塔の魔導士の独白

 俺は魔導士、つまり魔法を使える人間だ。そして自分で言うのもなんだが俺にはその才能もあった。田舎の農村出身であったにも関わらず、その頭の良さと魔法のうまさを見出されて、王都の魔法学園に入学して宮廷魔導士になるのは確実と言われていた。

 そう、言われて“いた”、“いた”、“た”、だ。

 学園には貴族や、裕福な出自の人間が多かった。そういった連中にとって田舎出身の天才というのは非常に、大変気に食わなかったらしい。誹謗中傷に始まり、直接的な嫌がらせに至るまでに入学から半年も必要としなかった。

 しかし、それらに俺は耐えた、そう忍耐力を総動員して耐えていた。そしてそれがまた連中の逆鱗に触れたらしい、実に理解しがたいことだが。王都ででかい顔ができる程に位が高いという貴族の子弟が動き出し、気付いた時には俺は常習の強姦魔としてあれを切り落とされて王都から追放されていた。故郷の幼馴染以外の女とは殆ど会話すらしたことのない俺が常習強姦魔だと!

 なんと笑える話だろうか。痛みに疼く股間をおさえて、とぼとぼと歩いて王都を去っていく俺を見て、学園の元同級生達はあれほど笑っていたのだからよほどの喜劇なのだろう。

 王都を追放されて行くあてがあるはずもなく、当然俺は故郷の村へと帰ってきた。しかし意気揚々と出た故郷へは入り難く、周辺をうろつくうちに、俺は、運命の出会いをその時果たした。


 村の人間が“塔”と呼んでいた謎の建築物、村から少し離れた場所に建つ“塔”としか形容しようのないもの。その入り口を堅く、厳重に閉ざしているものが、鍵でも仕掛けでも呪いでもなく、魔法によるものだと俺は気付いてしまった。

 すぐに魔法でゴブリンを呼び出し、そいつらに身の回りの世話をさせながら魔法の解錠に没頭した。程なくして時間の感覚も無くなった。

 そして中へと入ることに成功した時、俺は歓喜した。まさに狂喜。乱舞して絶叫したのも仕方のないことだ。なぜならその中に在ったのは古い魔法の研究成果。邪法、外法の粋ともいえる書庫だった。


 さらに俺は没頭した。読みふけり、考えに沈み、魔法の負の極致を修めていった。なぜか? 問う必要も答える必要もあるのだろうか?

 だが応えよう、復讐だ。


 ひとつ新たな魔法を試作するたびに、そこらにいるゴブリンで試した。古い魔法から得た着想を現代の魔法技術で昇華し、己の内にある黒い情念を混ぜて形にする。そうしているうちにかなりの数がいたはずの召喚ゴブリンがいなくなってしまっていた。そしてそれだけの試行錯誤を経て俺の、俺だけの、復讐の魔法が完成した。

 “反転”、それが俺の辿り着いた終着点。己の目の前にあるモノが攻撃であれば跳ね返し、人であればひっくり返す。強力で、状況も相手も選ばず、俺の心を僅かばかり癒してもくれる。


 ひとつ残念なのは、完成した“反転”を試すゴブリンがいなかったことだ。究極の邪法に辿り着いた代償にそれ以外を一切使えなくなっている俺には再召喚ができない。まあ、いい。機会はいくらでもあるだろう。

 そしていつぶりかもわからぬままに“塔”の扉を開け、外へ出た。

「――っ!」

 日差しが眩しい、目が痛い。外はこれほど辛かったか?

 しかし、いいこともあった。ちょうど出たところにゴブリンが一匹残っていた。俺が“塔”に入った時に取り残されていたのだろう、あるいは通りがかった野良か、まあどちらでもいいが。ちょうどいい、試してみたかったんだ。そう、ちょうどいい。

「やっと外に! よく無事で・・・」

 俺は変な鳴き声のゴブリンに杖を向けてそれを発動した。


“反転”

 中身をぶちまけて、鳴かなくなる。


 よし、うまくいった。想定通り、狙い通り、そして期待通りだ。これからあの学園の、いやあの王都のうじ虫どもを残らずひっくり返しにいくのかと思うと、立ち眩みがするほどの望外の喜びが全身を満たしていく。

 おや、さらにゴブリンがやってきた。通りすがりの群れだったのか?

「なんてことを。この子はずっと気の触れたお前を気にかけていたのに!」

「“塔”に入ってしまうまで、血と糞尿に塗れて嗤うだけのお前を世話していたあの優しい子になんて惨たらしいことをしてくれたんだ!」

「この悪魔! “塔”の悪魔め!」

 こいつらはキィキィと随分うるさいゴブリンだ。まあ“反転”の代償で音がほぼ聞こえんし目もよく見えていないが、こちらに向かってわめいていることだけは分かる。


“反転”“反転”“反転”

“反転”“反転”“反転”

“反転”“反転”・・・・・・


 中身をぶちまけて、静かになった。

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