四話 主人公たるもの、どんなラッキーな事態にも紳士的に対応したまえ

「いや、暗すぎじゃね? 全然見えないんだけど!」


 階段を降りて間もなく、ラスターが喚く。入口からの光はすでにか細く、床や壁の模様すらよく見えない。

 辺りにわんわんと響く声で、この地下空間がとても広いことはわかった。


「足元全然見えないし! なんでお前たちはそんなにスタスタ降りて行けるんだよっ」

「うーん、オジサン夜目がきくから。ヴァリシュちゃんとお揃いだねぇ」

「え? あ、ああ。そういうことだ」


 本当は魔法のおかげで、自分たちの姿が見えるよう視力が強化されているだけなのだが。ゲオルは察してくれたし、ラスターも理解したのか、恨めしそうに呻くもそれ以上は突っかかって来なかった。

 ラスターが後ろに居るキャンディスを見やる。


「キャンディス、お前は大丈夫か?」

「え、ええ……暗くとも、足音や声の響きでお互いの距離くらい、わかりますわ」

「……本当かよ」


 壁に両手を這わせながら、キャンディスが言った。気丈に振る舞っているが、揺れる声色は不安を隠しきれていない。


「うーん、困ったなぁ。どうするヴァリシュちゃん、一旦戻ってランプでも持ってくる?」

「そうだな……松明とか残っていればよかったんだが、なさそうだし」


 壁や足元を注意して見るが、明かりに使えそうなものは何もない。ラスターだけが足元おぼつかないのなら、無視して進むのだが、キャンディスが居る以上は強行突破するわけにもいかない。

 それに、ここがスティリナに関係がある施設だとすれば、何かしら明かりを操作する設備がどこかにあるのかもしれない。


「ラスターとキャンディス姫はここで待っていてくれないか? 俺とゲオル殿で先に行き、明かりをどうにか出来ないか見てくる」

「うーん、仕方ねぇか」


 ラスターが納得いかない顔をしながらも、ガシガシと髪を掻きながら頷く。

 でも、キャンディスは首を横に振った。


「いえ、わたくしに構わず先に進みましょう。勇者殿と残されるなんて嫌……ではなく、今は一秒も無駄には出来ないのですから!」

「今、はっきり嫌って言わなかったか!?」

「言ってません、空耳では? それとも、被害妄想でしょうか。ヴァリシュ殿と比べて全然頼りにされていないからって、突っかからないでくださる?」

「こ、コイツ……!」

「ぷぷぷー。姫騎士に言われたい放題の勇者、助かりますー。草、いえ草原が広がります」

「二人とも、舌戦を繰り広げるのは構わないが、足元を疎かにするなよ」


 頭上の黒鳩フィアを突っつきながら注意しつつも、立派なフラグが建築される気配をひしひしと感じる。

 俺の予感は当たるんだ。


「え……きゃあ!」

「なんだ、うわ!!」


 背後から聞こえる、ドタバタという音。思った通り、どうやらキャンディスが階段を降りる時に足を踏み外したらしい。

 それを反射的に察したラスターが、抱き止めようとしたようだが。ラスター自身の視界も悪いせいか、足の踏ん張りとか距離感とかを見誤ったらしく。

 キャンディスがラスターを押し倒し、さらには彼の腰の辺りに跨ってしまうという格好に。

 流石は勇者、一〇〇点満点のラッキースケベである。もちろん、そのまま甘い雰囲気になどなるわけがなく。


「いったた……おいキャンディス、大丈夫か――いってぇ!」

「き、きゃああ!! この、変態勇者! わたくしになんてことを……この恥知らず! 愚か者! 悪魔以下の下衆は、この場で処しますわ!!」

「ぐえっ! ちょ、ちょっと待て、ごふぅ!」

「……一国の姫が、勇者に馬乗りになって顔面をボコボコにしているって、凄い絵面だな」

「これは、さすがのオジサンでもフォロー出来ないなぁ」

「きゃー! 姫騎士ってば人前なのに、はしたなーい。いいぞ、もっとやれー」


 キャンディスの気持ちはわからないでもないが、ラスターを処すのは後にしてもらうとして。


「キャンディス姫、今は先に進みませんか。ラスターを処すのは、あとで手伝いますので」

「手伝うって何だ」

「そ、そうですね。ヴァリシュ殿の言うとおりです。こんなクズに構っている人はありません。さっさと行きましょう」


 ツン、とラスターを蔑む冷たい声色。これで一件落着かと思ったのだが。


「あー、まったくひどい目にあった」

「ちょ、ラスターちゃん! 今動いちゃ危ないって」

「へ?」

「わわ、何かに引っ掛かって……」


 立ち上がろうとしたキャンディスと、身体を起こそうとしたラスター。二人揃って合図したかのように同時に動くものだから、勇者の剣がキャンディスの爪先に引っ掛かり、再びバランスを崩した。

 しかも、今度は俺の方に転げ落ちてくる始末。


「きゃあ!」

「危ない!」


 咄嗟に手を伸ばし、いかがわしいことになる前にキャンディスの身体を受け止める。

 キャンディスは背中から俺の胸元に飛び込んで、意図せずバックハグみたいな格好になってしまったが、これはセーフだと信じたい。

 不意に、俺の首元でチリリと金属が擦れる音が聞こえた。


「あれ……ヴァリシュ、殿」

「まったく、お怪我はありませんか?」

「あ、ああああ! ももも、申し訳ありません!! わたくしってば、殿方の……それもあんな不本意な形で、ヴァリシュ殿に後ろから抱き締められるなんてえぇ……!」


 ビャッ! と驚いた猫のようにキャンディスが飛び退る。処されることはなかったが、その顔は首まで真っ赤だ。

 ……この数分で同じ失態を繰り返したからか、流石の彼女でも恥ずかしいらしい。


「あ、あの……ヴァリシュ殿、ありがとうございます。そして、一度ならず二度までもご迷惑をおかけして申し訳ありません。別にあなたの気を引きたいとか、構って欲しいとかそういうあれではなく。いや、でも……あなたが望むなら、わたくし――」

「姫、落ち着いてください。深呼吸しましょう、はい吸って、吐いて」

「え! わ、わかりました……すーはー」


 顔の赤みは引かないが、深呼吸で多少は落ち着いたらしい。


「ぐぬぬ……この姫騎士、勇者だけでなくヴァリシュさんにまで色目を使うなんてぇ……とんだ尻軽ですね!」

「お前も深呼吸でもして落ち着け」


 突っつきたいのを我慢し、俺は自分の首にかけてあるチェーンを指で手繰り寄せる。

 そうだ、これがあったじゃないか。


「これなら、明かりの代わりになるんじゃないか?」

「ちょ、ヴァリシュそれは」

「なんですか? 指輪……でも、少し光っていますね」

「以前、ラスターと遺跡探索に行った時に見つけた便利なアイテムです。これで足元を照らしましょう」


 お守り代わりにチェーンを通して、鎧の下にずっと身につけていた指輪。リーリスの証であるそれは、今でも淡く光っている。

 魔力を調節し、光を強くする。この先がどこに繋がっているのかわからないが、足元の階段はよく見えるようになった。


「キャンディス姫、下に降りるまで俺と手を繋ぎましょう。手すりの代わりになります」

「わ、わかりました。手すりの代わり、ですね」


 キャンディスと手を繋ぎ、足を踏み外さないよう一歩一歩降りる。知らない内に並び順が変わってしまったが、これでも問題はないだろう。


「……どうする、ラスターちゃん。オジサンと手、繋ぐ?」

「遠慮する」


 なんか、背後から不穏なやり取りが聞こえた気がするが、無視して階段を降りる。慎重に進んでいたせいか、最下層に辿り着いたのは、階段を降り始めて十分以上経った頃だった。

 埃っぽい空気が、さらに不気味さを煽る。


「……暗くてよく見えないけど、かなり広い場所みたいだな」

「位置的には、城のエントランスの真下辺りになると思います」

「うーん、流石にオジサンでもよくわかんないなぁ」


 きょろきょろと辺りを見回す三人。指輪の光が吸い込まれる程に暗く、魔力を使い過ぎたせいか目がズキズキしてきた。

 思わず目蓋を揉んでいると、ラスターが近寄ってきた。


「……スティリナだったら、ヴァリシュが居ただけで色々反応したけど、ここはそうじゃないみたいだな」

「そうだな。そういえば、フィアは暗闇でも見えるのか?」

「うーん……見えるんですけど、だだっ広い空間でしかなさそうです。しいていうなら、奥に何か台のようなものがありますよ。ヴァリシュさん、ところどころ床に段差があるので、気をつけて進んでくださいね」


 フィアの言葉を頼りに、奥へと進む。注意深く、手探りで歩くものの、何かにぶつかったり触ったりすることはない。柱すらないようだ。

 なんとか台座の場所まで辿り着く。そこにも魔法陣が刻まれておい、触れると指先にざらりとした感触が伝わる。

 同時に、再び魔力が吸われる。魔力を受けた台座はもちろん、天井や壁、床までもが淡く輝き始める。

 この空間、そして隠されていたものが、ようやく姿を見せた。


 



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