プロローグ (2-2) Ebola Virus

   

 少女が「ドラマや映画でも有名な」と口にしたように。

 エボラは、専門家ではなくても、誰でも一度は耳にしたことのあるウイルス名だろう。

 感染者が発症すると、頭痛・発熱・悪寒など、一見「風邪かな?」と思われるような症状から始まり、最後には全身の様々な器官から出血して死に至る。この出血症状という、絵的にも派手な最期のために、映像作品などフィクションの題材になりがちなのかもしれないが……。

 現実問題、致死率も非常に高く、恐ろしい病気である。

 このような病気を引き起こす源が、エボラウイルス。遺伝子の種類と向きから『マイナス鎖RNAウイルス』というグループに属しており、その中でも、モノネガウイルス目フィロウイルス科エボラウイルス属に分類されるウイルスである。

 そして、そんなエボラウイルスにちなんでいるのが、少女の目の前にいる青ジーンズの男、コードネーム『エボラ』。ウイルスの背景を考えれば、彼の攻撃を食らってしまったのは、大変なことであるはずなのだが……。

 少女は、男が呆れてしまうくらいに、平然とした態度を続けていた。


「私たち能力者は、それぞれウイルスをモチーフとした特殊能力を有してるけど……。所詮『モチーフ』であって、ウイルスそのものじゃないのよねえ」

 少女は余裕の笑みを浮かべたまま、左の手首――つまり赤く腫れている部分――を、右手で覆うようにして握りしめた。

「これがウイルスそのものを流し込まれたなら、私だって、こんなに悠長にしてられないんだけどね」

 続いて、手を逆にして、今度は左手で右の手首を掴む。

 少女が手を離した時には、両の手首にあった炎症の痕跡は、嘘のように綺麗さっぱり消失していた。

「あなたの能力が、本物のエボラほど派手な出血熱じゃなくて、本当に良かったわ。ごくごく部分的な内部出血? 炎症? それくらいなら……。ほら、この通り! もう治ったわ!」

 まるで男に見せつけるかのように、少女は軽く、ぶらぶらと両手を振ってみせた。


「な、何をやったのだ?」

 動揺が言葉に出る男に対して、少女は「たいしたことない」という口調で返す。

「オジサンだって知ってるんでしょう、私のコードネーム。私が組織から与えられた名前は……」

「ああ、知ってる。あんたの名前は『VSV』、つまり Vesicular Stomatitis Virus だろ」

 先ほどのお返しのように、今度は男が、少女の言葉を遮った。

 そして。

 男は、自分の発言を耳にしたことで、何か気づいたらしい。

「VSV……。まさか、組換えVSVワクチンか!」

   

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