。
花毬屋の皆と少しだけお別れだと思うだけで寂しさがせり上がってくる。
「分かりました。皆には私から伝えます」
「……延ばしても良いんだぞ?」
「いいえ、旭様がせっかく手続きしてくださったんですから。行きます」
「…そうか」
まるで私の本心を探るようにじっと見つめてくる視線からつい目を逸らしてしまう。
本当は寂しい、でも私は西の国に行かなければならない。どうしても。
「大丈夫ですよ。寂しさもあるけれど、西の国も楽しみです」
「そう言ってくれると助かる。泣き濡れたあかりの顔は見たくなかったのでな」
「泣かないですよ。ところで西の国へはどうやって行くんですか?」
図書館で借りた本には地図も乗っていて、わりと遠かった気がする。
飛行機なんてものが空を飛んでいるのは見た事がないし、まさか朧車で行くのだろうか。
「宝船一派の船で行くぞ。宝船と言いつつ空からの便もあるんだがな、早く目的地に着いて便利だが今回は海上だ」
「へえっ!じゃあ少しゆっくりできますね」
「あかりとゆっくりできるのは嬉しいし、それを考慮した上での赤城の選択なんだが…うむ…」
ふと言葉が途切れ旭様の表情が曇ったような気がした。
しまった。声をかけるタイミングを逃してしまった。しん、と静かになった空気を変えるために会話を掘り下げずベンチから立って旭様の手を引っ張る。
「そろそろお店に戻ります。せっかくなんでうちのどら焼き買って行ってください。めちゃくちゃ美味しいですよ!」
「なんだ、おまけなどしてくれないのか?」
私に手を引かれつつクスッと笑うその姿に少しホッとする。
「タダではだめです。商売ですからね!」
「すっかり染まったな…その花鞠屋の服もよく似合っているぞ。だが、見慣れないイヤリングだな。隠世で買ったのか?」
真白くんから貰った氷のイヤリングを観察するように見られる。
そういえばつけたままだった。これのおかげでどれだけ忙しくてバタバタしていても暑くて疲れたという気持ちが沸いて来なかったんだ。本当にすごい代物だ。
「これ可愛いですよね。貰ったんです」
「…誰に」
「実は今日朝から…」
「あれ、あかりと旭様!?なんだデートしてたのかよ!」
まだお店まで少し距離があるが人通りも少なかったので目立ったのだろう、私たちを見つけたリュカの声は私の言葉をかき消してよく通り、他の出店のあやかしたちにも聞こえ微笑ましい目で見られる。羞恥からずっと繋いだままだった手をこっそり離す。旭様の視線を感じるが、今目を合わせられない。
足早にリュカに近付いて文句を一つ。
「リュカ!!あんな大きな声で!」
「わ、わりーわりー」
本当に悪いと思っているのか苦笑するリュカ。まあいいか。
出店のテントの中には旭様は入らず、店の前から自分用にかき氷を作ってみぞれをかけて食べている真白くんを見て首を傾げる。
「おや、見知らぬ子だな」
「新入りなんです。今日あかりが連れて帰って来たんですよ」
「な、なに?」
千鈴ちゃんの説明にばっと私を見る旭様。
「このイヤリングを作ってくれた雪うさぎの真白くんです」
「な…!!」
唖然として声が出ない様子。
そっと指でイヤリングに触れる、やっぱりひんやりとして気持ちいい。
「俺ですら個人的なプレゼントなどまだ…」なんてブツブツ言っているのを横目にリュカにどら焼き十個持ち帰りでと伝え焼いてもらう。
「旭様、さくらどら焼き1500環になりますっ」
テントを支えているポールに手を当て落ち込んでいる旭様に問答無用で金額を伝えると、ものすごい形相の千鈴ちゃんに頭を叩かれた。私にまで手を上げてくるようになったんだね、痛い。
「待ちなさいアンタ旭様に払わせる気!?」
「だって商売だから…」
「いい、いい。きちんと払わせてくれ。あかりは作ったりしないのか?」
「私は注文受けて、あと袋に入れて渡す係りです」
「そうか…」
少し残念そうにお金を払って、落ち着いた色合いの着物に出来立てほかほかのどら焼きを入れた薄ピンクの紙袋を提げる姿は少し可愛い。
「ではまたな、近々また会いに来る」
「私もちゃんと香包買いたいので、会いに行きますね」
「!ああ。待っている」
何気ない一言でも心底嬉しそうに笑ってくれるものだからつい胸が温かくなる。
旭様を見送って、その後は皆からデートの事を根掘り葉掘り聞かれた。
この時に一週間後に西の国に発つ事を言ってしまえばよかったのだけれど、雰囲気を壊したくなくて打ち明けずにコンコン浪漫のパフェの事やお守りの事を話してる内にさくら祭りの初日は終わった。
祓い屋があやかしの世界に呼ばれました。 律 @ritu7
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