死んでください、先生

篠騎シオン

探偵と助手

「おい、どこにいるんだ。アキ」

俺は、助手に呼ばれて自宅の地下室を訪れていた。

部屋は暗い。呼び出した当人の姿も見えなかった。

「アキ? どうした、何の用だ?」

俺は、暗闇の中電気のスイッチを探す。

あった、そう思ってスイッチを押そうとした瞬間、体に激痛が走り、俺は倒れこむ。床に倒れこむ痛みとともに、どくどくと自分の体から何か熱いものが流れ出していく感覚を味わう。ああ、これは。

血だ。

それを理解した俺は、必死に後ずさった。少しでも刺されることのないように、少しでも時間を稼ぐために。

パチン。スイッチが押される音がして、地下室に明かりがともる。

俺の目に刃物を持った助手の姿が映った。

彼女に刺された、ということを理解するのに、少しだけ時間を有してしまう。どれもこれも、痛みと薬で頭が鈍っているせいだ。

「ア、アキ、どうして、こ、こんなことを」

息も絶え絶え、助手に問いかける。

名探偵と呼ばれている俺も、突然助手に刺されるこの事件の動機が、わからない。いや、本当は少しだけひっかかる出来事はあった。

でも、それがどうして俺を殺すことになるのか、全く理解できない。

「すべて先生のためですよ」

助手は刃物をひらひらとさせながら、俺に近づいてくる。

満面の笑みを浮かべている助手。犯罪者が特徴とする表情の陰りを全く持っていない彼女に俺は身震いする。

なぜ、お前はその心で、表情で、人を刺すことができるのだ?

俺は、初めて自分の助手に恐怖を覚えながら、必死に後ずさる。

もう痛みと出血で立ち上がることができなかった。

「あ、き……な、んで、」

必死に声を絞り出す。

せめて死ぬ前に、人生最後の謎を解いておきたい。この謎だけは死ぬ前に解かなくては死んでも死にきれない。

そんな俺の表情を見て、安心させるためか、助手はさらに微笑む。

「大丈夫ですよ、先生。すぐに痛みもなくなりますから」

そう言って俺の頭をなでる。

と、ともに、俺の心臓に持っているナイフを突き刺した。

「すぐにまた、会えますよ」

痛みと苦しみ、そして助手に裏切られた驚きと悲しみ。

その中で俺の意識は。


消えた。







と、思ったのだが、なぜか意識は消えない。

痛み、そして体の苦しみは消えている、が俺は俺を認識できている。

なぜだ。

俺は周囲を見回す。え、見回す頭がなぜある。

体の痛みはないんだぞ。

俺は視線を下げ、自分の体を見てみる。

透けている。自分の体がうっすらと世界に重なって、その下にあるものが見える。俺は透けた先にある、大きな肉塊を認識した。

「へ!?」

そこには、無様に倒れている俺。

そこで、理解する。


どうやら、俺は幽霊なるものになってしまったらしい。


「よかったー、成功ですね」

アキが俺のほうを見ながら言う。え、こいつ、幽霊である俺のこと見えてんの?

「見えてるも何も、そう仕組んだのは私ですからねー。ほら、この魔法陣組むの大変だったんですよー」

助手は両腕を広げて、地面に描かれている謎の模様をアピールする。って、俺を幽霊にするのにま、魔法陣使ったの? それって、文化違くない!?

「もー、先生うるさいですよ。せっかく幽霊にしてあげたのに。これで、これからも一緒に事件を解決できるのに」

その言葉で、俺はひらめく。

ああ、こいつが、なんでこんな行動をとったのか分かった。

俺は、医者から余命宣告をされ、1日でも長く生きて、世界中の事件を解決しようと、必死に薬で病気の進行を遅らせていた。だが、その努力もむなしく、病気は進行し、さらに薬を飲んだ俺の思考は曇り、かつてのように事件を解決できなくなっていた。

そんな自分の状況を冷静に分析した俺は、彼女に言ったのだ。幽霊にでもなれば、一生事件を解いてられるのに、と。

……でもまさか、実行するとは思わないじゃん!? 普通、殺人犯になるのとかためらうよね、それじゃなかったら自然死するまで待ってから幽霊にするとかなかったの?

「先生うるさいですって。少しは静かにしてください。こっちにもいろいろ事情があったんですって。もー、名探偵の思考スピードって私にはついていけないや」

助手は手で耳をふさいでうるさいアピールをしながら言う。というか、全部聞こえてるの?

「聞こえてますよ、私に対する描写から何から、私のほうへ駄々洩れです」

あー、マジで?

「マジです」

俺は、幽体の状態でなよなよと沈み込み、自分の体の上に倒れこむ。

なんかもう、今日は疲れた。休みたい。

「先生、休んでいる場合じゃないですよ、事件解決に行きますからね。というか、幽霊は疲れたりしませんから」

えー、でも幽霊だって体は疲れなくても気疲れすることってあるじゃん?

「今さっきなったばかりなのに、幽霊のこと語らないでください。さ、先生謎解きの時間です」

幽体の俺を無理やり引っ張り始める助手。ちょっと待って、なんで幽体つかめるのと思ったら、手にもなにやら魔法陣。

「先生、うるさいんで。もうちょっと思考抑えれませんか?」

うんざりしたような表情で言う助手。いや、俺だって好きで思考垂れ流しているわけじゃないしさ。

「まあしょうがありませんか……。ほら、行きますよー」

引っ張られながら、俺はじたばたと暴れる。ちょっと待って幽霊で事件解決とか、俺、それ、どうやって犯人指名とかするの。できなくない?

「犯人教えてもらえれば、私が代わりに言いますから」

嫌だ、俺、犯人にびし!っていうのできないなら推理しないよ。

「わがまま言わないでください」

絶対しないからね。

「あー。もうわかりました。推理ショーの時だけ、私に憑依してもいいことにします。それなら、いいですね?」

……それなら、まあ我慢する。

「交渉成立です。出かけましょ」

あ、ちょっと待って俺のあの体はどうなるの?

俺は冷たくなった自分の体を指さす。

「大丈夫です、ちゃんと綺麗に証拠消す業者雇ってるんで」

俺の人生たった一つの推理ミスは、助手の性格のことかもしれない。

俺は、彼女の朗らかな笑顔に幽体ながらも俺はぶるりと身震いするのだった。



その後、助手のアキは、突然消息を絶った名探偵の後を継いで、難事件をどんどん解決していったそうです。

めでたしめでたし



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