思いがけない事

タッチャン

思いがけない事

「少しでも変なまねをしたら撃ち殺すぞ」

不思議だ、本当に不思議だ。俺は生まれて初めて心からそう思う。

 「この拳銃はオモチャじゃないぞ。本物だ。よく聞け、少しでも動いたらお前の頭を撃ち抜く。俺は本気だぞ?想像してみろ、自分の脳ミソが散らばる瞬間を。どうだ?恐くなってきただろ?震えてきただろ?いいか、俺は昔これで人を撃った事があるんだ。俺はマジなんだよ」

 どうやらニッコリ笑顔のウサギのお面を付けた彼は俺の側頭部に拳銃を突き付けているらしい。

らしい、と言うのは彼が動くなと言ったので俺は動く事が出来ず、その様子を確認する事が出来ないのだ。自分の目で見る事は出来なくても、こめかみに冷たくて、ズッシリした物が密着してる。この光景は映画で何回も見た場面だから想像するのは簡単だ。

 「おい!早く金を集めろよ!ちんたらしてんじゃねえよ。おい、ライオン!ちゃんと他の客も見張ってろよ!」

 笑顔のウサギに注意された、ニッコリ笑顔のライオンのお面を付けた男は目の前の長椅子に座っているお婆さんに拳銃を向けて、大人しくしろ!と怒鳴った。悲しいかな、その婆さんは下を向いて、涎を滴ながら眠っていた。あの婆さんはこの小さな銀行に毎日の様に来ていて、この銀行で働く孫娘を見守るのが彼女の仕事なのだ。俺も何回かこの銀行に来てから世間話をする間柄になったんだが。その心優しい婆さんが怒鳴られている光景を見てるとなんだか悲しくなるものがある。当の本人は寝てるけど。

 「ライオンはそのまま見張ってろ!ライダー!金庫は開いたか?」

 俺の側頭部に拳銃を突き付けたウサギが怒鳴る。

勘弁して欲しい。耳元で大声を出さないでくれ。あんたが大声を出す度に俺の耳はとてつもなく痛むのだ。この男の声は二日酔いのヤツが出す大声の類いなんだ。掠れてて、聞くに耐えない声の持ち主だった。

 「ちょっと待ってろ!今からだよ!」

子供に大人気な仮面ライダーのお面を付けた男が吠える。良かった、この場に子供がいなくて。憧れの仮面ライダーが銀行強盗をしている姿は見るに耐えないものだ。

 「誰だよ!金庫の鍵を持ってるやつは?お前か?誰だよ?言え!」

 仮面ライダーはそう言うと若い女性従業員の胸ぐらを乱暴に掴み、拳銃を彼女の目と目の間に突き付けた。良かった、婆さんが眠ったままで。大切な孫娘がぞんざいに扱われているこの光景を婆さんが見てたら発狂してただろう。

 「わ、私は持ってません。支店長が持ってます」

目に涙を浮かべて、恐怖感を体全体から発しながら彼女は言った。彼女はまだ21才で、初めて就職した所でこんな目に遭うとは何とも可哀想な話だ。

 「おい!お前、動くな!」と俺に拳銃を突き付けているニッコリ笑顔のウサギが怒鳴る。俺は動いていないのにそう言われると複雑な気持ちになる。俺はすみませんと謝った。何で俺が謝らないといけないのだろう。

 「支店長はどいつだ?早く言え!撃つぞ!」

仮面ライダーが叫ぶ。それにしても正義の味方が銀行強盗、実にシュールな画だ。面白い。

 「し、支店長は今、不在でして…すみません」

何故こうも人間は、特に日本人はすぐに謝るのだろう。彼女は何も悪い事はしていないのに。おかしなもんだ。

 「は?そいつがいなかったら金庫は開けれねえじゃん!戻って来るのか?他に鍵を持ってるやつはいないのか?どうなんだよ?」

 仮面ライダーに凄まれて、彼女は答える。

「ほ、他に鍵を持ってる人はいません。支店長は今日は戻らないそうです。あ、明日はいます」

 お面を付けた愉快な3人組の中でこの銀行強盗を計画したのは誰だろう。と俺は思った。誰にせよ、そいつは馬鹿なのだろう。不憫だな。

 「おい!ウサギ!お前どうすんだよ!計画と違うぞ!どうすりゃいい?もう逃げるか?」

 正解はウサギだった。俺は何となくこいつがリーダーで、これを計画したんじゃないかと思ってたのだ。正解した俺は10ポイント獲得。なんて頭の中で遊んでるとウサギが怒鳴る。俺の耳は限界に近い。

 「まだ何も手に入れて無いのに逃げるわけねえだろ!金庫がだめならこいつらから巻き上げるぞ!

客と従業員からだ!ライダー、こいつらの財布を回収してくれ!おいライオン!しっかり見張ってろ!」

 そう言われたライオンは「動くな!」と婆さんに怒鳴った。彼女の眠りはとても深い。このまま彼らが出ていくまで眠っていて欲しいと俺は思ったのも束の間、銀行の外が騒がしくなる。聞き慣れたサイレンが通りで鳴り響いていた。警察が来たのだ。

 「おい!ウサギ、警察が来たぞ!」

「落ち着け、ライダー!こいつらの財布を回収したらずらかるぞ!」

 彼らが銀行に入って来て15分後に警察の登場。俺が想定していた時間より遅いな。そんな事を考えていると外から拡声器を使って警察が話しかけてきた。

 「お前らは包囲されてる!人質を解放して、大人しく出てこい!」

「ウサギ、どうすんだよ?」とライダーは不安そうな感情を全面にだしてウサギに問いかける。

 「くそ、どうすりゃいい。逃げるか?」

ウサギの手が震えているのが拳銃越しに俺のこめかみに伝わってくる。何とも情けない奴らだ。助け舟を出してやろうと俺は思った。

 「窓です」と小声で言った。

俺が突然喋り出したせいでウサギは力のない声で、「は?」と口から漏らす。

 「窓に付いてるカーテンを閉めた方がいいですよ」

 「何で?」とウサギも小声で言った。

「中の様子を警察に見られるとあなた達にとって色々とマズイでしょ?だからカーテンを閉めるんです。中の状況を把握出来ていない方が時間を稼ぐ事が出来ますよ」

 「…わかってるよ、おい!ライダー!カーテン閉めろ!全部だ!急げ!」

リーダーの指示を受けたライダーは素早くカーテンを閉めた。

 「次はあそこに付いてる、角にあるあの監視カメラを撃って下さい」と俺はまた小声で言った。

「何で?」とウサギはまた小声で言った。以外だ。怒鳴りちらしてくると思っていたが、以外にも彼は大人しく俺の言うことを聞いてくれる。

 「カメラを壊すのは特に意味は有りません。そもそも1番最初にやっておく必要があったのですが、あなた達の姿がしっかりと録画されている今となっては意味はないです。ですが、警察に対して威嚇の意味が有ります。拳銃を持っている事が分かれば迂闊に突入して来る事は無いでしょう。その拳銃が本物だったらの話しですけど」

 俺がそう言うと、こめかみから拳銃を離してカメラに狙いを定めた。そしてウサギは言った。

 「言っただろ?コイツは本物だって」

店内にパンッと鈍い音が響いた後、カメラは力が抜けた様にぐったりとしていた。

 「お見事です」と俺は言った。きっと、ニッコリ笑顔のウサギのお面の下で彼自信もニッコリだろう。それに良かった、婆さんはまだ寝てる。彼女の眠りを妨げるのは気が引けるのだ。

 それから俺は最後の仕上げに取り掛かる。

「素晴らしい射撃の腕です。最後に、脱出ルートは俺の真後ろにある非常口から出ます。あなた達の車は何処に有りますか?」と俺が言うと、こめかみにまた冷たい感触が戻ってくる。

 「おい兄ちゃん、あんた何でそんなに落ち着いていられる?何で俺達を助ける?何が目的だ?」

ウサギの声はどこか震えている様だった。

 「俺の目的はただひとつです。生きてあなた達から解放される事です。その為に協力してるだけですよ。それにこういう状況は映画で何回も見た光景ですから、対処の仕方を分かってるつもりです。あなた達に関係は有りませんが俺はこの後予定があるので」

 俺が話し終えると、ウサギは拳銃を俺のこめかみから離して、言った。

 「…信じるつもりは無いが、まあ何だ、俺達もこんな所で捕まりたくないからな、それで、次はどうすんだよ?」

 「人質を表のドアからゆっくり1人ずつ解放します。警察の注意を彼らに引き付けるのです。その隙に俺達は裏から出て、あなた達の車で高速道路に乗ってそのまま遠くへ。それだけです」

 「俺達?お前も付いて来るのか?」とことん鈍いウサギだな。本物のウサギはもう少し利口だぞ。

 「あなた達だけで外に出たら直ぐに取り押さえられてしまいますよ。あなたは俺に拳銃を向けて人質として連れて行くのです。何処に停めてますか?」

 「裏に停めてある。出てすぐだ」

「それは良かった。では、警察にこう言って下さい。今から人質を1人ずつ解放する、その間に下手な真似をしたら死人が出ると思え、と。さぁ早く」

 「分かった。おい、ライダー!人質を1人ずつ解放するぞ!ライオンはドアの近くに行け!コイツらが出て行く隙に俺達は裏から出るぞ!」

 そこからは完璧な動きだった。彼らは俺の指示通り動き、愉快な3人組と俺は裏口から出て、車に乗り込み、高速道路に向かって車を飛ばした。

 車内は非現実的な世界から引き離されても彼らの熱は冷めなかった。俺は、お面を付けたまま、はしゃぎ騒ぐ彼らを後部座席から見守っていた。車は高速道路に入り、右車線をぐんぐん飛ばして走っていく。突然ウサギが話し掛けてきた。

 「なぁ、兄ちゃん、お前さえ良かったら俺たちの仲間にならねぇか?お前は頭がいい。度胸もある。どうだい?参謀として入らないか?」

 警察は車で追って来てはいないが上空でヘリが飛んでる。彼らは気づいてない。

 「勘弁して下さい。俺は自分の仕事が好きですし、満足してます。お誘いは有難いのですが、断らせて貰いますよ。それに、そろそろ俺を下ろしても

大丈夫ですよ。その後はひたすら遠くへ行って下さいね」と俺は言った。

 車はスピードを落として左車線に入り、路肩に停まる。

 「おう!寂しいけど、それじゃあな!」

俺は車を降りて、猛スピードで走り去る彼らの車を見つめていた。上空にいるヘリは車の後をどこまでも追っていた。

 不思議だ、本当に不思議だ。俺は生まれて初めて心からそう思う。あの小さな銀行を狙っていたのは俺だけじゃないって事。

 さて、どうやって帰ろうか?

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思いがけない事 タッチャン @djp753

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