山椒の木


 今年の2月、裏庭に生えている木を切った。長らく放ったらかしにしていたせいで裏庭には鬱蒼と木が生い茂っていて、この時期を境にまるで森となる。そうなる前にと重い腰を上げて切ったのである。


 毎年5月に入った頃になると庭の草が気になってくる。草刈りをしないといけない。そう思って裏庭に足を踏み入れるといつもと様子が違っていた。これまで光を遮っていた木を切ったおかげで、どうやら植生が変わったようなのである。

 日向でしか見かけなかった草が生え、背の低い物ばかりになっていた。


 そして、1メートル程の高さまで切っておいた山椒の木から新しい葉が出ていた。


 この山椒は植えた物ではなく気付くと生えていた物だ。

 そもそも山椒とは香辛料として用いられる由緒正しい植物である。葉は和食料理の添え物として香りと見た目に鮮やかさを添える。この時期から出始めるタケノコの煮物にちょんと一つ乗っていると清々しさを醸し出す。実は粉にしてうなぎの蒲焼きに爽やかさを加える。また、粉にせずそのまま佃煮にして鰻丼に添えられる事もある。甘辛く煮ても実の持つ鮮烈過ぎる香りは損なわれない。

 この山椒の実の味を表現するのは難しい。まるで、眠気覚ましのガムや刺激の強い歯磨き粉のような味だ。これを「からい」と言うのを耳にした事があるがどうにも腑に落ちない。これは唐辛子のような辛さでも胡椒のような辛さとも違う。そもそも辛いが適しているのか。ビリビリとした刺激味とでも言えば良いのか。ともかく山椒の持つ香りと味はこの類いの物である。そして、より強烈で容赦がない。


 そんな立派な物が我が家のろくに手入れもされていない庭に自生している訳がない。おそらくその亜種か何かだろう。という事で、この山椒はイヌザンショウだと思っていた。

 山椒の葉は枝を中心に左右対象に生えその先に一枚葉を付ける。イヌザンショウは枝を中心に左に葉、右にトゲ、その次の葉になると左にトゲ、右に葉、と交互に並んでいく。大きさも山椒よりは大きい。他の亜種も調べたがそれほど多くはなかったと記憶している。どれも裏庭に生えている山椒とは違った。


 どうやら我が庭に生えている山椒は正真正銘の山椒であるらしかった。


 話は変わるがある種のイルカはやはりある種の毒を持つ魚を刺激してその毒を出させ敢えてそれを取り込むという事をするのだという。これはイルカにとって一種の遊びで、要するに人間が煙草や酒を飲むのと同じ様な物らしい。ニコチンもアルコールも毒には違いない。適量を守ってこそ楽しめる。イルカが人間と同じ様な行動を取るのは実に興味深い。いや、神経を刺激して楽しむというのは実は動物として当たり前の事で人間はまだその程度の進化しかしていないという事の証左なのかも知れない。


 私はこの山椒の実は鳥にとってこの様な存在なのかも知れないと考えている。


 先述した通り山椒の実は強烈な香りと味を持つ。リンゴや柿、葡萄のように敢えて食べようとは思わない物だ。それは鳥にとっても同じなはずだ。

 これが栗やドングリ、椎の実なら鳥にとって食料となるだろうが山椒の実にそこまでのデンプン質が期待できるのだろうか。

 そう考えた時、鳥は敢えてこの山椒の実を食べ楽しんでいるのではないかと思ったのだ。


 そして、その鳥の糞に山椒の種が混ざっていて、我が家の裏庭に山椒の木が生えているのではないかと考えている。


 我が家の周囲には森や林を連想させる程木が生えているせいで鳥がよく集まる。日によっては鳥の鳴き声が五月蝿いくらいだ。おそらく我が家の周りは鳥の糞だらけであろう。


 さて、私は家の周りの草刈りをする度に、裏庭以外で山椒を見つける。今回草刈りをした時にも今までなかった場所に山椒が生えているのを見つけた。

 やはり、鳥は山椒の実を食べ、家の周りで糞をして山椒を植えて回っているのではないかと思うのだ。



 さてこの山椒、生えてはいるものの私は全く利用していない。タケノコの煮物もうなぎの蒲焼きとも縁がないので山椒を活用出来る料理が思い付かないのである。これがバジルであったならまだ良かったのだが。


 そんな人間の都合とは関係なく、今日も山椒は我が家の庭でその葉を揺らしている。

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