木こり
大きな森に面した田舎の村、そこは森の木の実や大小の動物のおかげで食べるには困らず、良質な木材を外の商人に売ることで硬貨も手に入る、比較的余裕のある村だった。
その村の木こりの妻、ミアナは昼時に焦って取り乱していた。昼には帰ると言って早朝から森の伐採所へ出かけて行った夫が、未だ帰らないのだった。ミアナの夫は時間にうるさい男で、このようなことは今まで一度もなかったために、森で獣に襲われてケガでもしているのではないかと心配していた。
村中を駆け回って助けを求めるミアナに、始めは村の女衆も宥めようとするのみであった。しかしミアナのあまりに必死な様子と、その夫は村内でも時間や決まり事にうるさいと評判の男であったことから、昼過ぎには森を捜索するべく狩人を中心とした男達が送り出されたのだった。
「あいつは昼になるよりかなり前にここを出たよ。帰る前にキノコでも探すんだと」
伐採所にいた別の木こり達の一人からそう聞くと、いよいよ狩人たちは焦り始めた。木こりが森の浅い場所にある伐採所の周辺で迷うとは考えづらい、しかし事実として村へは帰ってきていない。
そしてさらに状況が悪くなる報せが、村から走ってきた男によってもたらされた。
「ミアナを森で見ていないか? お前らが出発してから村では誰も見ていないというんだ」
「なんてことだ! 一人で夫を探しに森へ入ったのか? 森には化け物も出るというのに!」
「化け物の話は迷信だ。そんなことより日が暮れると肉食の獣たちも活発に動き出す、その前に何としても二人を見つけるぞ」
村で昔から言い伝えられる人喰いの化け物、喰らった人の皮を被って瓜二つに化けるという迷信に男たちは慄くが、焦りを滲ませつつも冷静な狩人の声に我を取り戻した。そして狩人が率いる村の男たちは森のさらに奥深くへと分け入り、懸命に捜索を続けていった。
森は広く、しかし見通しは利かないために木こりも、そしてミアナも見つからずに時間が過ぎていった。しかしいよいよ日が傾き始めた頃、斧を片手にふらふらと歩く木こりが狩人達の前に姿を現したのだった。
「おお、心配したんだぞ。キノコを探して森深く入り過ぎたのか?」
「?」
問われて不思議そうにする木こりの様子に、先ほど一瞬だけ交わした会話のせいか、不意に不安を感じた男の一人が狩人を押しとどめて声をかけた。
「いや待て。こいつ化け物じゃないのか?」
「何をバカな事を、森を彷徨って疲れているだけだ」
不安が伝染して疑念を口にする男達を狩人は嗜めるが、それで安心できない一人が離れたところで立ちすくむ木こりへと怒鳴るように問いかけた。
「化け物だったら真似できるのは見た目だけだ。おい、お前の妻はなんて名だ?」
「・・・、ミアナだ」
小さく、しかしはっきりとした声で木こりが答えたことで、男達の間には安堵が広がった。そしてそれを確認した狩人は素早く近づくと、木こりに水袋を渡しながら話しかけた。
「すまない、みんな不安だったんだ。それに・・・、今言うべきではないかもしれんが、ミアナのこともある」
「ミアナ・・・、昼過ぎに会ったぞ」
木こりの思わぬ言葉を聞いて、狩人は非常に驚いた。そしてすぐにとんでもないことに気付いてしまっていた。
「なんて、ことだ・・・! お前は一度帰っていたというのか。だとするとミアナはその事を俺たちに伝えようとして森に入ったのか!?」
狩人の言葉を聞いて、他の男達も驚いたようだった。
「ならお前さんは、自分自身を探すこの騒ぎを知らないままで、見当たらないミアナを探してこんな森深くまで来ていたってのか。なんてことだ、勘違いが原因で本当に行方知れずになるなんて!」
「おい!滅多なことをいうな。ミアナはなんとかして探す。だがまずは憔悴しているこいつを村へと連れ帰ってからだ」
自分の軽率な行動で妻が行方不明だと感じているからか、俯き喋らない木こりの様子に、狩人は見つかったこの木こりだけでもまず連れて帰ると決めたのだった。
その後、村総出で懸命に捜索したにも関わらずミアナが見つかることはなく、木こりは今も一人で村はずれに住んでいるのであった。
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