第十二話 出店、花毬屋


 末吉さんの家から寄り道せずに花鞠屋に帰ると、扉の横に掛けられた小さな木の板が「閉店中」となっていた。

 今日は定休日だっけと不思議に思いつつ扉を開けるとテーブルを拭いていたリュカが私に気付く。

 

「おかえり!遅かったな~」

「あら、帰ってきたわね。捕まって働かされてるのかと笑ってたのよ」

「千鈴ってば、数分おきにあかりは何してんのってそわそわ心配して…いってぇ!!」

「口の軽いトカゲねアンタ!!」


 がいん、といい音が店内に響く。千鈴ちゃんが手に持っていた空の一斗缶でリュカを殴ったのだ。照れ隠しにもツンデレにも慣れたけど、今のは本当に痛そう。

 二人のやり取りを聞きながら店の奥に進むと、厨房ではいつもの仕込みなどもやっておらず、調理器具たちが丁寧に箱に詰められていた。


「ねえ、まさか引越しでもするの?」

「馬鹿言うんじゃないわよ。今日の夕方から三日間さくら祭りなの。そこに私達も出店しゅってんするのよ!」

「毎年なんだけどな、そっかあかりには伝えてなかったか」


 ああ、そのために調理器具たちを詰めていたんだ。納得。

 お祭りには出店はつきものだよね、子供の頃は出店目当てで行ったこともあったなあ。


「というかアンタ、頭に何変なものつけてるの」

「ものじゃないよ。私が護衛することになった雪うさぎの真白くん」

「はあ?」


 大きな保冷バッグを背負いながら何言ってるのという視線。

 今私の頭の上には小さな雪うさぎ姿の真白くん。朧車の中でうとうとしていた真白くんに寝ていいよと声をかけると、雪うさぎの姿になって頭によじ登ってきたのだ。少しひんやりとする。


「ようやくガラスも直って、元通りの生活と思えば…」

「あ、ガラス直ったんだ?」

「さっきまで硝子屋が来てたんだぜ。本当に入れ違いだったな」


 なんで一番忙しい今日にあやかし連れて帰ってくるのよ~!と額に手を当てている千鈴ちゃんを見てか、ぴょんと私の頭から飛び落ちながら人型になる真白くん。

 突然現れた真っ白の少年にぎょっとする二人。


「…役に立つから、置いてほしい」


 二人に少し近付いてぺこ、と頭を少し下げる。


「そ、そう!真白くんの能力すごいんだよ!」

「能力?」


 私の言葉にリュカが不思議そうな顔をする。同じく千鈴ちゃんも眉を寄せている。


「能力って、雪うさぎには何も無いでしょう?寒さに強いだけのうさぎよ」

「え?」


 今度は私が間抜けな顔になる。

 どういうことだろうか。真白くんは氷を操れるし生み出せるのに。


「しかも雪うさぎって、働かせるにも暑さに弱いんだからぶっ倒れて何も出来ないでしょう」

「それは自分で調整してる」

「私も貰ったんだけどこの氷のイヤリング凄いんだよ」


 イヤリングを片方外して千鈴ちゃんの耳につける。

 するとみるみる驚きの顔に。


「なによこれ、一瞬で涼しく…!」

「でしょう?凄いよね!」


 リュカが俺も俺も!と千鈴ちゃんからイヤリングを借りてつけた途端「さみぃ!?」と嬉しそうにはしゃいでいる。

 真白くんが二人にも氷のイヤリング作ろうかと持ちかけたが、リュカは暑い方が得意だと私にイヤリングを返してきて、千鈴ちゃんも食べ物を扱うから体感温度がわからないと怖いとの事。


「雪うさぎにこんな力あるって聞いたことないわよ…何でそんなにすごい能力持ってるのに今まで噂にならなかったのかしら?そんな便利なもの作り出せるなんて、お金にもなるんじゃない?」


 千鈴ちゃんの問いに、少しだけ表情に影を落とす真白くん。

 

「…雪うさぎは戦う力がほぼ無いから、便利だと思われてしまえば乱獲され無理矢理作らされる事もあり得る。だから長老様は秘密にしろって言ってた」

「えっ、それ俺たちにバラしていいのか!?」

「あかりが守ってくれるって言ったから」

「そこで私!?守るけど、守らせるような事が起こるきっかけは自ら作りに行かない事!これも約束!」


 また小指を無理矢理絡ませて約束をする。

 私が守るからって、あちこちでタネを蒔かれたら私でも敵わない。

 そんな私たちに割って入るように千鈴ちゃんが真白くんに詰め寄った。


「ねえ、大きな氷とかも作れるの?」

「うん」

「食べられるかしら?」

「食べられるよ、純度百パーセント」


 その言葉をきっかけに、分かりやすく目の色が変わった。


「これ以上居候増えるなんてって思ったけど。いいわ、置いてあげる。その代わり働いてもらうわよ!」


 そういうことで、真白くんの居候が決定した。

 急遽かき氷もさくら祭り出店メニューとして出すことが決まり、リュカがシロップなどの買い出しに行かされていた。リュカ、頑張って…。






 真白くんも花鞠屋の着物に着替え、さくら祭りの会場に向かう。

 小春ちゃんは家から花鞠屋に来るより祭り会場の方が近いらしく、先に行って準備してるとのこと。

 少し歩くとすぐに満開の桜たちが顔を覗かせ始めた。道沿いにどこまでも続くのではないかと思うほどの桜。天らくに続く道の桜も凄かったけれど、なにせ数が違う。

 川を挟んで向こう岸にも桜並木。風に吹かれて散った桜が川に浮かんでピンクの絨毯になっている。

 川辺にはもうすでにちらほらと場所取りをしているあやかしもいる。


「さ、私たちの店はここよ」


 出店のテントが道沿いに連なる中の一角。花鞠屋と書かれた深緑色のテントがもう張られてあって、大きな鉄板と商品を置いておくケースも既にある。小春ちゃんすごい。

 ほかの店を見ると、唐揚げ、わたあめ、りんご飴、現世でも人気のラインナップ。

 ヤモリの丸焼きとか書いてる出店もあるけれど。た、食べるんだよねきっと。


「私たちは何の商品を出すの?」


 真白くんと挨拶を交わしていた小春ちゃんがくるりと振り返る。

 どこか目がキラキラとしているのは気のせいだろうか。

 

「さくらどら焼きです~!小さなお餅を餡子で包んで、生地はほんのりピンクで桜の香りですよぉ」


 私の提案なんですよぉ。と嬉しそうにどら焼きの生地の準備をする小春ちゃんは本当に小豆が好きなんだなと分かる。

 近くにある大きな保冷バッグを開けると業務用の大きなバニラアイスと抹茶アイス、そしてあかりパフェに使うために大量に買ったおいりの袋が入っていた。

 確かどちらかのアイスを選んでもらってかき氷に乗せ、おいりを散らばせるって言ってたな。カラフルだからどの色のシロップにも合うだろうと言ってたけど、だいぶ派手なかき氷が頭の中で出来上がった。


「真白、早速お願いよ。この中に入れてるアイスが溶けないようにして欲しいの。できるかしら?」


 千鈴ちゃんが真白くんを連れて私の隣に来る、お目当ては私が見ていたアイスだけど。

 できる。と言った真白くんの答えに頷いた後、これまたとびきり大きな空の保冷バッグを片手で持ち上げる千鈴ちゃん。

 空でもその大きさなら重いと思うのに、腕がぷるぷるしていない…意外と力あるのね。


「その後に、この空の保冷ケースに食べられる氷を作っておいてちょうだい」

「おやすいごよう」

「あらー、これからの時期頼もしいわね。売り出し名は天然かき氷でいいかしら、きっと皆食らいつくわ」


 保冷バッグに溶けない氷を詰め込んだ後、かき氷機に入りやすいように丸く綺麗に次々と成形されて並べられていく様は見てるだけで楽しい。

 つい見入ってしまうけれど、ダメダメ。私も何かしなくては。

 きょろきょろしていた時、花毬屋のテントに近付いてくる深緑と白を基調とした着物を着た上品な女性と目が合った。


「あら、あなたがあかりさんかしら?」


 淑やかな声。首を傾げる所作さえも優雅に見える。その女性に気付いた千鈴ちゃんが駆け寄る。


幸子さちこさん!」

「千鈴ちゃんお久しぶりね。挨拶をと思って来たのだけれど、白い子も新入りさん?」

「そうなんですよ~。一気に増えちゃって」


 氷作りをしていた真白くんも呼び、横に並ばされ千鈴ちゃんが簡単に自己紹介をしてくれた。

 代弁してくれるものだから私と真白くんはよろしくお願いしますしか言う事がない。


「そしてこの方は老舗抹茶屋、幸の屋さちのやの店主の幸子さん。うちで使ってる抹茶もこのお店から仕入れてるのよ」

「隠世で売られてる抹茶関連の商品に使われている抹茶はほぼうちのです」

「さっきの抹茶アイスは氷菓子屋で仕入れたけど、そのお店が使ってる抹茶も幸子さんのものよ」

「へえー!」


 素直に感心する。おほほ、と袖を口元に持っていって笑う幸子さん。凄い大手のお店の店主さんだ。


「今度あなた達もお店に来てね。お得意先の新入りさんなんだからサービスしちゃうわ」

「わあ、ありがとうございます!」


 そして幸子さんは隣の出店へと挨拶に向かい、また楽しそうにお喋りしている。

 さすが大手の店主、顔が広い。


「おーい、火の加減見てくれ千鈴」


 鉄板の火を任されていたリュカが片手を振る。どうやらもう温まったらしい。


「じゃあ試しにどら焼きの皮を焼きましょうか。焼き印の調子も見たいし」


 そう言ってガサゴソと取り出したのは平仮名で"はなまりや"と縦に書かれた焼き印。

 長く使われているのか、鉄は黒くなっているがきちんと手入れがされている。


「そんなのあったんだ、初めて見た」

「こういう出店の時だけ使うのよ。何気なく商品を買って、ひと口食べて美味しかったらどこの店かしらとなるでしょう?」

「持ち帰る人には花鞠屋の名前が入った紙袋あるんだけど、祭りに来る人のほとんどは食べ歩きだろ?まだ食べ歩き用の包み紙に店名入ってなくてな~」

「だからどら焼きの皮とかに焼き印入れておくんですぅ。私は包み紙に店名入れても焼き印続けたいです。可愛い~」


 なるほど、しっかりと考えられてる。確かに焼き印は目立つし印象には残るだろう。

 花毬屋の戦略に感心しているとあっという間に試し焼のどら焼きの生地が焼け、リュカが火を調整して熱した焼き印をピンクの皮に押し当て離すと綺麗な焼き印が現れた。小さなお餅を含んだ餡子を挟むと出来上がり。

 出来立てほやほや、熱々だ。


「ほら、食べていいわよ」

 

 白い包み紙にどら焼きを包んで私に渡してくる。思わず受け取ったけれど待って凄く熱い!

 わたわたする様子を見て「熱いから気を付けてね」と一言。遅いよ!


「ま、真白くん、半分こしよ!」


 熱さに耐えられずリュカに渡して半分に割ってもらう。

 ふーふーと少しでも熱を逃がすように息を吹きかけてからぱくりとひと口。


「美味しい…!」

「おいしい…」

 

 真白くんと声が被って顔を見合わせて笑う。

 ふわっとした生地に、柔らかいお餅と甘さ控えめの餡子。最後に桜の香りがふわっと香る。

 美味しい。さくら祭りにぴったりの一品。


「そ。よかったわ、花鞠屋で働くのだからうちの味を知ってもらわないとね」


 ニヤニヤと嬉しさを隠しきれていない千鈴ちゃん。やっぱり自分で作った和菓子を褒められるのは嬉しいんだろうな。

 居候の私でもお店のお客さんが美味しいって言ってる姿を見るだけで嬉しくなってしまうのだから、店主からしたら相当の喜びだろう。


「さあ!食べ終わったらチャキチャキ働くわよ!!新規の顧客を掴むのよ!」

「おう!」

「は~い」

「う、うん!」

「…了解」


 ぱんぱんと手を叩いて仕切る姿はとても頼もしくて、全員が背を叩かれたようにシャキッとする。

 さあ、いよいよさくら祭りが始まる。 

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