九話 現実を突きつけてくるなら、せめて一旦忘れさせて欲しい
夜はあっという間に過ぎていった。捕虜の悪魔を利用し、襲撃をコントロールするなどという突拍子のない作戦ではあるが、キャンディスや国王たちの号令で誰もが夜通し準備に追われていた。
よく言えば活気ある、悪く言い換えれば鬼気迫る騒々しさの中、人目を盗むようにして俺とフィア、キャンディス、デストラとゴーシュがひと気の無い会議室に集まっていた。
「さて、お前たち。自分たちがやるべきことはわかっているか?」
「何度も言わなくたって、だいじょーぶだっつーの! メチャクチャ心配性じゃん、ウケる!」
「ぼくたちは指示にあった通りの場所に魔物を誘導し、あたかも襲撃を遂行しているように見せる。手加減はしなくてもいいんだよね?」
「ええ。下手に工作がバレて、堕天使の動きが読めなくなることだけは避けたいので」
殺意と嫌悪感が隠せていないが、それでもキャンディスは決意を揺らがすことはなかった。
「オルディーネを始め、他国の皆さまご助力のおかげですでに該当区画の住民の避難は完了しています。偽装のために、住民を装った騎士たちも配置してあります。いつでもどうぞ、目いっぱい抵抗してさしあげます」
「顔面には『悪魔ごと滅殺する』って書いてありますけどねー」
「ぐっ……」
フィアに指摘され、キャンディスが気まずそうに唇を噛む。図星だったらしい。
まあ、今ここで剣を抜かないだけでも立派だろう。
「で、でさぁヴァリシュ……そのぉ、この作戦が終わったあとのことなんだけど」
「あと?」
「ぼ、ぼくたち……堕天使さまが居なくなったら、誰にも頼れない……魔物を操る以外、何も出来ないし」
「行く当てもなければ、やることもないってコト。何をしてどうやって生きればいいかわかんないのさ。だから……」
双子がニンマリと笑って、俺を見る。
「アーシたち、この戦いが終わったらヴァリシュについてくから!」
「はあ!? どうしてそうなる!」
「ふ、ふふ……ぼくたち、知ってるんだ。ヴァリシュは、近い内にオルディーネの王さまになるんでしょ?」
「無能、文無しからの大逆転! 王さまの直属の部下だなんて、メチャクチャ玉の輿じゃん!」
「ちょっとヴァリシュさん! 今度は双子ですか!? この節操なし!」
「そ、それに、玉の輿とはそういう意味ではありませんわ!」
浮かれる双子に、フィアとキャンディスが左右で喚き始める。
すごいな、二人とも悪魔が俺の臣下になろうとしていることについては何も言わないのか。俺は国王になる決意も出来ていないのに。
「えへへ。ねえゴーシュ、アーシたちってば悪魔初の騎士になるのかなぁ」
「そうだね、デストラ。かっこいいよね、二人で頑張って強くなろう」
この二人は二人で、すっかりその気だし。
「じゃあヴァリシュ、行ってくる!」
「そっちも、気をつけてね」
窓から意気揚々に飛び出していく、デストラとゴーシュを見送る。
「まったく、悪魔というのは本当に身勝手ですね……まあ、いいでしょう。それでは、わたくしも自分の持ち場に戻りますので、これで」
ため息を一つ吐いてから、キャンディスも会議室から出て行った。
昨日からずっと気を張っていたようだから、結果的に少しは息抜きになったらしい。
「さて、と。ヴァリシュさん、私たちはこれからどうするんですか?」
フィアがこちらを振り向いて、首を傾げる。
……彼女とゆっくり話せるのも、今だけかもしれない。今の内に、色々と確認しておくか。
「最も重要なのは堕天使だ。あいつが姿を現したら、今度こそ逃がさない」
「そうですね。堕天使が相手だと勇者にも期待できませんし、私がこの手でギャフンと言わせてやりますよ!」
フンフンと、フィアが鼻息を荒くする。頼もしい限りだが、確かにその問題が解決していない。
「ラスターはなぜ、あの時は何も出来なかったんだろうな」
「あの時って、最初に堕天使と会った時のことですか?」
「そう、確かに相手は未知の相手だ。でも、ラスターは勇者なんだぞ。この世界において、勇者に敵う存在など居ないはずなのに」
ラスターは普段は残念だが、ピンチな時ほど力を発揮するタイプだ。
だから、あの状況で何も出来なかったというのはやはりおかしい。
このカラクリを解き明かさない以上、堕天使の討伐は難しいだろう。
「えー? ただ単に勇者がヘタレだっただけだと思うんですけど」
「ヘタレはヘタレだが、でも勇者なのに」
「……前から思ってたんですけど、ヴァリシュさんって勇者に対する信頼感? 思い込み? みたいなのが凄く強いですよねー。なんでですか?」
「な、なんでと言われても……誰だって勇者を信頼するだろ」
「ふうん、そういうものなんですかねぇ」
へんなのー。片足を軸にくるくる回るフィアを眺めながら、彼女の言葉を反芻する。
「勇者に対する信頼感、か……なんか、改めてそう言われると不安になる。ラスターの様子を見に行くか」
「いいですね。きっと今頃、部屋の隅で真っ青な顔で震えてますよ。目いっぱいからかってやりましょう!」
ルンルンとご機嫌なフィアと共に、ラスターの元へと向かう。彼女の言うとおり、本当に部屋の隅で震えていたらどうしようかと思ったが。
残念ながら、フィアの願望通りにはならなかった。
「うーん……コレさあ、もうちょっと指の部分、軽くならねぇかな」
「はあ!? アタシは錬金術師なんだけど! 微調整したいなら防具屋さんとか鍛冶屋さんに行きなさいよ!」
「そこをなんとか! ヴァリシュにはスッゲェいい剣作ってやってただろ!」
「相手がアンタじゃ、モチベーションが上がらないの!」
騎士たちが慌ただしく行き交う、エントランスの一角。
鍛冶師や錬金術師たちが武器や薬などの物資を仕分けしている中で、ラスターとリネットが何やら言い争っていた。
ラスターが何やら、リネットにムチャぶりしているようだが。
「どうした、お前たち」
「あ、ヴァリシュ! アナタからも言ってやってよ! ただでさえ忙しいのに、ラスターったらアタシに装備を直して欲しいって言ってきたのよ!?」
「ちょ、ちょっと籠手を直して欲しいだけだって!」
「籠手を……?」
勇者の装備の修復だなんて、その道の者なら誰もが手にしたい名誉だと思うが。なぜラスターは、わざわざリネットに頼んでいるのだろうか。
鍛冶屋や防具屋では直せないのか?
「手元を直す前に、滝にうたれて精神統一でもしておいた方がいいんじゃないんですかぁ?」
「うっせー! オレにだって考えがあるんだよ!」
「やめろお前たち、こんな時に言い争うな。リネット、俺からも頼む。籠手の不調は、剣を握る時に影響が出てしまうからな」
「うぐ……ヴァリシュがそう言うなら」
「……オレとの差が凄いな」
ガックリと肩を落とすも、フィアが言っていたような怯えて震えている様子はない。俺は思わず、安堵の息を吐いた。
「ラスター、お前はリアーヌたちと一緒に城内待機だったな」
「ああ。城内というか、あの地下だけどな」
勇者一行が前線に居ないのは目立つが、現状で一番戦力があるのは彼らなのだから仕方がない。
「今度は堕天使をちゃんと仕留められるといいですねぇ? ま、私とヴァリシュさんのラブラブパワーでぶちのめしちゃってもいいんですけどぉ」
「ラブラブ?」
「いいや、その必要はないな! アイツは今度こそ、オレが倒す。これ以上、ヴァリシュを危険な目に合わせるわけにはいかない。テメーは勝手に潰れてくれてもいいけどな!」
「おーほっほっほ! 勇者のくせに、たまにはおもしれーこと言うじゃないですか!」
ギリギリといがみ合う悪魔と勇者。そんな二人を尻目に、リネットが言う。
「アタシはこの後、ユスティーナと一緒に怪我人の受け入れ準備に行くけど、ヴァリシュはどうするの? あと、他のオルディーネの騎士たちは?」
「オルディーネの騎士たちは、アルッサム城の警護や住民の避難誘導を行いつつ、前線の援護もする手はずになっている。俺もできるだけ城から離れないようにするつもりだ」
「そう、それならいいけど……ラスターが言うように、あんまりムチャしないでよね! 次の王さまなんだから!」
「……最善は尽くすつもりだ」
ちょくちょく、現実を突きつけてくるのをやめてほしい。
周りにいた騎士たちも、リネットの声が聞こえたのかチラチラとこちらの様子を窺ってくる。
その視線から逃げるために、俺とフィアは城の外へと向かった。
美形悪役に生まれ変わった俺が、英雄になるまで 風嵐むげん @m_kazarashi
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