第2話 夢

 夢を見た。


 森の中。


 木々の間から太陽の光が差し込み、森の中だというのに明るい。

 一際明るい場所に倒れている木。その木に座っている、黒髪の少女と黒髪の青年。

 少女の方は小さい頃の私だろうか。とても楽しそうに笑っている。

 青年の顔はボヤがかかってよく見えない。

 ——何を話しているのだろうか。

 楽しそうに話しをする二人の方へ足を運ぶ。

 近くの木の陰に隠れて聞き耳をたてる。


 ふと、青年が口を開く。


「僕は、死ぬことができないんだ。」





 ——————————



 鳥の鳴き声が聞こえる。窓から差し込む日光で、目をつぶっていても外が明るいことがわかる。


(もう朝か……。)


 憂鬱な気持ちに陥りながらも目を開ける。いつもの天井。木製の建物独特の木の匂いが部屋中を漂っている。


 私を生んですぐ、両親が死にそれ以来住んでいる祖母の家。その祖母も一年前病で死んでしまったので、今では、この家には私しか住んでいない。

 最初は不安だった一人暮らしも慣れてきた頃だ。両親と祖母が残したお金で、金銭面でも苦労なく生活できている。

 ただ一つ不満な点があるとすれば、この家の場所である。森の中にあり町から離れていて、町まで往復5時間はかかる。買い物に出かけるだけでも1日が終わってしまう。

 昨日15歳になったので、この家を出て、もっと便利な場所に引っ越す事もできるが、祖母に、この森と、近くの町以外は行ってはならないと昔から言われていたので躊躇われる気持ちになる。

 それに、祖母が死んだ今も引っ越したいという気持ちにはならない。私は、なんだかんだで人のいない静かな森が気に入っているのかもしれない。




 しばらくベットの上で惚けていたが、今日こそ町に買い物に行かないと食料がなくなると思いベットから出る。

 ふと、部屋の壁に掛けてある大きな地図が目に入る。



 クロノス大陸


 この世界の5割を占める大陸。神様が3日目に作ったとされている大陸。周りには4割を占める海と残り1割の小さな島が点々と存在している。

 大陸には7つの国が存在しており、国家が成立した順に第一から第七までの名前で呼ばれている。

 この森は第六王国と第七王国の国境付近に存在する森で私の住む家はぎりぎり第七王国内である。

 私は、第七王国王都の両親の家で生まれたらしいが流石に覚えていない。

 王都を見たいという思いは多少あるが、祖母の言葉や、この森の静寂感の心地良さに比べるとどうも劣ってしまう。


(小さい頃は、この地図を見る度に自分のちっぽけさに耐えきれなくなって、よく家を飛び出して森中を走り回っていたっけなぁ〜〜。)


 どうも私は、何か耐えきれないことがあると森を走り回る癖があったらしい。よく、祖母にそのことで叱られたのを覚えている。



 少し感傷に浸っていると、ふと、さっき見た夢を思い出す。


(あの日も、家を飛び出したんだっけ……。)


 私には、3歳の誕生日から一月間の記憶がない。

 その日、祖母から天地創造の説話を聞かされ、何かとても納得のいかなかったことがあったこと、そして家を飛び出したこと、それしか覚えていない。

 祖母は一月がたった日の朝、行方不明だった私が、家の前で泣いていたところを見つけひどく驚いたと言っていた。


 今でも、あの説話の登場する本を読むことがあるが、何がそんなに納得がいかなかったのか、あの一月間に何があったのか、少しも思い出せない。


(今回の夢も、その時の記憶だろうか……。)


 私は、よく変な夢を見る。その夢には、いつも黒い髪の青年が幼い私の隣にいる。青年の顔はいつもボヤがかかっていて、見ることが出来ない。しかし、その青年の隣にいる私はいつも笑っていた。


 だが、今回の夢はいつも見るものと少し違っていた。いつもは、私自身が、幼い頃の私の目線で展開されていた。それに対し、今回の夢は私が第三者として客観的に二人を見る形になっていた。それに、いつもは聞くことのできない青年の声を聞くことができた。


『僕は、死ぬことができないんだ。』


 とても優しくて、綺麗な声。それでいて、とても悲しそうな声だった。


(しかし、死ぬことができないとはどういうことだろうか。)


 人は必ず死ぬ。両親がそうだったように。祖母がそうだったように。

 死なない人間なんて、それこそ神様に『奇跡』を授かったあの7人の人間以外考えられないし、元よりあの話が真実なのかも怪しい。それに、仮に真実だとしても、この世界が創造されたとされているのは、五百万年以上前だ。そんな長い時を生きているなんてとてもじゃないが考えられない。


(あの夢が、本当に私の記憶ならいつかあの人に会ってみたいな……。)


 これ以上考えても結論にたどり着くことはないと判断して、考えるのをやめた。

 そして、ほとんど空になった保存庫から、適当に食べられる物を取り出し食べる。


 食べ終えると、時計の針はもう10時を回っていた。そろそろ町に出かけないと日が落ちるまでに帰ってこれなくなるので、外出の準備をする。



「行ってくるね、おばあちゃん……。」


 茶の間の机の上に立てかけてある祖母の写真に話しかけて玄関から外へ出る。



 優しく微笑んでいたはずの祖母の写真が今日は少し、強張っているように感じた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る