いやほんとしゅーくりーむ

木奈子。

1,

車が、ぶろろろろろろおおっとエンジンを使って走る音。

列車が、がらんごろろろろろっと線路の上を駆け抜ける音。

犬が、わんわんわんっと吠える音。

人々が、ばたばたぱたぱたと歩き続ける音。

近くの女性達が、ぺちゃぺちゃくちゃくちゃと喋り続ける音。


世界は、毎日大きくて雑なぐらいに響く「音」で満ちている。ただただうるさい音に。


そんな世界の中、僕はいやほんをつけて歩き渡る。うるさすぎる世界から、自分の世界へと逃げる。


ぱちっ。

いやほんをつけると、一気に自分の好きな音楽が流れ込んで、外の世界の音は何も聞こえない。何も。


音楽を聴きながらこの世界を歩くというのは、最も自分好みの世界に変わると僕は考えている。世の中の音は、耳の鼓膜が破れそうになるし、雑に響く。

そんな無駄な音に用はないし、聴きたくもない。


気づいたら僕は、いつもの食欲に誘われる、おかしいぐらいにオシャレにラッピングされている、しゅーくりーむのお店に足を運んでいる。そして、店を目の前ににらめっこし合う。



食べ物ねぇ…。

僕の体はきっと、しゅーくりーむと、音楽と、あとは内臓とか脳とか諸々でできていると思う。



人って、周りのモノ達に影響してって出来上がっていく。


暴言を沢山吐いたり、暴力をふるう人は、きっと周りの人間もそんな人なんだろう。

面白い人は、よくテレビとか見る人なんだろう。

自己中心的な考えしかしない人は、自分の独学で自分を作り上げたんだろう。

オシャレな人は、必死にファッション雑誌を拾い集めてできた人なんだろう。

すぐ泣く人は、泣いた方がいいと思う場面が何回もあったんだろう。


優しい人は…優しい人は何によってできたのかわからない。

だから、この世界に優しい人なんてひと握りしかいないんだ。



まぁとにかく、人は周りのモノを吸収し合って、どんどん出来上がって、完成を待つ前にこの世を去る。むしろ、完成なんてないのかもしれない。


だから、僕は大好きでいつも食べるしゅーくりーむと、自分の世界へと潜り込む鍵となる音楽が、自分を作っていると思ってる。


でも、空に手を伸ばして太陽に当てると、手は透けない。くりーむが体の中を流れていたりしない。それどころか、血管が流れているのが見える。


つまり、音楽としゅーくりーむだけじゃ人間は作れない。内臓だのなんだのがある。

みんな、「自分」という人間を作るには、スタートラインは一緒ってこと。




しゅーくりーむの美味しさは、語りきれない。

くしゅっと、口に入れた瞬間にクリームを包む皮がふんわりと舌の上で転がした後に、皮の裏側にある、甘ったるいだけのくりーむ。

甘ったるいって聞くとあんまり美味しそうに聞こえないが、くりーむの味は甘ったるい以外に言い変えようがない。


しゅーくりーむは様々な種類があり、そして音楽にもたくさんの曲がある。毎日違う組み合わせで、毎日違う世界が、僕の前に広がっている。



大きく息を吸って、息を吐く。ちょうど、いやほんからは好きな音楽が流れ始める。


かれこれもう30分ぐらいしゅーくりーむのお店の前にいる。ぶっちゃけこんな僕をみてさすがに変な客だと思われる。

だが、僕はアホみたいにつっ立ってる。


まだかな…そろそろ連絡が来てもいいぐらい…。


不安に思ってずっと店の前をウロウロして、その様子を、店の中の女性店員さんが、テニスのラリーを見るように目で追う。

そんな目で見んなよ、照れるじゃねえかばかやろ。


はやく…はやく…!




「あのぉ…」

とうとう声をかけられた。見ると、僕を目で追っていたあの女性店員だった。


いやほんをしているので、何も聞こえない。仕方がなく音量を下げる。


「そこにずっと立っていると、ほかのお客様にご迷惑となるので…」

眉毛を八の字にし、目を演技みたいに訴えかけるように言う。でも、こっちは気が気ではない。


「どうか御用がないならお立ち去りください…」

うそ、連絡が来ない。予定が変更されたのか。それでも、変更されても連絡が来るからおかしい。


「あのぉ…お客様…!」

だんだん息が荒くなって、店員が苛立ちを見せ始める。

こっちだって理由があってここにバカみたいに立ってるんだよ、と言い訳に近い文句を言いかけようと、その時だった。


『ぴろん』

スマホの着信音がした。


あせって、いつもやっている動作に何故か慣れない手つきでスマホの画面を開く。


「あの!!!!邪魔なんでもうどっか…」


そんな店員の声は、まったく耳に入らなかった。

通知を見た瞬間、体から嬉しさが溢れ出た。


「すみません!!!!聞こえますか私の声!!!!!!!!」


スマホでメッセージの確認をして、通知が正しく動いていることに気づいて、安堵の息をもらした。


「これ以上、迷惑をかけるならば…」

「すみません。」


僕は、いやほんを外して、こちらの世界に戻る。そして、店員を遮って素直に謝った。


「ごめんなさい。実は彼女が妊娠してて、今日が出産予定日だったんです。無事出産出来たら、僕の大好きなしゅーくりーむを出産時刻に、買ってあげようと思ってたんです。僕、このお店大好きなんです。」


申し訳なさをこめて、頭を下げる。


1人ぼっちだった自分の世界に、ずっと寂しかった自分の世界に、1人、いや2人入れてあげられたらな。


僕はこう言った。

「シュークリームを、3つください!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いやほんとしゅーくりーむ 木奈子。 @kinakooo3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ