ここに在る私
私は目を覚ました。ふぅと一つため息をついて起き上がる。
それほど時間は経っていないのか、空腹にはなっていない。
何をしよう。本棚の本はすべて読み終わったどころか内容も覚えていて、タイトルを見ただけで満腹になる。本を読むのは前回眠る前のように、文字を追いながら過去を思い出すときだけだ。
ならほかにやることはない。この部屋にはそれくらいしかないのだから。
私はベッドから出てシャワーを浴びに向かった。
ドアを開けるとまずトイレになっており、そこからまたドアをもう一つ開ければ浴室になっている。
実はこのドアを開けるという行為が好きだ。どこにも行けない部屋から、ちょっと外に出た気分を味わえる。
どれくらい前だったろうか、一時期はトイレの床で寝起きする生活をしていたこともあった。トイレで起きてドアを開ければ、見知らぬ部屋に入ったような感覚が新鮮で。
だが体が痛くなるのですぐにやめた。
シャワーを浴びて、少し気分が晴れるのが好きだ。暖かいお湯が肌に触れたとき、それまでの自分を洗い流してくれるような気がして。
そして貼り付けてある鏡の前に立つ。映るのは私。もうずっとずっと昔から姿の変わらない私。体のどこにも傷がない私。
それが呪いに見える。
私は昔、ずっとずっと続いていくこのあり方に耐えかねて自殺したことがある。
ステーキを切るためのナイフで首を切った。それは、ステーキとは違う自分の肉がぶちぶちと引き裂かれる感触と、頭の奥にナイフが突き刺さったような痛みを以って死に至るはずだった。
だが意識を失って起きてみれば、私はいつも通りベッドの上で、傷一つなく横になっていた。
お風呂に水を溜めて死のうとしたときもある。そのときも確実に水の中で意識を失ったが、同じようにベッドの上で寝ていた。
どこまで、どこまで私はここに閉じ込められなきゃいけないのか。部屋から物理的に出ることも不可能。さらに死という究極の逃げすらも残されなかった。
私は永遠の生を得たのではない。終わることを失ったのだ。
それを知ったときから私は自殺をやめた。首を切るのも手首を切るのも心臓を突き刺すのも首を縛るのも、痛くて苦しくて、でも救われなくてつらかっただけだ。
だから生きることをやめて、死ぬこともやめた。
そして父を恨んだ。こうなったのは彼が永遠の生を与えたいと思ったからだ。
私はある日、父の相談を受けた。たしか突然の帰宅で驚いたのを覚えている。
父は私に、最新技術の話を持ち出して、永遠の命を得られるようになるがどうかと、ぜひ私に生きてほしいと言ってきた。
そのときの私は死ぬことが嫌だったし、そうなれるのならすごいことだと思った。
だけど私は悩んでいた。今は友達と一緒にいるのが楽しいし、ちょっとした夢もあったからだ。答えは保留にしておいた。
しかし、ある日父は私に永遠の命を与えると決めた。母と相談して、娘に生きていてほしいと決めた。
どうやらその措置を行うためには、ある一定以下の年齢じゃないとダメだそうだ。だが前回と違い、さらに年齢を引き下げないと措置ができないとのことで、私の十八という年齢はギリギリだったそうだ。
そこで両親は勝手に契約を行い、私はこの箱に入ることになった。
善意からだったのだろう。間違いなく。
父も母も笑顔で送り出してくれた。それが私が生きていたころの最後の思い出。
それからずっと私はここにいる。もうどれだけの年月が過ぎたのか分からない。カレンダーもなければ時計もない。ここには時間すら存在しない。
だというのに、ずっと続く未来だけはどこまでもあるというのが皮肉だ。
ああ怖い、明日も明後日も明々後日も、一年後も十年後も百年後も、変わらず私はここにいる。数千という年月を、幾億という時間をずっと白い箱の中で。
私の意思とは関係なく、存在し続けるだけ。私が終わらせたくても続く存在。
永遠に続く監獄。
もうやめて……目を覚ましたくない……。こんな壮大な時間の中で、私という自我が耐えられるはずもない。
私は時々過去を思い出して、ほんの少しの感情を取り戻すだけ。
ほかの感情はもう、膨大な時間に持っていかれてしまった。
再び私はベッドに横になる。
目を閉じて、その瞬間だけ終わりを堪能する。
壊れてしまった人ではないもの。存在だけなんだ、私という。
だから――
永遠の箱 秋野たけのこ @autumn-Takenoko
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