八話 立ち直るのに一晩かかった
堕天使の好きなようにさせたくない、という方が強くはあるが。
「ならばなぜ、悪魔を擁護するような言動をするのか教えて頂きたい。返答によっては、貴殿の身を拘束させていただく」
「父上!」
キャンディスが非難がましく睨むも、リモーンの主張は変わらない。ラスターや陛下も声こそ出さないが、俺が疑われていることが納得いかないようだ。
そして何より、フィアの怒りが背中越しに伝わってくる。静かで鋭い激情は、きっかけさえあればリモーンの身を焼き払いかねない。
……こうして見ると、俺の周囲はとても奇妙なことになっているような気がする。人間も悪魔も居て、とりあえずは共存できている。
人間と悪魔って、見た目以外に何か違いがあるのだろうか。
「そもそも俺は、人間も悪魔も同じようなものだと思っています」
「は? 人間と悪魔が、同じ?」
今までの威圧的な雰囲気が一変し、キョトンとされてしまう。
ていうか、この場に居る全員がキョトンとしている気がする。
「以前、オルディーネの城下で盗人を捕らえたことがあります。その輩はあろうことか、通りすがりの少女を人質にして危害を加えようとしました。規模は違えど、やったことはアスファと同じです」
ただ、その少女はリネットだったわけで。今更だが、あそこで俺が止めなかったら彼女が隠し持っていた爆弾で、もっと大変なことになっていたかもしれないなとズレそうになる思考を慌てて戻す。
「そ、そうだろうか。同じ、だろうか」
「他にも貴族に騙されそうになったり、狂信者の一方的な言い分に振り回されたこともありました。もはや自己中心的な悪魔の方が、わかりやすくて付き合っていてラクです」
「う、ううむ?」
「俺は、信用できる相手なら悪魔でも信用します。信用できないと感じたなら、人間だろうがとことん疑います。この双子は信用できる、ただそれだけです」
一体、それの何が間違っていると言うのか。
反論できないでいるリモーンに、陛下とラスターが気まずそうに言葉を発した。
「あー、リモーン殿申し訳ない。ヴァリシュは人付き合いに対して、少々潔癖なところがありまして。これでもだいぶマシになったのですが」
「他人に対して冷めてるというか、どこまでも現実主義というか。もはや天然か、っていうくらいに相手の本質しか見ていな……いったぁ! なんで蹴ってきたんだ!」
「お前に天然呼ばわりされるのは納得いかない!」
フォローなのか、煽られているのかわからないが。
すっかり和んでしまった空気に、リモーンも諦めたと言わんばかりにため息を吐いた。
「とりあえず、ヴァリシュ殿の価値観が独特ということはわかりました」
「あれ、ディスられてる?」
「自国のことで、頭に血が昇っていてしまっておりました。ヴァリシュ殿はもちろん、皆様にも不快な思いをさせてしまい、申し訳ない」
ひとまず、誤解は解けたようだ。リモーンが詫びて、会議はデストラとゴーシュに戻る。
「アルッサムの問題ではあれど、現状は皆々様と共同戦線を張っているのです。悪魔の存在は憎いですが、皆様がこの双子に利用価値を見出したのなら、我々も再考しようと思います」
「それは、ひとまず悪魔をどうするかという結論は、ヴァリシュ殿の策の後に下すということでよろしいですか?」
ウィルフレドの言葉に、リモーンが頷く。ラスターから話す予定だったのに、こうなっては仕方がない。
「では、話を戻します。先ほど申し上げたとおり、この双子の力があれば、堕天使の作戦をある程度は誘導することができます。あらかじめ国民を安全な場所に避難させれば、被害を大きく減らすことができるでしょう」
「あえて城下へ侵攻させるということですか? 侵攻自体を止めることもできるのでは?」
「心苦しいですが、侵攻そのものを止めてしまえば、堕天使の行動が全く読めなくなります。諦めてくれれば御の字ですが、そうでない場合はさらに大きな被害が出る可能性もあります」
今はなぜかそうしないだけで、堕天使ならばアルッサムを更地にするくらい容易なはず。魔物をけしかけられる方が、まだわかりやすい。
ただ、この策は穴だらけだ。
「しかし、偉そうに進言しておいて申し訳ないのですが、この双子に期待できるのはあくまで魔物の侵攻を誘導することだけです。堕天使は双子がしくじったとわかれば、すぐに切り捨てて別行動に出るでしょう」
「別行動……この城の地下に隠された、地獄の門ですね」
キャンディスが、俺たちが見つけた地獄の門について説明した。これについてはわからないことだらけだが、確実にろくなものではない。
堕天使が地獄の門に到達することだけは、なんとしても阻止しなければならない。
「ふん、突き詰めて考えると深みにはまりそうだな。要点をまとめよう。ひとつ、魔物の侵攻を阻止する。ふたつ、堕天使がこの城にある地獄の門とやらに到達するのを防ぐ。魔物の方は我々でもどうにかできそうだが、堕天使の方はお手上げだな」
「理想としては、魔物の侵攻を食い止めつつ、堕天使に埒があかないと判断させて単独になったところを仕留める、でしょうな」
「だからこそ、地の利を生かすんですよー。アルッサムの人たちなら、魔物が不利になって人間が有利をとれる場所がどこかくらい知ってますよねぇ?」
レンノが現時点の課題をまとめ、ウィルフレドが補足して、フィアが煽る。
この悪魔、今すぐ追い出したい。
「ぐ……! も、もちろんです。誘導とはいえ、魔物に領土を侵攻させるなど腸が煮えくりかえりそうですが、被害を最小限に押さえるためです」
「う、うむ、そうだな。それでは、魔物の方は我々が引き受けよう」
キャンディスとリモーンが、額に青筋を走らせながら頷いた。
どうしよう、すごく申し訳ない。
「ならば、我らデルフィリードも城下の方に向かいましょう。世界で一番の軍事力を誇る我らですが、堕天使の相手は荷が重い。さすがにここは、勇者殿とその御一行の出番でしょうし」
「へ?」
「そうだな。相手が単騎なら、少数精鋭の方がいいだろう。ルアミは補佐に回る。ホタル殿、人員を貸してはくれないか?」
「わ、わかりました!」
「ふむ、ヴァリシュや。オルディーネはどうするかのう」
「そうですね……」
どんな敵でも、勇者一行に任せておけば安心という空気の中、俺もアルッサム城の警備に回るとは言い出しにくい。
かと言って、顔面真っ青で冷や汗だらだらなラスターに全てを押し付けるわけにはいかない。
勇者ラスターはやる時はやるが、引きずる時はとことん引きずる情けない男だからな。
「ヴァリシュ殿、オルディーネの騎士たちには城下の警備をお願いしたいのですが」
「城下の警備ですか?」
キャンディスの申し出に、思わず聞き返してしまう。
そうです、と彼女は続ける。
「本来であれば、城下の警備など自国の騎士の役目です。しかし、アルッサムの騎士団は先の襲撃で負傷した騎士が多く、次の侵攻では警備まで手が回らないのです。それに、個々の実力と判断力、団としての連携力、どれをとってもオルディーネの騎士団はアルッサムよりも優れています。なにが起きても、臨機応変に対処できるでしょう」
「ああ、それはわたしも感じましたぞ。悔しいですが、現時点ではデルフィリードよりもオルディーネの騎士たちの方が優秀です。つまり一番です、ヴァリシュ殿は騎士団長として、存分に誇るといい!」
「そ、そうなのですか? ありがとうございます……」
キャンディスだけでなく、ウィルフレドにまで認められていたとは。
でも、次のウィルフレドの言葉で高揚していた気分が一気に墜落することになる。
「というか……我が強いところがありますな、オルディーネの騎士は」
「は?」
「先の襲撃でのレジェスの怒号には、わたし含めたデルフィリードの騎士全員が震えましたぞ。『ヴァリシュ様の前で醜態を晒すな、このイノシシ騎士どもが!』と魔物を両断しながら鬼のような形相で喝を入れておりました。こちらに居た頃は、あそこまで自己主張する男ではなかったのですが」
さあ、と血の気が引くのを感じる。確かにアルッサムの国民を避難させるために誘導する騎士が足りないから、デルフィリードの騎士たちを呼び戻してくれとは言ったけれども。そんな暴挙に出ていたとは思わなかった。
さらに、やっぱり悪いことは続くもので。
「ああ、そういえばワタシも貴国のランベールという騎士に世話になったぞ。襲撃の後に残った魔物から素材を剥いで貰ったんだ。固い皮膚や鱗を持つ魔物が多かったが、彼の双剣使いは見事なもので容易く捌いてくれたぞ。礼をしようと思ったんだが、『それなら、ヴァリシュ様に自分のことを推してください。ランベールこそが、ヴァリシュ様の右腕に相応しいと!』だと。今、ちゃんと伝えたからな」
「そ、そういえば、わたくしも城内で迷っていた時にマリアン殿に助けていただきました!『お部屋までご案内します!』と言ってくれて、とても頼もしかったです。一時間以上二人で城内をさまよいましたが」
「何をやっているんだ、あいつらは……!」
あれだけ醜態を晒すなと言ったのに、よりにもよって各国の王たちに醜態を見せつけていたというのはどういうことだ! やっぱり人選ミスか!
いや、でもアレンスは常識人だから大丈夫だろう。四分の一でまともなら、まともなのだ。
「あ、あのヴァリシュ殿。この流れで言うのもなんですが……アレンス殿から『ヴァリシュ様は今までに何人もの女性に好意を寄せられては、その鈍感さで撃沈させてきたので、思いを伝えるなら押し倒すくらいの気概で挑んだ方がいいですよ』とアドバイスを頂いたことがありまして」
「あいつが一番酷いな!!」
あとで全員正座で説教させよう。俺一人が羞恥のあまりに蹲る中、良い感じに場の雰囲気が緩んだおかげか、その後の作戦会議は着々と進んでいくのであった。
そんな中、メンタルに余裕がない俺はもちろん、王や騎士たちが問題解決のために議論を繰り広げる中で。
ラスターだけが、別の疑問に首を傾げていることに、誰かが気が付くことはなかった。
「うーん……やっぱり、不自然だな。こんなに大勢の人間が集まってるにも関わらず、なんでオルディーネの騎士ばかりがこんなに目立ってるんだ……?」
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