昔日を謳え、我知らぬ遠き日を。
糾縄カフク
よく見ておくのだな、現実というのは、宣言のように格好の良いものではない。
新世紀から半世紀。その遠い時代の物語を、羨むように私は見つめる。
インターネットという概念すら希薄だった時代。閉鎖され、抑圧されていたがゆえに増幅した過大な熱は、ゆえにこそ爆発で以て世に生まれ落ちた。
たぶん、あの日の子どもたちは夢見ていたろう。人類が月に住まい、ロボットがそこかしこに蠢く様を。――だが、現実は、どうか。
平成も終わりを迎える今この時、月に降り立とうとしているのは一握りの富裕層だけ。日本は人型ロボットの開発からいち早く脱落し、新世紀を宣った筈のアニメーションは、ソシャゲやパチンコのおまけにまで落ちぶれている。
アニメは未来を切り開いたろうか? あるいはそうありたいと信じるだろうか。答えはどうだろう。悲しいかな、否ではないか。
私の友人は、先日脱税しでかしちゃった某企業の末端で働いていた。三十代、五美大を出た経歴を以てしても、日がな一日描き続けて得られるのは月十万と少し。当然、親からの仕送りなしには続けられない。
しかしその夢も、上階の住人が孤独死し、その腐敗が蛆と共に降り落ちてきた事で終わりを告げた。ついに何かの糸が切れた友人は、不動産会社から出た諸費用を元手に、田舎へと帰ってしまった。
在りし日。私は関西の「アニメといえばここ!」 と呼ばれる大学に通っていた。在学中はアニメ部の部長を務めつつ、発表会やコンテストへの応募を重ねていた。
(最もそれらは何一つ成果を残す事なく終焉を迎えた訳だが)当時の知人たちは、概ねが業界へと歩を進めた。が、アニメーターに限って見れば、順風満帆な人生を歩めた人間は本当に少ない。
唯一、イケメンで絵も上手かった後輩だけはジブリに入社、結婚も新婚旅行も滞りなく終えたが、そのジブリですら制作部門を閉じてしまった。徳島に飛んだ先輩は「俺はパチンコの絵を描くためにアニメーターになったんじゃない」と愚痴をこぼし、それでもなんとか結婚の資金を貯めようと四苦八苦していた。――イラストレーターや一般企業に就職し、趣味の同人で飯を食う知古のほうが、幾分か健康そうに見えた。
新世紀の宣言から半世紀。時代は移ろったにも関わらず、多くのアニメーターの給与は旧世紀のままだ。咽び、喘ぎ、苦境を吐露する事すらできぬ路傍の草を捨て置いて、いったいどこでなんの祝祭が起こり得るというのか。
生きることの問いかけ、煩悶、苦悩、葛藤、不条理。そんなものを求める大人は、今の日本にはもういない。望まれるのはただ、全てを許してくれるやさしい世界の物語だけだ。――ニュータイプはもはや死んだ。あるいは生まれでなかったから、人々は絶望し諦めたのだ。
老人は過去を懐かしみ、あの頃は良かったと自慰に耽る。だがその先に未来はない。――なれば時、未だ新世紀に至らず、ゆえにかの宣言、未だ成されず。我ら未だ、闘争の中に在り。
昔日を謳え、我知らぬ遠き日を。 糾縄カフク @238undieu
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