五話 繋がる先は地下か、それとも……

「な、なんですかこれは……こんな場所が、城の地下にあっただなんて」


 信じられない、とキャンディスが声を漏らした。この場に居る誰もが唖然とするしかなかった。

 調度品や装飾品どころか、柱すらない広い空間。それだけならば、何らかの理由で廃棄された広間か何かなのだろうと無理矢理にでも理解出来た。でも、床にあるには明らかに異質な代物が、この空間への不可解さを明らかにしていた。

 それは、扉だ。


 


「これは……まさか、本物じゃねぇよな」

「いやあ、飾りにしては精巧に出来過ぎだよこれは。ちゃんと開けられる作りになってるし、アルッサムの城門と同じデザインだよ」


 ラスターとゲオルが扉に近づき、膝をついて観察し始める。城門の扉よりはかなり小さいが、造りは確かにほとんど同じものだ。

 扉には鍵穴、持ち手の部分には頑丈な鎖が何重にも巻き付けられている。飾りならば、あまりにも無意味である。


「じゃあ、まだこの下に地下室か何かが続いてるってことか?」

「そうだとしても、この形の扉を床に設置することなんてあり得ないだろう」


 それに、一見模様にしか見えないが、巻き付く鎖にはスティリナの魔導が組み込まれている。ラスターやゲオルの馬鹿力でも、力づくで破壊することは不可能だろう。


「あの扉の向こうには、一体何があるのか……フィア、お前はどう思う?」

「正直、全然わかりません。でも、全身がぞわぞわするこの感じ……絶対によくないものです。魔法や魔導など、そういう小手先の技術なんかではなく、もっと……単純で純粋で、露骨な悪意そのもの……」


 毛を逆立てるフィア。悪意の塊であるはずの悪魔が、ここまで嫌悪を露わにするとは。


「それにこの扉、修復された形跡はありますが、何百年も前からここにあるようです。魔導は後付ですね。ここに来たスティリナの人間が、この扉の向こうにある何かを知り、誰かが間違って開けたりしないよう、鎖を巻き付けたのでしょう」

「後付か……わからないことだらけだな。せめて、何がきっかけだったのかだけでもわかれば糸口になりそうなんだが」


 いや、待てよ。俺がこうしてここまで辿り着いたのだ。

 過去でも何か起きたのだとしたら、どうだろうか。


「キャンディス姫、今から一〇〇年ほど前にアルッサムで何か大きな事件はありませんでしたか?」

「お、大きな事件ですか?」

「そうです。あるいは、自然災害や流行病、なんでもいいです。思い当たることがあれば教えてください」


 姫でありながら、剣をとって戦う道を選ぶほどに自国を愛する彼女ならば、何か心当たりがあるかもしれない。

 キャンディスが腕を組み、うんうん唸りながら考える。


「うーん、急に言われても……いや、そういえば確か」

「心当たりがあるのですか?」

「関係があるかどうかはわかりませんが。今から一〇〇年以上前に、一〇〇〇を超える人間が、一夜にして行方不明になる事件がありました。原因と真相、そして行方不明者の生死は不明。ただ、夜の闇に紛れて蠢く何かが目撃されていたそうです」

「何かって何だよ。魔物か? 魔物にさらわれたり、襲われたりしたってことか?」

「詳しくはわかりせん。しかし魔物であれば、なんらかの痕跡は残っているはず。当時は国中の学者が調べたとのことですが、なにもわからなかったのだと聞いております。なので、全員が国を出たという形で結論づけられたのです」

「へえ……不気味な話があったもんだねぇ」


 キャンディスの話に、ラスターとゲオルが首を傾げる。情報が少なすぎて、都市伝説レベルの話だ。

 しかし、アルッサムに立ち寄ったスティリナの人間が、一宿一飯の恩返しに行方不明事件の真相を追求していたとしたら。何かが原因で、事件の真相を隠す必要があったのだとしたら。

 その者がスティリナの魔導を駆使してでも、全てをこの場所に隠そうとした。


「ヴァリシュ殿……まさかこれが、堕天使が言っていた地獄の門なのでしょうか」

「断定は出来ませんが、その可能性は高いと思います」


 行方不明事件との関係どころか、この扉の正体すらわからないが。少なくとも、これはただの飾りなどではないと考えるべきだろう。


「キャンディス姫、今は城へ戻りましょう。行方不明事件を調べれば、何かがわかるかもしれません」

「調査の切り口を変えるということですね、わかりました」

「それから、ラスター。俺はこの後ノーヴェ大神殿に行って来ようと思う」

「は? 急になんだよ、あんな場所に行く必要なんかねぇだろ」

「これがあったんだ、あそこにはまだ何か残っているかもしれない」


 大神殿の名前を出しただけで顔をしかめるラスターに、指輪を見せる。もしかしたら、ここに来たのはオリヴィエかもしれない。だとしたら、手記などの遺品がまだ残っているかもしれない。

 期待は出来ないが、可能性はゼロではない。でも、ラスターはぶんぶんと首を横に振った。


「駄目だ駄目だ! お前があんなところに行ったら、あのクソジジイに何されるかわかんねぇぞ!」

「くぽぽー! そうですよ、ヴァリシュさん。あんな場所、特に遊ぶところもないし、ご飯も薄味だし何も楽しくないですよっ」

「いや、手段を選んでいる場合じゃないし、遊んでいる場合でもないだろ」

「とにかく、駄目だ。行くなら俺が行く。勇者権限で、知ってることを全部吐かせる!」


 ぎろりと睨まれる。怖いとは思わないが、流石に勇者の圧力には反論を封じられてしまう。

 本人がここまでやる気なら、そもそも止める気も起きないが。


「ほらほら、面倒くさいことは勇者に任せて、お茶でも飲んで休憩しましょーよー! 私、お腹空きましたー! クレープが食べたーいでーす!」

「やれやれ、お前はどこでもブレないな」

「でも、これ以上は探すところもなさそうだし。本格的に扉を調べるなら、リアーヌちゃんやリネットちゃんが居た方がいいんじゃない?」

「そうですね……わたくしも、戻って行方不明事件のことを調べようと思います。ヴァリシュ殿はどうされますか?」

「俺は……いや、そうですね。ランベールとレジェスがいつまであそこで大人しく出来るかわからないし、一度戻った方がいいでしょう」


 気にはなるものの、今はこれ以上打つ手がない。やたら右腕を狙ってくる二人が突撃してくる前に、全員で地上へと戻ることにした。


 


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