プロローグ (2-3) Vesicular Stomatitis Virus

   

 VSV。

 Vesicular Stomatitis Virus。

 日本語では、水疱性すいほうせい口内炎ウイルスあるいは水胞性すいほうせい口炎ウイルスと呼ばれる。

 エボラウイルスと同じく、大きな分類では『マイナス鎖RNAウイルス』に属しており、さらに細かく分ければ、モノネガウイルス目ラブドウイルス科ベシクロウイルス属。つまり、エボラウイルスとは『目』までは共通だが『科』からは袂を分かつ形になるウイルスだ。

 もちろん、こうした分類は遺伝子に基づくものであり、ウイルスが引き起こす症状そのものとは無関係。エボラのような致死的なウイルスとは異なり、VSVは『水疱性口内炎』の名の通り、牛や馬などの家畜において口内炎の原因となる。

 家畜だけではなく人間にも感染するが、法定伝染病として重要視される家畜の場合とは異なり、人間の場合は「所詮は口内炎」という軽い扱いかもしれない。実際には口内炎だけではなく、疲労・筋肉痛・頭痛なども起こり得るらしいのだが。


 ともかく、比較的病原性の低いウイルスということで、VSVは、昔から広く研究されてきた。遺伝子的に近似の――もっと重大な病気の原因となる――ウイルスのモデルタイプとして用いられてきたのだ。

 特に弱毒化したVSVを用いて、同じ『モノネガウイルス目』のウイルスということで、例えばエボラウイルスの一部を組み込んだ組換えVSVなんてものも、研究者たちは作ってきた。エボラの抗原性を示す――エボラに対する免疫反応を引き起こす――ようなVSVの開発である。

 これは立派にウイルスとして成立し、すでに十数年前の時点で、動物実験レベルでは「エボラに対する安全なワクチンに成り得るのではないか」と、その有効性が示されている。

 その後も研究が続けられた結果、組換えVSVはワクチンとして、実際の患者が対象の臨床試験においても、数年前に安全性や有効性が確認されたそうだ。


 ジーンズ姿の男『エボラ』は、そのような科学的な情報を有しており、だからこそ「組換えVSVワクチンか!」と口走ったのだが……。

「VSVワクチン? 何それ? 知らないわよ、そんな話」

 男とは対象的に、専門知識に疎い女子高生は、彼の発言をバッサリと切って捨てた。

 言われて、男も考え直す。

 少し前に少女が口にしたように、男は別に、ウイルスを直接相手に送り込めるわけではない。ウイルスによる症状と似た現象を、異能力で引き起こせる……。ただ、それだけだ。

 ならば「組換えウイルスワクチンで対応された」などと考えたら、話が合わない。つまり、別の何かで対処されたのだ。

 だから男は、あらためて尋ね直す。

「だったら……。あんた、いったい何をした? どうやって、俺の能力を無効化したんだ?」

   

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