最後の姉妹
「すまぬ、臣民の祈りを全て断ち切るには足りなかった。」
目の前にいる魔王は悲しい父親にすぎないように見える。カザルハイトが全てを注ぎ込んで尚、輪を傷付けるには十分だが破壊するには浅すぎたのだ。
魔王は哭き、臣民は祈る。もはや祈りの円環は傷付けられ帝国に次はない。祈りの力は魔王を呪った。次が無ければ今が永遠であれば良い。
魔王に強大な力が流れ込み臣民の呪いが襲い掛かる。
「終わらせましょう。カザルハイトが入り込んだ今なら、僕らが介入できます。」
帝国は今代で最後かもしれないが、野放しにしては魔王の意志と関係なく帝国は周辺を平定し、周辺国のみならずブランダールも滅ぶだろう。
僕は二人の妻に目配せして魔王の前に立つ。僕に残された確実な手段を使う番だ。
魔王の胸に鏃のような青い宝玉を突き刺す。宝玉は胸に吸い込まれ、魔王と臣民の祈りが植物の蔦のように周りに張り巡らされつながりが見えてくる。
「エレルディア、デーリエッラ、僕に力を貸してくれ。」
二人は僕に並び立ち手を取り合う。
契約の指輪はエレルディアとデーリエッラが生まれる前からアルガルドへと魂を分け与え、魂の繋がっているアルガルドへと力を魂を分け与えることができる。さらに現世での絆が三人をより強く結びつけた。転生貴族二人と結ばれたアルガルドは二人から同時に強力な力を享受することができるようになっている。その力は当初の想定を遥かに超えていた。
「ごめん、二人とも。黙ってたんだけど実は完全に力を引き出すと限界を超えて、長くはもたないと思うんだ。何も残せないけど、心の底から愛しているよ。」
エレルディアもデーリエッラも失う恐怖から反射的につながりを切ろうとするが、今やつながりを掌握しているのはアルガルドだった。アルガルドは二人の甘さと優しさを正確に理解していた。
転生者は数代を経て限界を迎えるが、アルガルドに注がれるのは高位の力を持つ転生者二人分の力だった。もはや人の限界を超えている。つながれた魂から指輪を介して、力は注がれる。
エレルディアとデーリエッラの力が限界を超えて注ぎ込まれたアルガルドは魔王に限りなく近い力を身に帯びていた。二人は断ち切ることができぬのなら、より強くつながることを選ぶ。喩えあとわずかな時間であったとしてもより強くアルガルドを感じるために手をしっかりと握りしめる。アルガルドもそれに応える。三人の魂はアルガルドを中心に強く絡み合った。
「アルガルド、私の愛を余さずに受け取りなさい。」
「アルガルド、貴方の愛を取りこぼしはしません。」
エレルディアもデーリエッラも泣きはしない。涙を零すことは魂と心を零すことだと感じ、今は満たす時だと思うから。
エレルディアは願う。喩えアルガルドの魂が砕け散ってもかき集めてみせる。そして必ず再生させてみせる。何に代えてもそれだけは叶えてみせる。
デーリエッラは願う。喩えアルガルドの魂がすり潰されても戻してみせる。そして必ず守りぬいてみせる。何に代えてもそれだけは叶えてみせる。
とっくに気付いていたよ。仲が悪いふりは、二人の遊びでしかないことに。だって、僕らは生まれた時から三人で、ずっと絆を確かめ合って強くしてきた。もうお互いの存在を認めて、分かちがたく離れられなくなっているって。一緒にいてお互いの手を離せないんだ。
それに弟と妹もできたしね。ここで守ってあげないと二人に好きでいてもらった甲斐がないじゃないか。僕は二人が育てた男だから。
「僕と一緒に生まれて、育って、過ごした時間はどうだったかな。」
「これ以上はないわ。私の手を引いてくれるほど良い男になってくれた。」
「すごく幸せでした。一緒にいると私に際限なく注いで満たしてくれた。」
「二人は最高の姉妹で、最高の妻だよ。ありがとう。」
限界まで引き出した力で青い炎の剣の分身を作り出し、魔王と帝国臣民の祈りを断ち切る。自らの力で終われなくなるほど、頑なに閉じこもった絆へと刃を振り下ろす。かつて理想であったかもしれない帝国は、もう過去のものにしなければならない。祈りと絆は既に呪いになってしまったのだから、次の世代へ次の時代へ新しい世界を切り開くために断ち切る。
不可視の、だが確実にある帝国臣民のつながりは、次々に切り裂き引き千切られていく。帝国臣民の怨念にも似た悲鳴が聞こえる。安寧と幸福に包まれていた者達の叫びが聞こえる。しかし、それはもう一方の悲哀と不幸によって成り立っていた世界だ。
僕らもおそらくは帝国の遠い遠い子孫には違いない筈。道を譲ってもらうのがずいぶん遅れてしまったけれど、僕らの未来を返してもらおう。
崩壊していく帝国は次々に断たれていく祈りと絆を魔王へと再びつなげ再生しようとするが、魔王に触れても絆は再生しない。カザルハイトによって変わった魔王は過去に囚われない。
最後の祈りを断ち切る。これが帝国が終わる最後の一振りになる。僕もそろそろ限界を迎えつつある。ありがとう。一緒にいてくれて。
終わりつつある。帝国も魔王も、そしてアレンも。
終わりを前にただ見守ることしかできなかったエレルディアとデーリエッラは泣いた。アルガルドの魂は傷だらけで、普通に生まれ変わることすらできないかもしれない。けれど、二人は諦めない。
「ねえ、デリラ。導きの派閥の勝ちってことで良いかしら。」
「こんな時に何を言っているのですか。」
「こんな時だからこそよ。お姉様の言うことを聞きなさい。」
「そんな事はもう、どうでも良いことです。」
ショックで混乱しているのだろうか。それでも怒りを覚える。
「ありがとう。私の勝ちね。じゃあ、アレンを掴んで離さないで、しっかり抱きしめるのよ。今度は貴方に譲ってあげるから。」
デーリエッラは姉に目を向ける。エレルディアの目には強い意志が感じられる。エレルディアは私の姉は絶対に諦めない。
「何をするんですか。出来ることがあるなら協力します。」
私も諦めていない。諦めきれない。絶対に。
「あなたがアレンと一緒でないとできないのよ。私達の魂はアレンとつながっている。魂をつなぎ合わせてアレンを癒すのよ。だからね。しっかり離さないでいてあげて。あとは任せなさい。」
「分かりました。絶対放しません。絶対に。」
「そう、私が産んであげるから。きっと憶えていないから、恥ずかしくないわ。だから、良い子になるのよ。」
自分の考えられなかった解決法を提示されて驚く。しかし、それは魂を引き裂く行為でもある。
「ありがとう。エレルディア、二人でならきっとアレンを救える。今度はお母様って呼ばないといけないですね。」
「こんな無理をしては力も何も残らないだろうけど、きっと幸せになれるわ。」
生まれ変わったら何も憶えていないのだろう。何もかもなくなったとしても迷わなかった。アレンを救える。
けれど、全部憶えているエレルディアは大丈夫だろうか。瞬間、苦悩を抱えるだろう未来を想像する。それでも私の姉なら大丈夫だ。
「お姉様、私の負けです。とうとうお母様に導かれてしまいます。」
「貴女がお姉さんになれるように頑張るわ。」
「それは、きっと素敵ですね。」
心の底からそう思う。ずっと妹でいたけれど弟の手を引く姉も悪くない。
「お姉様、私は貴方も愛していました。」
「私もよ。そして、これからも愛しているわ。」
わざわざ口にするのは初めてだった。二人は確かめる様に笑い合う。
二人は姉妹としての最後の共同作業を始める。
デーリエッラはアルガルドの魂を抱きしめて癒す。一体となり何処までがデーリエッラで、どこからがアルガルドか分からないほど強く抱きしめる。どこまでも一緒にいてあげるって約束したから。
エレルディアはその魂を包み込んであたためる。いつか癒されて生まれ出る日が来るまで待ち続ける。それまで全てを注ぎこみ育むのだ。新しい命として芽吹くまで。少し時間が掛かるかもしれない。でも、絶対に貴方達に新しい世界を見せてあげる。
一つで二つの命を身体に受け入れて、エレルディアはその身に宿す。
「お菓子の作り方を憶えないといけないわね。また、いつか一緒に楽しめる日が来るわ。」
帝国の都が崩れ去っていく音が聞こえる。何もかもがなかったかのように崩れ消えていく。生き残った者はどれだけいるだろうか。語り継ぐ言葉を紡いでいかないといけない。
もう転生することはない自分が、そうしたことを考えて生きるのが初めてだということに気付く。少し皮肉な少し苦い笑みがこぼれる。
色々なことが楽しみだと思えてくる。こんなに長い時を経たのに初めて尽くしだ。
「歴史は生き残った人間が語るんだから。アルガルド、貴方を飛び切りの英雄にしてあげるわ。」
生まれてくるのが待ち遠しい。母になるのも初めてだ。
帰ったら父と母に弟と妹もいるって恵まれているわね。
アレンが守ってくれた未来と私が産みだす未来、ついでにデーリエッラ。
意地悪な考えにくすりと笑い、ちゃんと可愛がろうと思い直す。
名前を考えていれば、きっとあっという間に生まれてしまう。成長から結婚まで想像して怒ったり笑ったり、喧嘩や別れを考えて泣いたり悲しんだりする。
さあ、貴方達は貴方達の道を進みなさい。
私は手を差し伸べましょう。
きっと握り返してもらえるから。
「二人とも今度は自由に生きなさい。そして、いつか私を看取ってね。考えるだけで、私。しあわせよ。」
僕の姉妹はエリート転生者 ~ 転生しても上級貴族な最強姉妹と僕 Dice No.11 @dicek03
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