第5話 『墓森の敵』
目を覚ますと、おれは十字架にもたれていた。
時刻は未だ夜のようだ。とはいえ、昼夜の概念があるのかもわからないが......。
「よかった......無事に起きてくれて。心配したよ......」
起き抜けに、村長に熱い抱擁をされた。
できればそういう台詞や仕草は女の子にしてもらいたかったが、文句も言ってられない。
ーーーーーおれには、この世界で生きる理由ができてしまったから。
明日香を、解放してやりたい。あいつのあんな表情を、もう見たくはない。
だから......手始めに。
ーーーこの世界を
「あの......村長。そろそろ......」
「......っと、すまないね。なんせもう......我々は君のような異世界からの来訪者に頼るしかないんだ」
そういう村長は、薄闇でも判るほどに悲痛な表情をしていた。
試しにライターを使ってみる。
指先で歯車を回してやれば、瞬間火花が散り、シュボッ、と炎が着いた。
「何も変わってないじゃん......」
そう思いかけた瞬間。
赤い火が青へと変化した、かと思えば。
焔から放たれた青白い何かは、レーザーのように。
一瞬にして、夜空に吸いこまれてゆく。
......気づけば、前髪がチリチリと焦げていた。
「これは......やばいな。火災起こし放題じゃないか」
「ほう......さすがは神から授けられし権能。しかしやはり、わしが過去に見てきた転生者、もとい転移者と比べると......」
「仕方ないですよ、信仰が削がれてるみたいですし。でもあいつ......確か時空を司ってた気がしたんだけどな......」
「ふむ......ではもしかしたら、時空に関する能力も与えられているやもしれませんな。まあ......いずれその変化にも気づけるでしょう」
「そうですね......」
............この人には、留意すべき点が多すぎる。
そもそもなぜ村長だけが日本語を解せるのか。
時空のずれが干渉しているのか...?
......まずは彼の歴史を知ろう。何かしら情報は得られるだろうし、仲良くなれれば一石二鳥だ。......ギフト券の上での関係ではなく。裸の心で向き合わなければ。
. ...........もう、あんな思いはごめんだから。
......独りのリビングは空虚で、教室は......水槽みたいに思えたあの頃から、前に進まなければ。
ーーー彼女の黒いランドセルみたいな希望を、目指して。
ーーーーーーいつか、明日香が背負っているものを、支えるために。
*
月夜の墓場で、おれたちはゆっくりと喋った。
鬱蒼とした森の中にある墓地。そんな場所でも落ち着いていられたのは、現実味がないほどの満月の明るさゆえだろう。
ーーーまるでこの世界そのものみたいだ。
村長は落ち着いた声色で、これまでのことを語ってくれた。
ただしどうにも、重要なことは語っていないような気がした。
ひとは言われたことにばかり目を向けてしまう。
なくしものを探すのは、誰だって疲れてしまうから。
色んなことを忘れたり、目を背けている自覚すらないままに、目を逸らしたり。
そうやって、殆どの人は後ろ向きに人生を歩んでいる。
......過去ばかり見て、未来に訪れる死を、深くは考えず。
時折、かかとを人生に引っ掛け、転んだりしながら。
それすら謳歌と呼んで、みんな楽しむことに必死だ。......でも、おれは前を向いて歩く女の子を知っていた。
だから、彼女をーーー名瀬明日香をうつむかせた、時空の神とやらの顔が地面にめり込むまで。
世界を救ってやると決めた。......だって、世界は重いんだから。
”セカイ“なんて言葉であらわせるほど、そこに住む人々の命は軽くない。
------これはそんな世界を、滅ぼす旅なんだ。
話を戻そう。
村長?長老?
ーーもとい、”ライヴ“......というらしい彼の話をかいつまむとこうだ。
数十年前。
最後の転生者が去ってからも、彼は妻とつつましくも穏やかに暮らしていた。
それでも文明的な暮らしを知ってしまえば、憧れや妄執に取りつかれずには居られない。
また、転生者が来てくれるかもしれないと、彼らは待ちわびた。何年も、何年も。
ひと月が過ぎ、半年が過ぎ、十数年が過ぎた。
その歳月の中で、幾つの大切な命を見送って来ただろう。
涙も枯れた虚ろな瞳で、無数の十字架をぼんやりと眺めながらライヴは言った。
それでも、あきらめる事はなかった。彼にとって、旧友の眠る十字架が支えだった。
来たるべき日のために、村のぐんまーさんにこちらから見た異世界の言語を教えようと試みたりもした。
しかし、文明レベルが低すぎた。せいぜい、なんとなく意味が分かるだけだ。
さながら、英語も話せないのに世界を旅する日本人のようなものだろう。
ボディーランゲージは偉大だ。
遥か過去に、言語も未発達だった時代に思いを馳せずにはいられない。
「なんとなく事情はわかったよ。おれは......どうすればいい?」
「......敵がいる。とても、強い者たちがの......」
「......戦闘民族とか、魔術使いなんかでもいるのか?もしや知性のある獣とか......」
彼はゆっくりと首を振る。
「おぬしも......もう会っておる」
............は...?
思考が止まったおれの脳みそを、ライヴの言葉が、台詞が、その意味が。思いっきり殴っては夜に吸い込まれていく。
「ーーーーーーそやつらは、わしの治める村の民たち......じゃよ」
睡眠薬を飲むたび、異世界にとばされる話 よるの @vanirain_3
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