異世界初日が終わったがこれからどうする 4

「で、ここがエリナのイチオシレストランって訳か」


「うん、多分ランチ系統の店としては最強なんじゃないかな」


 エリナの自信満々な説明を耳にしながら、入口にかかっている看板を見た。


「ランチ専門店、《グータランチ》…………か、もう……あれだな、名前から既になんとも言えないこの感じ、何か某国にあるベルリンの壁の一部をもって帰れるレストランと同じくらいコメントに困るわ」


「ちょっとアンタの言ってることがたまにわかんないけど。名前に関しては…………私からもノーコメントかな」


 「でも、味は確かだから!」とエリナは謎のフォローを繰り出すが、俺のグータランチに対する第一印象は絶賛大暴落中であった。

 それでも気になるため、俺にとっては早く入店したいことこの上ないのだが……未だにそれは出来ないでいた。


 なぜかと言うと


「で、この人だかりは行列なのか? 並んでんのかこいつら」


「いや、違うと思うんだけど……時折こうなってんだよねここ」


 店そのものが、大勢の人で包囲されていたからだ。

 しかも完全に店内を見ることが目的のようで、窓は愚か、入り口の扉は全開の状態でこれまた大勢の人によって押さえつけられ、入り口その物は既に入り口としての機能を果たしていなかった。

 お前ら獲物に群がるゾンビか!


「なんだ、新手のテロか?」


「さぁ………どうだろ、私はこうなってる日は諦めてたから原因は知らない」


 入り口一歩手前にすら行かせてもらえない。

 暫く収まるまで待とうかと話し合っていると、一人のウェイター姿の青年が顔を出した。


 それも屋根からだ。


「うわ、まさに苦肉の策って感じだな。屋根裏から顔出してんのかあれ」


「まあ、入り口がああだったらね。ある意味仕方がないとも言えるかも………」


 青年はすうっと行きをすって深呼吸したかと思うと、手をメガホンがわりにして大声で叫んだ。


「当店のーーーー利用者としてお越しのお客様以外はーーーーーーー申し訳ございませんが下がってくださーーーーーーーい。本来のーーーー目的であるランチをーーーー楽しみにしてらっしゃるお客様のーーーごめーわくとーーーなっておりまーーーーーーす」


 すると群衆はハッとしたように店から少し離れ、代わりにやっと使えるようになった入り口にランチ目的と思われる第二の軍勢が並んで入っていった。

 どちらにしろランチ目的の奴らも多いんかい!


「いや群衆の半分はランチかよ! エリナ、俺たちも早くいった方が良さそうだ……!」


「う、うん!」


 大急ぎで並んで入っていく行列に並ぶ。


 結局、席に座れたのは十五分後だった。だがそれでも外の野次馬は窓から顔を除かせ続け、行列は絶えず行列であった。

 しばらく人波に揉まれ続けたせいで無駄に疲れた体を椅子の背もたれに投げ出す。

 エリナに至っては座った瞬間速攻でテーブルに這いつくばり「ふぃー」と言う空気が抜けていくような声をおよそ五秒間の間発し続けた。


 が、俺の自分を見る生暖かい視線に気づいて大急ぎで姿勢を正し、顔を耳まで赤くした。



「や、やっと座れた……」


「ここってまじで人気あんだな」


「まあね、普段はもっと少ないけど似たようなもんだから」

 

「うわぁ、それはキツイw」


 頬を引き攣らせ、苦笑いしながらそう返す。

 そしてテーブルの上に置いてあるメニュー表らしき物を開いた。

 見た感じ、やはり異世界のレストランなだけあって聞いた事もない食材名ばかりの料理がずらりと並んでいた。

 机の上のメニュー表を交互に見あっていると、先ほど屋根から登場した青年が二人分の水とお手拭きを持ってテーブルにやって来た。


「メニューは決まりましたか?」


 俺がエリナに「決まった?」と聞くとエリナは「うん、決まった」と言い、メニュー表をパタンと閉じた。


「じゃあ――――」




「「ハイファングの赤身ステーキ、スパイスは胡椒、ソースはリーフオニオンソース、焼き加減はミディアムで」」


 仲良く、ハモる。


「「――――っ!?」」


 一言一句間違いなく、あろうことか区切るところまで一緒だった。

 後ろの席からあまりのシンクロ率に男性が「――――ッ………」と笑いを必死に堪えているのが分かる。


「い、以上で……よろしいでしょうか」


「……はい……………」


 ウェイターがそそくさと注文内容のメモ用紙を持って厨房へ入っていった後、二人はサッと顔を見合わせた。


「……………狙った?」


「……………ねらってない」


「だよねえ」




「ハッハッハッ、相変わらずなかいいn――――」


 男が言い終わる前に、お手拭きが直撃した男の顔からスパーンと良い音が響いた。



 俺達の席の隣には、アルギドとルーカスが仲良く座ってランチを頬張っていたのだ。


「まったくだ」


「おいまて、あんたら何で俺が行く先々にいるんだ。後をつけてんのか?」


「残念ながら今回ばっかりはそちらが後だよ」


 引き締まった体つきの気品漂う(?)男、ルーカスがそう言った。


「ルーカス、少しは俺の心配してくれ」


「いや、お前の煽り文句は俺でもむかつくから泉のお手拭きを投げつけるという判断は間違いではなかったと思うぞ」


「なんだこのアホみたいなテンプレは……………」


 はぁ、とため息をつき、そして瞬時に察する。


 この軍勢はこいつらが原因か


 と。


「まあ確かに国王が直々にランチ食いに来てたらそらこんな人だかりも出来るわな」


「他は知らんがここは俺たち二人のお忍び時の行きつけの店でね、今日も今日とて飯がうまい」


 二人の様子と周りの軍勢の視線を見比べて


「あー時たま無駄に人が多かったのってこの二人が原因だったんだ」


 と、エリナが納得したように頷いた。そして「ガチ創造神と現国王と異世界からの転生者が一般のレストランでともに語り合っている奇跡」と少し引き気味になる。


「む、そうだったのか。この集団は俺達が原因だったのか」


「本人が分かっていなかった件について」


 四人による茶番がまたもや繰り広げられる。その様子をみていた軍勢のなかで「あの二人、ルーカス様に何て態度を…………!?」や「私のルーカス様に馴れ馴れしく近づいちゃって……………殺す!!」などと言う意味不明な事を口走る……否、血走る輩がいたが、俺は敢えて気づかぬ振りをしておいた。


 関わったらめんどくさそうだから……………。


「とは言え、俺達はもう食事は済んだから帰るとしよう」


 ルーカスはサッと立ち上がり、依然として顔にお手拭きをめり込ませたままのアルギドの肩を叩いて帰るように促した。


「では、またどこかで」


 そう言ってアルギドルーカスの二人は群贅を引き連れて店を出ていった。

 しかし二人が去り、軍勢が退いてなお行列が淡々と何の変化もなくあり続けていることに俺は再度『グータランチ』の人気っぷりを見た。



「アイツら、ゼってーわざとだろ」


「だと思う」


 そうこうしている内に、テーブルには全く同じ料理が二人分運ばれてきた。


「ハイファングの赤身ステーキでございます」


 本来人の好みによってスパイスや焼き加減など、いろいろ違った部分が見れるはずの料理が奇跡のユニソンを果たして今テーブルの上にあるのを見て、若干の苦笑いを俺とエリナは顔に浮かべた。


「それじゃあ………」


 両掌を合わせて、胸の前に構える。


「いただきます」


 そう言ってナイフとフォークを何かの肉に突き立てようとする泉の目にキョトンとするエリナの顔が入った。


「泉、それなに?」


「…………ああ、これのことか。そうか、ここは日本じゃないもんな…………。これはな、元俺がいたところに昔から伝わる食事前の儀式みたいなやつでな、簡単に言うと………料理を作ってくれた人に対する感謝の気持ちをあらわすんだ」


「感謝の……気持ち………」


 エリナはしばらく考えた後、両掌を合わせて「いただ……きま…す」とたどたどしくいった。その様子を見て俺は少し驚いたような顔をしてしまったが、すぐさま気を取り直したように「それじゃ、食うか!」といつもの気の抜けて、どこか優しさのある笑顔でエリナを見つめた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――



「そういえば泉、ちゃんとギルドマスターの説明聞いてた?」


「あー、あの……なんだっけ。ランクがどうとかこうとかの……」


「つまり殆ど聞いて無いのね」


 はあ、ため息をついて、一生懸命泉にギルドの仕組みを教えようとして、結局骨折り損だったギルドマスターのことを気の毒に思う気持ちを脳の遥か端っこの厚さ3ミリ程度のところに少しだけ思ってから説明を始めた。


「まず、ギルドの冒険者にはランクっていうものがあるのは聞いたでしょ。何かしらギルドに貢献したり大きな功績をあげたときにその内容によってF、E、D、C、B、A、S、Zの順番に上がっていくの。ランクごとに有利な特典があるから……あげておいて損はない。でもって一般にFEDが下級ランク冒険者、CBAが上級ランク冒険者、SZが特級ランク冒険者と呼ばれるの。って言っても、Aとかならともかく、S、ましてやZランクなんてものは歴史上にも英雄と呼ばれた人たちぐらいなんだけどね」


 ははっと笑いながらエリナは美味しそうにハイファングとか言うよく分からない動物のステーキをほおばった。


「で、この後は泉はどうするの?」


「それがなー、決まってないんだな―これが。今から俺がいた森にもう一回行ってレベリング、というてもあるんだけどなー」


「いや………そっちのこと強くなることじゃなくて、これから暮らす家を探すとかこの町の構造について調べるとか、もっとこう、今後この世界で暮らすための下準備とかの話」


 呆れたといった顔でエリナは泉の顔を見た。しかし本心で言っていたのかそれともめんどくさいから後回しにしたかっただけなのか、泉は全力で顔をしかめた。


「うーんでもなー………ぶっちゃけいま泊ってるところにずっといればよくね? っていうかこのステーキうまいなエリナ!」


「必死に話題を変えたわね…………」


 続けて話を戻そうとエリナはしたが、おいしいというのだけは本心だったらしく泉はうまいうまいと言いながら満面の笑みでステーキを口に突っ込んでいた。その様子を見て思わず「ま、いっか」と呟き、おすすめのレストランの料理が泉の口に合ったことに対する喜びを感じていた。


「当たり前でしょ、私の一押しのレストランなんだから」






「で、さっき言ってたランクごとの特典ってどんなのなんだ?」


「あーえっとねー、例えばBランク以上の人は宿泊費とか生活に必須な部分は割引が発生するのよ。極端な話『強けりゃ金には困らねえ』ってやつよ」


「へぇ……それ結構良くない?」


「うん、そのおかげで冒険者たちは必死にモンスター討伐とか依頼をこなしてくれるからね」


 フーンと頷きながら、その仕組みの立案者に称賛を送った。


「それで――」




 ズッゴオオオォォォォォオオオオオオオン


 



 屋根が消し飛んだ。


 そして直後、鱗同士のぶつかり合うシャラシャラと言う音をたてながら、黒い体に黄金色の目をした一匹のドラゴンの顔が中を覗き込んだ。



 エリナを含む客やウェイター達、もとから立っていた人はその場に立ち竦み、座っていた人は椅子から立ち上がるか転げ落ちるかしてその場から離れた。


 そして皆が皆、叫び声をあげたり両手で口を押えたり、そもそも動くことを忘れ口を半開きにして上を向きっぱなしになった。


 ただ一人、例外を除いて。


「な、なに……あれ」


 エリナは震える手でテーブル越しにいる俺の肩を叩こうとしたが、そこに肩はなかった。それもそのはず。

 エリナは俺も立ち上がっていると思って、自分の肩より少し上に手を伸ばそうとしたのだから。


 当の俺は、その席から微動だにせず、そのまま座った状態で紅茶をすすっていた。

 そしてさっと一番近くにいるウェイターのほうを向いて右手を少し上げた。



「紅茶、お代わりもらえますかね」

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素手と狙撃と異世界転生!!  ~最強の格闘スナイパーの道をまっしぐら~ アマノハシ @amanoashi

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