エピローグ

第37話

 ある、夏休みの一日。その日はエアカーリング部の練習がある日で、高坂先輩と選手に戻った僕が策士先輩の指示のもとメニューをこなしていた。

 軽い投球練習が終わり、休憩が入ったタイミングで、

「おー、やってるやってるー」

 高校の夏期講習帰りなのか、制服を着た若葉先輩がエアカーリング部の練習場所の近くを通りかかった。

「今、休憩中?」

 広場の芝生で寝転んでいる僕の隣に座った若葉先輩は、そう尋ねる。

「はい、そうですよ」

「そっかぁ……いいなあ、部活」

「先輩はもう引退したじゃないですか。受験勉強頑張って下さいよ」

 若葉先輩は、夏の準々決勝で負けてしまった。結局、あの後最終十回に失点してしまい、大逆転勝利を飾ることはできなかった。

 しかし、終わった後、会場に盛大な拍手が若葉先輩に送られていた。

 きっと、粘り強い試合をしたことに対して。

 国立を包んだ拍手の海は、若葉先輩がピッチを引き上げるまで、その渦を止めることはなかったんだ。

「先輩、どこ受けるんでしたっけ?」

「えっとね、東京にある研究科のある大学」

「やっぱり、魔法なんですね」

「うん。私には、それしかないからね」

「大学でも、エアカーリング、続けるんですか?」

 何気なく聞いた、その一言。

「やるよ。やめられるわけないよ。こんな面白いスポーツ」

 迷うことなく答えた先輩の目線は、僕と同じ青空を見上げていて。

「ばっしー」

 ふと、先輩は視線を横にずらし、僕の横顔をその視界に映す。

「……大学でもさ、一緒に……」

 そう、少しモジモジとしながら紡ぐ言葉を、僕は聞き逃していなかった。

「おーし、休憩終わり―、練習戻るぞー」

 先輩の言葉を切るように策士先輩は練習再開の号令をかける。

「じゃ、じゃあ私、そろそろ帰るね。練習、頑張って。ばっしー」

 それに合わせて、弾かれたように立ち上がり校門のあるほうへと向かいだした若葉先輩。

「待ってるから、私。また、ばっしーとプレーできるの」

 体を起こし、遠ざかる若葉先輩の背中を見送る。

「待ってるって……同じ大学進む前提ですか」

 本当、どこまでも人を巻き込んでいくタイプなんだな、先輩は。

「まあ、でも」

 ……そんな未来も、別に嫌ではないかな。

 澄み渡る青空に架かった虹を、もう一度見てみたいと思うのは、確かだし。それを、いつまでも、何度でも見たいとも、思ったんだ。

 鳥が飛んでいく姿を眺めてから、僕は芝生から立ち上がり、策士先輩と高坂先輩のいる練習場に駆けて行った。

 この綺麗な空は、しばらく浮かんでいそうだ。

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架かれ、消えないで、虹。 白石 幸知 @shiroishi_tomo

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