六話 きぞくこわい
地獄の門の正体に、キャンディスが話した失踪事件の詳細。
調べることは山積みだし、頭上から「クレープクレープ!」と喚いているフィアの胃袋をどうにかしてやらないといけない。
だが残念ながら、調べものをする時間も、クレープを焼く暇も与えられなかった。
「ああ、おかえりなさいヴァリシュ様。ご覧ください。このランベールが、二体の不躾な悪魔を捕縛しましたよ!」
「は?」
キャッキャと新しいおもちゃを片手にはしゃぐ子供のような笑顔で、ロープを掴んだまま両手をぶんぶんと振るランベール。
「あ! ヴァリシュおそい!」
「た、たすけて……こいつら、人間のくせに怖すぎる……」
ロープの先に居るのは、両手を背中で縛られた状態で地面に引き倒されている双子の悪魔。デストラとゴーシュだ。
「えっと……ヴァリシュ、これは一体どういう状況だ」
「ラスター、その質問を俺にするのは間違いだと思うぞ」
あまりの光景に、普段は悪魔を見れば警戒態勢に入るラスターまで呆然としている。
彼の疑問に答えたのは、剣を双子に突き付けているレジェスだ。
「自分がご説明しましょう。ランベールはロープで悪魔たちを縛り上げただけで、組み伏せたのはこのレジェスです」
「知りたいのはそこじゃねぇよ」
「ぎゃあ! よく見たら勇者まで居る! ヤダー!!」
「ぼ、ぼくたちは約束を果たしに来ただけなのに……この二人の騎士に、捕まったんだ」
ジタバタと泣き叫ぶデストラと、震えながらも的確に欲しかった説明をしてくれるゴーシュ。
そんな双子を見下ろしながら、ランベールとレジェスが冷ややかな笑みを浮かべる。
「ヴァリシュ様の手をわずらわせるつもりはなかったのですが、このように情報提供をしたいと訴えているもので……とりあえず、生かしておくことにしました」
「ヴァリシュ殿、もしかしてこの二人が言う約束って」
「ええ。堕天使の次の一手がわかるかもしれません」
嫌悪しながらも、期待に緊張するキャンディスに頷く。堕天使の狙いは未だに不明だが、今は双子から新しい情報を聞き出さなければ。
俺の思惑に、変に察しのいい右腕候補たちが目を輝かせる。
「では、早速情報を引き出しましょう! ヴァリシュ様の手は煩わせません。爪でも剥いで、知っていることを全部吐かせましょう」
「ひいい!」
「爪!? ランベール? 急にどうした」
「へ? だって、嘘をつかれたら困るじゃないですか。だから多少痛めつけてでも、ちゃんと正しい情報を吐かせないと」
きょとん、とランベールが首を傾げる。確かに相手は悪魔だが、そんな過激な発想に至るとは思わなかった。
……まさか、慣れているのか?
「やれやれ、ランベール殿は血の気が多いな」
「む。じゃあ、レジェス殿はどうするんですか?」
「もちろん、二人居ることを利用する。どうやらこの二人は姉弟のようだからな。悪魔であっても片方を見捨てる、なんてことは出来ないだろう」
「アレ、こいつら悪魔? この騎士たち、騎士の皮を被った悪魔なのでは?」
「……きぞく、こわい。俺は部屋に帰る。帰ってクレープを焼く」
「ヴァリシュちゃん、しっかり。この二人を止められるの、ヴァリシュちゃんだけみたいだよ」
オリンドの地図を取り出しかける俺の肩を、ゲオルが力強く叩く。
いけない、いけない。思わぬタイミングで貴族の恐ろしさを再確認したものの、我を失っている場合ではない。
「はあ……二人とも、そこまでしなくていい。その悪魔たちは俺たちが預かるから、お前たちは陛下に報告を。可能ならば、すぐに会議の手配をしてくれ」
「え、しかし」
「オレとゲオルも居るんだ。ヴァリシュとキャンディスには指一本触れさせねぇよ」
「……わかりました」
不服そうにしながらも、ランベールとレジェスはその場を後にして城へと戻って行った。
はふう、と同時にため息を吐く双子を尻目に、ラスターが俺を見る。
「あの二人……いや、マリアンとアレンスもだけど。オルディーネの騎士たち、どんどんヴァリシュ本位で動くようになってきたよな」
「言うな。俺だって苦労しているんだ」
「この前までは、騎士の皆は勇者信者だったのに。今ではすっかりヴァリシュちゃんの親衛隊だねぇ」
「親衛隊って……くそ、反論出来ない」
ゲオルの的確な物言いに、頭を抱える。一度、騎士団の皆と話し合う必要がありそうだ。
「……え、アーシたち、ずっとこのまま?」
「せめて、起こしてほしい。ここ、石畳がゴツゴツして痛い」
「あ、ああ。悪い」
呻く双子を、とりあえず座らせる形にしてから、改めて向き直る。
「さて、色々悪かったな。それで、約束というのは襲撃のことで間違いないか?」
「うん! 明日の夕方に、ありったけの魔物で街をメチャクチャにしてやれって言われたんだ!」
デストラがふふん、と自慢げに言った。ラスターが不満そうに双子を見下ろす。
「ありったけの魔物って、随分ふわっとした指示だな」
「で、でも、デス姉の言ってることは本当。堕天使さま、魔物の量や種類、襲撃の仕方とかはぼくたちに任せるって。堕天使さま自身が何をするかまでは、教えてくれなかったけど」
ゴーシュが真っ青な顔で、声を震わせながらも姉を擁護する。
堕天使の目的はわからずじまいだが。双子にもう一度魔物を操り、アルッサムを襲うよう命じるということは、確かな目的があるはずだ。
そしてそれは、地下にある門に違いない。
「ヴァリシュ殿、本当に悪魔を信用するのですか? ランベール殿がおっしゃっていたように、この者たちは堕天使の手下、我々を逆に誘導するつもりかもしれません」
キャンディスが双子を睨む。怒りを隠そうともしない視線に、デストラとゴーシュが「ひい!」と小さく悲鳴を上げた。
彼女の言い分はもっともだが、この双子は危険を犯してまでここまで来たのだ。
「この双子が本当に我々を陥れるつもりなら、ランベールとレジェスに大人しく捕まるとは思えません。なにより、悪魔は自分の欲求に素直な生き物です。アルッサムに来てから日課のランニングをサボっているくせに、クレープだなんだと食い意地だけ張っているような欲深い生き物なんです。堕天使にいつ見限られるかわからない状態で従うよりも、堕天使を打ち倒せる可能性がある俺の方を選ぶと思います」
「あれ、もしかして私、ディスられてます?」
「そ、そうですか。ヴァリシュ殿がそこまで言うなら」
髪をくしゃくしゃにし始める黒鳩を押さえ込みつつ、キャンディスをどうにかなだめる。
そして、改めて双子を見やる。二人とも、ぱちくりとまばたきを繰り返しながら俺を見上げていた。
「デストラ、ゴーシュ。俺はお前たちを信用する。無論、少しでも怪しい動きを見せたら、その時は斬り伏せるがな」
「う、うん。もちろん! アーシたち、アンタに命預けるわ!」
「フィア様が一緒に居る理由、なんとなくわかった気がする」
力強く頷く二人。どうやら、信頼を得ることは出来たらしい。
だが、問題はここからだ。
「これからどうしたものかな……とりあえず、襲撃まで時間がない。まずは陛下たちに襲撃のことを周知させなければ」
「そのことなんですけど。ヴァリシュさん、私にいい考えがあります」
「は? いい考えだと?」
頭上でくふくふと笑うフィアに、イヤな予感はするものの。
戻ってきたランベールとレジェスが、会議の招集を伝えに来たので、フィアが言う『いい考え』とやらを確認することは出来なかった。
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