七話 そろそろ勇者を盾にするのも限界らしい
緊急で開かれた会議だが、各国の王たちはもちろん、騎士や文官、学者など今までで一番多くの人間たちが集まっていた。
彼らの目的はあえて言うまでもなく、『勇者が捕らえた双子の悪魔』である。
「その悪魔たちが、ラスター殿が見たという魔物を操っていた襲撃の主導者で間違いないのですか? まだ子供のようですね、さすがに決闘を申し込もうとは思えませんな」
「ふん、悪魔にも双子という概念があるとはな。これは興味深い」
ウィルフレドとレンノが身を乗り出すようにして、部屋の中心で捕らえられたデストラとゴーシュを観察し始める。
各国の王たちにとっては、悪魔とは恐怖よりも好奇心が勝るらしい。
「だ、だだ大丈夫なのですか? その悪魔たちは、目から光線を出して人々を焼いたり、凄まじい吸引力で周りのものを吸い込んだりしないのですか?」
ちゃんと怖がっているのはホタルくらいだ。今のところ、この世界の悪魔に目から光線を出したり、周りのものを吸い込むような者は居なかった筈だが、どこでそんなイメージを植え付けられたのか。
顔を青ざめガタガタと震えるホタルに、双子の横で剣を携えたまま、ラスターが堂々と言った。
「ご安心を、この悪魔たちが少しでも何か企む素振りを見せたら、この剣で斬り捨てますので」
「ぎゃー! こわい!」
「勇者が怖くて、反撃どころか息を吸って履くことすら忘れてしまいそうだよ……」
あれから急遽始まった会議の場に、デストラとゴーシュを連れて行くのは異例中の異例ではあるのだが。異例ばかりの会議なのだから、もう一つ異例が加わったところで問題はない。
もちろん彼らの両手は背中で縛られているし、少しでもおかしな動きを見せればラスターが勇者として始末をするという条件で、この二人を会議に同席させることが出来た。
リアーヌとゲオル、カガリも臨戦態勢だ。もちろん、キャンディスと俺も。
「それでは、早速本題に入りましょう。勇者殿が捕らえたこの二体は、襲撃を企てた首謀者の手先です」
キャンディスの言葉に、会議室内がざわつく。
想像が出来ていたとはいえ、魔物の襲撃を目の当たりにした者たちは、恐怖や嫌悪を隠しきれないようだ。
「次の襲撃を企てているところを、勇者殿のお力添えで、こうして捕らえることが出来たのです」
「では、さっさと始末してしまえばよいのでは?」
ウィルフレドの言葉に、デストラとゴーシュが小さく悲鳴を上げた。同感だと頷く者たちも少なくない。
しかし、キャンディスは首を横に振った。
「いいえ、それは悪手だと判断します。アルッサムを襲撃し、さらなる悪事を企んでいるのは堕天使です。この者たちを始末すれば、首謀者である堕天使の情報や動きがわからなくなってしまいます。だからこそ、こうして生きたまま捕らえたのです」
「なるほど。では、さっさと尋問を始めましょう。堕天使のこと、それから目的、全て洗いざらい吐かせるのです」
「じ、尋問⁉ そんなの聞いてない!」
「い、痛いのはいやだ……そんなことされなくても、知りたいことならなんでも話すよ」
「悪魔の言葉を無条件で信じろと? その言葉が誘導でないという証拠などないだろう。死に瀕しても同じ言葉を発したならば、その時は信用出来るかどうか吟味をしてやるが」
ウィルフレドの物言いに、双子の顔がさらに青くなった。
ううむ、先ほどのランベールとレジェスの言動には俺自身もドン引きしていたが、貴族だけではなく王族……いや、人間からすれば、基本的に悪魔は忌むべき対象となってしまうようだ。
誰もがウィルフレドの言葉を肯定している。事情を知っているラスターやキャンディスでさえ、ウィルフレドに意見することが出来ないでいた。
双子の目が、こちらを見てくる。小さく震え、涙を堪える姿から目を逸らす勇気はない。
……仕方ない。目立ちたくはないが、ここであの二人に危害を加えられるわけにはいかない。
「お待ちください。俺は、この双子には尋問よりも、協力関係を築いた方が我々に有利だと判断します」
「ヴァリシュ、一体何を」
陛下の手が止めようとするが、それを制して俺は立ち上がる。
そして、出来るだけ堂々とした足取りで、双子を庇うようにして立った。
「キャンディス姫がおっしゃったとおり、この悪魔たちは堕天使の動向を知るための鍵です。それに、扱いようによっては堕天使の行動をこちらが誘導することも可能だと考えます」
「どこどこの守りが手薄だから、そこから攻め込めばいい、みたいな情報をその二人に流させればいいってことですよねぇ?」
「は? げっ、フィア、お前……!」
いつのまにか、俺の席にちゃっかり座って人間に擬態したフィアがにこにこと意見し始めた。
ラスターやリアーヌたちは驚いたり呆れたりしているが、他の国王たちはもちろん、隣にいる陛下でさえも驚いた様子はない。
……どういうタイミングで実力を見せつけてくるのか。
「なるほど。そういう目論見があるのならば、納得です。ヴァリシュ殿とラスター殿が手綱を持つのならば、我々デルフィリードとしてはお二人に悪魔のことはお任せしましょう」
納得したと、頷くウィルフレド。
次いで、レンノとホタルに意識が集まる。
「お二人はどう思われますか?」
「ふん、せっかく生きのいい悪魔を捕獲出来たんだ。錬金術の発展のために、色々と実験したいところだが……情報を引き出す前に廃人になっても困るからな。好きにすればいい」
「うう……悪魔は怖いけれど、これ以上アルッサムの人々に被害を出さないためならば。わたくしはそういうことに疎いので、悪魔の扱いは皆さまにお任せします」
「これで、多数決的には悪魔を保護する方向になりそうですが」
「アルッサムとしては、その悪魔は今すぐ極刑にすべきと強く意見します」
たった一言で、緩みかけた空気を凍らせるほどの冷たい声。
自国の発言のほとんどをキャンディスに任せ、自身は口を噤んで会議を見守っていた、リモーンだ。
「我々は、その悪魔たちに領地を荒らされ、国民の命を危険に晒されたのです。利用価値があることは理解しますが、それでも許すことは出来ません」
「ち、父上。しかし――」
「キャンディス、しばらく黙っておれ」
父からの叱責ではなく、皇帝としての命令にキャンディスが押し黙る。
そしてリモーンの目は、キャンディスではなく俺を見る。
「ヴァリシュ殿。先ほどから貴殿の言動は、少々不可解ですぞ」
「不可解、とは」
「この悪魔たちは、貴殿に一定の信頼を置いているように見えます。貴殿も悪魔たちを庇っている。我々からすれば、不自然でしかない関係性です」
心の中だけで舌打ちをする。
デストラとゴーシュは演技をするには幼すぎたし、そもそも隠し通せるものではなかったか。
それに、とリモーンが躊躇なく続ける。
「前々から、貴殿は目立つことを避けているように見える。勇者殿やキャンディスを前に出して、自分から意識を逸らそうとしている。貴殿はキャンディスとカスティーラを救ってくださった恩人だからこそ、疑いたくはないが……貴殿が何を企んでいるのか、説明して頂けないだろうか」
「つまり、俺が悪魔たちと手を組んでアルッサムに悪事を働こうとしていると言いたいのですか?」
なるほど、前に陛下が言っていた『俺は誤解されやすい』というのはこういうことか。
キャンディスもそうだが、やはり国の主たるリモーンはデストラとゴーシュが目の前に居ること自体が耐えられないのだろう。
これは、俺の考えが浅かった。どうしたものかと考えているも、俺よりも先に反論の声が次々と上がった。
「父上、恩人を疑うなどとなんという恥知らずなことを!」
「流石に聞き捨てなりませぬぞ、リモーン殿。ヴァリシュへの侮辱は、オルディーネへの侮辱になると知っての狼藉か?」
「リネットの薬があったとはいえ、ヴァリシュはキャンディスを救うために結構な大怪我をしたんだぞ。それでも、悪魔と手を組んでいると言いたいのかよ」
キャンディスに陛下、ラスターまでリモーンを睨んだ。
それだけではない。
「私だったら、この国が欲しいと思えば手を組むべきなのは皇子か、そこの姫騎士にしますけどねー? 他国の騎士を懐柔するなんて、手間がかかりすぎですよ」
フィアまで異論を唱え始めた。悪魔視点だからこそ的を射た言葉ではあるが、正直言いたい放題はやめて欲しい。
ここは俺が何か言わない限り、纏まりそうにないか。
「確かに、疑惑を持たれても仕方ないと思います。リモーン殿の言うとおり、俺は出来るだけ目立つのを避けようとしていました。このとおり、何もしていなくても目立つ見た目をしているので。しかし、アルッサムを守りたいのは本心です」
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