第3話 静寂


 見慣れた森の中。


 一面に広がる背の高い木々。

 木々の隙間から差し込む光が白い帯のように真っ直ぐと地面を照らしている。

 昨晩降った雨の影響か、地面は少し湿っていて所々に水たまりができている。


 私は、森のこの幻想的な雰囲気が好きだ。

 場所によって、光の差し込み方、土の匂い、鳥の鳴き声などが異なり、歩いていて飽きることがない。

 それに、今日のような前日に雨が降った日は、より空気が澄んでいてとても清々しい気分になれる。


(フード邪魔だな……。)


 被っているフードが風に吹かれ視界を狭める。

 フードを被っていると視界が狭まり、この自然を満喫することができない。


(町に着くまでは外してもいいよね、おばあちゃん……。)


 祖母が残した二つの忠告。

 一つは、森と町以外は行ってはいけないということ。

 もう一つは、町に出る際、必ずフード付きのローブを着て顔を隠さなければならないこと。

 いずれも理由は教えてくれなかったが、町に着けば嫌でも大体の理由が分かってしまう。


 ———私の髪色は町の人達と違いすぎるのだ。



 フードを外すと、今まで遮られていた風が吹きつけ、髪を揺らす。


 そして、広まった視界で森の声を“見る”。


 この森に舗装された道がないので、片道2時間以上ある町までの道のりを正確に覚えることは難しい。

 15年間この森に住んでいる私ですら正確な道のりは覚えてない。

 しかし、私は生まれつき森の声を“見る”ことができる。


 森には声がある。風に揺らされる木々の音、鳥たちの鳴き声、動物の微かな足音などの様々な声。

 私はそれらの声を、螺旋状の線として目で“見る”ことができる。

 町までの道のりは、町から吹き付ける風音の薄い緑の螺旋を辿ることで分かる。

 この螺旋は、母も祖母も見ることができたらしいから、この能力は遺伝によるものだと思っている。



 2時間程螺旋を辿りながら歩いていると、木々の隙間から町が見えてきたのでフードを被り直す。


町<ルーベルク>

第七王国最東端に位置する町。

真ん中に立つ一際立派な建物の聖教院。聖教 院を円状に囲うように存在する公共広場。その周りには住居が点在している。

 この町は、近くに食料や物資の補給できる場所がないため、王都から商人が七日ごとに物を売りに来る。

 今日はその日である。



 公共広場に馬車が3台止まっているのが見える。そして、それを取り囲むように人が集まっている。


 いつ見ても、異様な光景だ。

 男性も女性も子供も老人も皆んな同じ白い髪。

 それらが群がりできる白い人間の塊。


 おそらく、祖母の忠告の理由の一つがこれだ。

 私は今まで、白以外の髪の毛を見たことがない。町の人々も王都から来る商人も祖母も皆んな同じ白い髪の毛だった。

 昔読んだ絵本には、確かに色々な髪の色をした人が描かれていたし、私の髪は白ではなく反対の黒色。夢の中の青年も黒い髪の毛だった。

 この世界には確かに白以外の髪の毛を持つ人間が存在するはずなのだ。


 この事を祖母に聞いたこともあったが


「私は、あなたのこの綺麗な黒い髪が好きよ。」


 と優しく微笑むだけで、いつも誤魔化されてしまった。

 祖母は、真面目を絵に描いたような厳格な人で、どんな時も私の事を第一に思ってくれる優しい人だった。

 だから、あの2つの忠告の理由を教えてくれないのも、私の髪の毛の事を誤魔化すのも、私に不利益になるような理由があるからだと私は思っている。

 だから私は、追求することはなかった。




 死んでしまった優しい祖母のことを思い出し。少しの間感傷的な気分になっていたが、今日は、7日に一度の大事な日であることを思い出し我に帰る。


 勿論、買い物は早い者勝ちである。売り切れてしまったら、7日間食料なしで生活しなければならなくなる。

 不安感にかられ走り出し、私は広場にできた白いの塊に飛び込んだ。



 見渡す限りの人。町の人間全員が集まっているのかと思える程の人圧。

 身をかがめて人と人の小さな隙間をすり抜ける。人間は構造上、足の方が細いので身をかがめると案外簡単にすり抜けることができるのだ。

 そして、次々と人を交わしながら塊の中心部に向かう。


 その時、私の視線はあるものを捉えた。


 激レア商品。アップルパイ。五年前に一度口にしたことがある超絶美味な一品。

———あの味は今でも忘れられない。


(残り一つ!絶対取る!)


 私は、多少の人との接触を許容して残り一つになった目標目指してすり抜けるスピードを上げる。


 ———アップルパイに向かって手を伸ばす。


「取ったーー!」


 私は立ち上がり、アップルパイの入った袋を掴んでいる右手を上げた。

 あまりの嬉しさに大声をだしてしまった。



「……………。」


 周りの視線が私に集まる。そして、今まで騒がしかったのが嘘であるかのような静寂が広がった。


「……えっ?」


 私は何が起こったのか分からず呆然としていたが、町の誰かが放った言葉が静寂を崩す。



「黒い髪……。悪魔……。悪魔の子だ!。」



 フードが取れ、顕になった黒い髪が風に揺れた。

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七つの軌跡 しんしん @Kishin1233

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