バナナ

 トンネルを抜けるとそこは雪国ではなかった。


 ゴールデンウィークともなると、豪雪地帯で知られる新潟県の上越地方とは言え雪はほんの極僅か、道端のそれも日陰でかつてうず高く除雪された雪の積まれた場所にその名残を残すのみとなっていた。

 長期連休を利用して新潟にある親戚の元を訪ねるのは私の習慣となっている。そして上信越道を北上し妙高に入るのもまた慣れた事になっていた。

 私は妙高のサービスエリアが妙に気に入っていてまた丁度いい場所にあるものだから通る度にほぼ毎回立ち寄る事にしている。

 気候によってはゴールデンウィークでもまだ雪が残る事もあるが今年はまるで残っていない。年末年始など雪に埋もれていて道路上ですら除雪しきれない雪に覆われていたのに今は全く平和なものである。


 今回、私がそこで目にしたのは雪ではなくバナナの皮だった。


 アスファルトの敷き詰められた駐車スペースにバナナの皮が二つ。一部は車のタイヤに轢かれたのかペチャンコになっていた。


 どうやら食べ頃だったらしく皮には黒い斑点が浮いていた。



 さて、このバナナの皮を見て私は奇妙な感覚に襲われた。


 高速道路上という環境とバナナを食べる行為がどうしても結びつかないのである。

 当たり前の事ではあるがバナナは皮を剥いて食べる物だ。運転中に食べる事は難しい。予め皮を剥き小さく切り分けてタッパーにでも入れておけば爪楊枝で食べる事は出来るかも知れない。その場合皮は車中に存在しない事になる。

 バナナに限らず運転中に飲食する事は難しい。可能なのはせいぜいパンや串に刺した物など片手で食べられる物くらいだ。オニギリも海苔のパリパリした物は不向きだ。食べるようにするには両手が必要だ。サンドイッチも良くない。隙間から具がこぼれシートに落ちたら面倒な事になる。タマゴサンドなど最悪だ。以前サンドイッチの具が極端に少ないという画像を見た事があるがその程度の方が運転中に食べるには丁度いいのかも知れない。


 結局、食べるとしたらサービスエリアで車を停めてというのが理想的なのである。が、移動を始めると休憩よりも到着を優先したくなる性分なのでそも長い事停車して休憩するというのが苦手である。その日もトイレ休憩と飲み物を買い足しただけでろくに休憩しなかった。結果何も食べていない事に夕方になって気付くのであるが。

 そんなわけでバナナを高速道路上で食べるという事は私には不可能なのである。だからバナナの皮が高速道路上にある事は想定外でその皮が妙に奇妙に思えたのだ。


 考えてみれば然程不思議な事ではない。長旅中のオヤツとして持って来た家族連れがいたのだろう。数日家を空けるタイミングで買い置きしておいたバナナを残しておいたら腐ってしまう。そう考えれば持って行くという選択をするしかない。旅のオヤツにもなって丁度いい。そう思った家族連れがそのバナナの皮を残していったのだと思う。路上に捨てて行くのはどうかとは思うが。


 別にバナナの皮を捨てて行った人を非難したくて書いているのではない。



 今日、久しぶりにバナナを食べた。親戚の家で、である。


 久しぶりなのには訳がある。

 一人暮らしの身の上ではバナナは買い辛くスーパーで目にはするけれども買う気にはなれない。三本ばかり小分けされた物もあるがどうにもバナナは一房でないと割高に思える。袋詰めされている物は尚更である。甘党なら毎日でも食べるだろうが私はそれほど甘党ではない。ちょっと食べたい時はある事はあるが毎日食べたいかというとそれほどでもない。バナナはたまに一本食べたくなる程度、食べなくても問題ない程度の存在だ。

 それにバナナには「食べ頃」という物がある。買いたての青いバナナはそれ程美味いものでもない。完熟するまで待っていたら食べ切れなくなる。バナナを手に取る瞬間に発生した食べたいという欲求は数日後にしか満たせない。もしすぐに完熟バナナを食べたければおつとめ品こそがベストな選択肢だ。だが私はそれほど熱心なバナナファンではない。

 そんなわけでここ数年バナナを口にしていなかった。



 そして今日に至るという訳だ。



 結局のところバナナという物は家族がいる環境こそ食べるのに相応しい物だと思うのである。

 完熟まで待っても食べ切れる人間がいる環境こそがバナナのある場所なのだと。



 黒い斑点の浮いたバナナを食べながらそんな益体も無い事を考えた。

 久し振りに食べたバナナは絶妙の熟れ具合で甘く美味かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る