最後の再会

 魔王は魔術を使って何もない中空から剣をさらに二振り取り出し左右に浮遊させ、両手の二振りと合わせて4つを構える。浮いている剣は見えざる魔術の腕-魔力肢という奴だろう。厄介な高等技術だ。そして、異様な密度の障壁を張り巡らせる。ただそれだけで圧迫感を感じる。

 僕、カザルハイト、エルダを前衛にデリラを後衛にして魔王を囲む。全員が身体強化と障壁に包まれ、魔王の圧倒的な障壁も至近距離では障壁が干渉しあって弱くなる。多対一で優位を作り上げる戦術だ。

 各々に鋭刃化などの魔術付与を呼吸するように施して三人で踏み込もうとするが、魔王の左右に浮遊していた剣が僕とエルダにそれぞれ襲い掛かってくる。


 魔王の剣は何れも宝剣といえる強力なアーティファクトであり、何の変哲もないように見えても繰り出されるのは常に強力な必殺の一撃なのだ。身体能力はもちろんのこと剣先に込められた魔術の鋭さは桁違いであった。

 飛び掛かって来た宝剣の一撃を盾で受け流すが、逆に合わせられ宝剣が滑り込むように切り込んできて、それを捌くために足止めされる。遠隔操作の剣を相手にするのは難しいが、操る方にも多くを要求しているはずだ。

 エルダも魔王の宝剣を相手にして間合いを詰め切れていない。その様子に視線を走らせて魔力肢を断ち切ることも考えるが、魔力で劣るこちら側の干渉では効果が薄いだろう。

 デリラは槍を発動体に魔術の光の槍を連続で放つ。貫通力を重視しているであろう光の槍は、魔王の障壁にあたる光が飛び散り厚い層を削るが貫けない。削れた層にカザルハイトが突き進み、障壁同士の干渉で擦れ合う魔力が火花の様に激しく反応する。

 魔王は戦旗を右の剣で受け流して左の剣で突きを放つ。カザルハイトは危うく胸を貫かれそうになりながら、旗を間に巻き込んで逸らし避けることに成功する。


 僕は剣を宝剣へと絡ませるように牽制して動きを制限する。それを捌くように動いた宝剣を狙いすまして盾の縁で打ち付ける。今度は上手く決まり、剣を弾き飛ばしたのでその勢いのまま魔王へと打ち掛かる。

 カザルハイトも身を持ち直して戦旗で障壁に干渉しながら、激しい突きを見舞う。打ち掛かる二人の攻撃を魔王は両の宝剣で受け止め、その隙に僕は盾に全身の勢いを載せ、魔術でさらに加速させて体当たりをする。

 一方でエルダは宝剣を激しく叩き落して距離を詰め、僕の体当たりとタイミングを合わせて衝破を使用して切り掛かる。

 僕の盾は魔王の障壁を無効化しきれずに止まる。魔王は魔術で空中に宝剣を固定したまま、中空より盾を取り出すとエルダのドラゴンの首を落とせる攻撃を微動だにすることなく受けきる。そこにカザルハイトは動きの止まった魔王に向け、旗で障壁を無効化しながら突きを見舞う。

 戦旗の穂先は魔王に浅く刺さるが、盾を空中に固定したまま宝剣を持ち直した魔王が構え直しながら、魔術で全周囲に衝撃波を放つ。全員が距離をとって障壁と武器でしのぐ。衝撃波に大した攻撃力はないが、次に繰り出されるだろう宝剣の追撃は脅威だった。


 後ろでは弾き飛ばされた遠隔操作の宝剣をデリラが光の槍の魔術で釘付けにして、僕らが背後から狙われないようにしている。浅く刺さった戦旗の一撃は、抜けた途端にわずかな血の滴りだけで傷が塞がっていく。

 よくこんなのを相手にカザルハイトは何度も勝ったものだ。常人が転生者に挑むのはこういう感じなのだろう。


 やっかいな遠隔操作の宝剣はデリラが封じ込めてくれている。そして、至近距離でも効果を持っていた障壁もだいぶ削れてきた。僕らの連携で攻撃が通じる気配もするから、障壁の再生が間に合わない間に押し切れるかどうか。全員が突入時に消耗しているから、持久戦は悪手だろう。このまま畳み掛けよう。


 カザルハイトが中空から残していた炎の槍を取り出して魔王に投げつける。かなり近い距離だが一度間合いを空けた今なら使えないわけじゃない。視界が白熱した熱気と光に覆われ、とっさに魔術で光を遮る。

 魔王は宝剣をかざして障壁を強化し、激しい火花を散らしながら両者が燃え尽きる。今や障壁が限りなく薄い状態だ。待ち受けていた僕とエルダは両側から挟み込む。

 デリラも受けに回った魔王が手を止める間に構築した魔術を発動する。光の槍で牽制していた宝剣が、魔術の鎖によって絡めとられて動きを止めた。

 僕は魔王へと切り掛かり、受け流されるが更に踏み込んで盾で宝剣を弾いてこじ開ける。エルダは絶妙な制御で宝剣と剣を噛み合ったところで衝破で押す。押された魔王は耐えるために身体を硬直させ、作り上げた隙に僕とカザルハイトが攻撃する。

 僕の一撃は魔王の右足を切り裂くが、ドラゴンの鱗の様に硬い手応えで断ち切ることはできない。一方のカザルハイトも下腹部に戦旗を突き刺している。流石に先ほどより傷は深いが、直ぐに塞いでくるだろう。

 魔王は僕とエルダに剣戟を加えて、カザルハイトには無数の光弾を放つ。僕らは受け流し或いは障壁でこれらを防ぐ。また、距離をとって仕切り直しになる。


 カザルハイトの旗が僕の剣の血を拭いとる。状況が整ってきたのが分かる。こうしている間にも魔王の障壁が再生されていき、傷が回復していく。しかし、この闘いの天秤の均衡は崩れつつある。


「見事だな。これほどの強者にまみえたのは初めてだ。お前たちの言った長い時を経ているのは確かなのかもしれぬ。それを感じれぬのならば、帝国の永遠とは儚い夢であったか。」

 魔王は達観しているかのように話しながら、自らの業の数々が封じられていることに気付いていた。知っていなければ有り得ぬことだ。


 デリラとエルダが腰に差すドラゴンの剣を片手で抜いて魔術を放つと青い炎が蛇のように魔王に襲い掛かる。青い蛇が魔王を縛り障壁を削る間に僕とエルダが間合いを詰めて攻撃する。僕らの攻撃は宝剣で防がれるが、カザルハイトの攻撃には対応できない。

 カザルハイトは旗を穂先に巻き付けて大きな刃とする。そのまま戦旗を魔王へと全身をぶつける様に突く。カザルハイトは大きな雄たけびを上げて魔術を解放する。

 魔王とカザルハイトの血を流し込んだ刃は魔王を貫く。魔術で編まれた旗の刃を介してカザルハイトの血と魂が魔王の血と魂に激しく反応する。閉じられた魔王と帝国の輪が、魔王の息子であるカザルハイトの魂によってこじ開けられ、その刃で臣民の祈りが切り裂かれる。

 何もかもが制止したような静寂が訪れる。魔王とカザルハイトは互いの視線を合わせたまま止まる。戦旗の膨れ上がった刃がなくなり、乾いた音を立て戦旗が落ちる。次の瞬間に倒れたのはカザルハイトであった。


「すまぬ。カザルハイト。」

 魔王は宝剣を手放し倒れたカザルハイトをかき抱いた。魔王は静かに哭いていた。魔王の瞳は、先ほどまでの他人を見る目とは変わっていた。カザルハイトが己の魂を注ぎ込んだことで血と魂は混ぜ合わされ、魔王はカザルハイトの知る魔王を知った。今の魔王はカザルハイトを育て慈しんだ魔王、そして2度も息子に討ち取られたことを追体験していた。

「父上。」

 息子のか細い声に魔王は深い悲しみを浮かべる。過酷な宿命を与えてしまった己を悔いるとともにやり遂げた息子が誇らしくもあった。

「息子よ、お前の血と魂は確かに届いたのだ。よくぞ成し遂げた。」

 カザルハイトは微笑んだ。あの日の父と立場は逆だが、また息子として再会できたのだ。そこでカザルハイトの血と魂は尽きた。

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