「私」の卒業
宮蛍
「私」の卒業
登場人物
・山田ゆかり ゆかり(ス)(21 女子大生)
・山田ゆかり ゆかり(制)(18 女子高生)
・斎藤ゆりこ(18 女子高生)
※人物名Mはモノローグを表すものとする
〇2018年 県立〇〇高校 昼
沢山の人で賑わう学校。正門に立てかけられた「卒業式」の看板。
スーツ姿のゆかり(21)、体育館から漏れ聞こえる声に耳を傾けながら桜の木が咲く校舎の片隅に向かって歩きながら呟く。
ゆかり(ス)「この校舎も三年ぶりか……」
桜の木の幹に触れるゆかり(ス)に、木の後ろから話しかける声
???「遅かったね「私」、待ちくたびれちゃったよ」
声の主は制服姿のゆかり(18)。木にもたれさせていた背筋を伸ばし、ゆかり(ス)の正面に回ってから話しかける。
ゆかり(制)「何?何でスーツなんて着てるの?式典の日だから気使ったの?(不思議そうな顔と声で)」
ゆかり(ス)「ああこれ?(袖を持ち上げながら)まあそんなところかな。それに私も今は就活三昧だし、スーツ着慣れといたほうがいいと思って(苦笑まじりに)」
ゆかり、「そうなんだ」と興味のない返事を返し、風に舞う桜の花びらを見ながら本題を切り出す。
ゆかり(制)「もう平気なの、「私」?忘れ物を取りに来ても?」
ゆかり(ス)「うん。正直不安だけど、多分大丈夫。いっぱい悩んで、それでも「私」が出した結論だから(曖昧な笑顔を浮かべて)」
ゆかり(制)「そっか。……ならよかった」
ゆかり(制)、ゆかり(ス)に背を向ける。その背中にゆかり(ス)が声をかける。
ゆかり(ス)「ごめんね、「ワタシ」。その……色々迷惑かけちゃって(申し訳なさそうな顔で)」
ゆかり(制)「気にしないでいいよ。「ワタシ」はここにあるべくしてある存在なんだから。それに……」
ゆかり(制)、そこで言葉を切ってから振り返ってゆかり(ス)と向き合い、続ける。
ゆかり(制)「「ワタシ」は「私」、「私」は「ワタシ」でしょ。だから、こうして迎えに来てくれればそれでいいよ(笑顔を浮かべながら)」
その笑顔を見て、同じように柔らかく微笑むゆかり(ス)。登り切った太陽を見ながら、眩しそうに目を細めて呟く。
ゆかり(ス)「あれから、もう三年が経つんだね……」
〇(回想)2015年 県立〇〇高校 朝
校内は人でひしめき合っていて、ざわついている(ガヤガヤという背景音)。正門には「卒業式」の看板。
廊下を歩いているゆかり、胸元には花のブローチがつけられている。そんなゆかりにゆりこ(18)駆け寄る。
ゆりこ「ゆかりー!!(抱き着き)。久しぶりー!!」
ゆかり「ちょっ、ゆりこ!離れてよ!(ゆりこの頭を手で押しながら)」
ゆりこ「いやだよー!お互い受験忙しくて会えなかったんだもん。こうしてゆかり成分補充しとかないと、卒業式も乗り切れないって!」
ゆかり「いや意味分かんないよ!とにかく離れろー!(ゆりこを引きはがそうとしながら)」
同級生A「おっ、またゆりゆり夫婦がイチャついてんぞ」
同級生B「マジだ、あの二人完全にデキてるよなあ」
同級生C「卒業してもお幸せになっ!」
ゆかり「うるさいっ!あんた達は最後の好感度アップにでも奔走してなさい!!(同級生の方に顔を向けながら叫ぶ)
同級生たち「ハハハ、逃げろ逃げろーー(走り去ってどこかへ行く)」
ゆかり、その背中を見送りながら頭に手を置いてため息をこぼし、呟く。
ゆかり「まったく、アイツら最後までガキだったわね……」
ゆりこ「全くだ(頷きながら)」
ゆかり「いやあんたが一番ガキだから(呆れた口調で)」
ゆりこ「ええーそんなことないよーー(上目づかいで首を横に振りながら)」
ゆかり「だったらさっさと離れなさい!(頭を再び手で押さえつけるように)」
ゆかりとゆりこ、そんな感じでじゃれ合っている。
ゆかりM「この子は斎藤ゆりこ。ワタシの無二の友人。知り合ったのは高校に入ってからだけど、ずっと一緒に過ごしてきたみたいに馬が合う。明るく奔放な彼女の突飛な行動にはいつも困らされるけど、でもそんな彼女のことが愛おしいと思う」
ゆかり、ゆりこの顔をまじまじと見下ろす。
ゆりこ「どうかした?私の顔に何か付いてる?(小首を傾げながら)」
ゆかり「……何でもないよ(笑みを浮かべて)」
ゆかりM「彼女のことが、愛おしいと思う。それは多分友人としてじゃなく、一人の女の子として」
ゆかり、窓から桜を見る。風に吹かれる白色の花弁を見つめながら、一言。
ゆかり「……ゆりこ、式が終わったらさ、いつもの場所に集まらない?ちょっと大事な話がある(平静を装う口調で)」
ゆりこ「ん?別にいいけど。何、告白でもしちゃう?一生の愛を誓いあっちゃう?(からかうような口調で)」
ゆかり「……まあそんなとこ。それより急いで体育館行かないと」
ゆりこ「おお、もうこんな時間か。今日は遅刻したくないもんねえ(ゆりこから離れながら)」
ゆりこ、ゆかりと共に体育館に向けて足を動かす。二人は雑談に興じている
ゆかりM「だからワタシは、今日彼女に告白しようと思う。卒業してもずっと一緒にいるために」
〇(回想)2015年 県立〇〇高校 昼
体育館付近や校内から聞こえるガヤガヤと賑わう声。ゆかり、その声の外側にある桜の木の下に手をもじもじさせながら立っている。
ゆかりM「ここは、ワタシとゆりこがよく一緒に放課後の時間を過ごした場所。二人ともここに吹く風が好きで、それでいつもここでお喋りしていた。他愛無いこととか、下らないことばっかりだったけど、それでも二人とも部活が休みの日にここで過ごす時間がワタシは大好きだった」
ゆかり「ゆりこ、遅いなあ……(空を見上げながら)」
その時ゆりこ、右手を振りながら走ってくる。頭にはうまい棒で出来た帽子、首にはお菓子で出来た首飾り、左手にはパンパンになったビニール袋を抱えている。
ゆりこ「いやーごめんごめん。部活の後輩撒くのに手間取っちゃって(膝に手をつき、汗を流しながら)」
ゆかり「陸上部は仲いいね。文芸部なんてお菓子の首飾りもくれなかったよ」
ゆりこ「そりゃあれだよ。私はいい先輩だったからね。部活動の差じゃなくて、人望の差だよ(胸を反らして偉ぶりながら)」
ゆかり「……後輩はさぞかし大変だっただろうね。同情するよ(目を伏せながら)」
ゆりこ「ちょっ、それどういう意味?!」
ゆかり、ゆりこのツッコみに声を上げて笑う。ゆりこもその様子をみて同じように笑い、二人揃ってしばらく笑う。そんな中少し早く笑うのを止めたゆかり、真面目な顔つきになって声をかける。
ゆかり「……ねえ、ゆりこ。ワタシあんたに伝えたいことがあるの」
ゆりこ「ん?何?ついに告白タイム?」
ゆかり「茶化すな……。ワタシは本当にあんたのことが(ドクンドクンという鼓動音を背景音に)」
ゆかり、そこで言葉を切って顔を下に向ける。息はやや荒くなり、呼吸は乱れ、右拳を胸のあたりに持ってきて必死に心臓を落ち着けようとしている。
ゆかり「ワタシは、ワタシはあんたと………」
ゆりこ「はいはいストーーップ。湿っぽくなるのはやめようよ。ゆかりの言いたいことなんて、私にゃお見通しなんだから」
ゆかり、その言葉に顔を上げて潤んだ瞳でゆりこの方を見る。ゆりこ、その視線には気づかず目を瞑ったまま得意げに語りだす。
ゆりこ「つまりゆかりは私が大好きなわけだ。好きで好きでたまらないわけだ(首を縦に振りながら)」
ゆかり、その言葉に恥ずかしくなり顔を俯ける。
ゆりこ「大丈夫、私もゆかりのこと大好きだから(ゆりこの後ろに太陽、穏やかな風が吹きながら)」
ゆかり「……本当に?(か細い声で)」
ゆりこ「本当に!!卒業しても、大学離れ離れになっても、ずっと大好き(満面の笑みで)」
ゆかり「本当の、本当に……?(不安を感じている声で)」
ゆりこ「心配性だなあ。ずっと大好きだって。あんまり何回も言わせないでよ(少し顔を赤くしながら)」
ゆかり「……そっか。良かった。良かったぁ……(安堵した声音で。ちょっと涙交じりに)」
ゆりこ「もう!湿っぽいのは止めようって言ったじゃん!そんなに不安だったの?」
ゆかり「だってぇ……。だってぇぇ……(震える声で)」
ゆかりM「嬉しかった。気持ちが、想いが報われたような気がして。今まで歩んできた時間が、名前と形を持った気がして。そして、二人は想い合っているんだなって確認できた気がして。だから、涙が止まらなかった。卒業式の時よりも、ずっと涙が溢れてきた」
ゆりこ、柔らかく微笑んでからゆかりの近くにまで歩み寄り、その身体を抱きとめる。そして耳元でひっそりと囁く。
ゆりこ「大丈夫だよ……。私たちは、離れていても「親友」だから……」
ゆかり、その言葉を聞いて、顔を上げてゆりこの方を見る。ゆりこ、そんなゆかりの顔を見て無邪気に笑い、言葉を続ける。
ゆりこ「私たち、一生の愛は誓えないけどさ、一生の絆ぐらいなら誓えそうじゃない?」
ゆかりM「ワタシは、ゆりこが何を言っているのか上手く理解できなかった。ただ囁かれた言葉が、向けられた笑顔が、伝わる彼女の体温がワタシの色づく世界をモノクロに染め上げていくことだけを、遠のく彼女の声と同じくらい他人事に受け止めていた」
モノローグの間もずっと話続けていたゆりこ、一度言葉を切ってから笑顔で話す。
ゆりこ「ダカラサ、テイキテキニレンラクハトリアオウヨ。イソガシクテモキドクムシトカハゼッタイニダメダカラネ(声は背景音的な感じで聞こえる)」
ゆかり「うん、大丈夫だよ(人工的に笑いながら)」
ゆかりM「それからの記憶は、正直あんまり残ってない。何を話し、何を交わし、何を分かち合ったのかさえ、明瞭に思い出せなかった。気づけばゆりこは目の前からいなくなっていて、ワタシは一人桜の木の下に突っ立っていた」
ガヤガヤと賑わう人の声、無邪気な笑い声を遠巻きに聞きながら、ゆかり、桜の木に背をもたれさせ、空を見上げながら呟く。
ゆかり「ワタシ、何をしてたんだろ……」
穏やかな風が吹いて髪が揺れる。
ゆかり「風、気持ちよくないなあ」
ゆかり、ため息を吐き、視線を下す。そしておもむろに腰を曲げて地面を掘り始めた。
数分後、ゆかり、手を払いながら立ち上がり、桜の木を離れようとする。そんな彼女の背中に声がかけられる。
???「いいの?こんな大切なモノ、置いていっちゃって?」
ゆかり「……別にいいよ。「私」には、要らないモノだから……」
???「……そっか。じゃあ預かっとくね。忘れ物の管理は、「ワタシ」に任せて」
ゆかり、その言葉には何も返さず、足を動かす。その時呟くような声が聞こえる。
???「預かるだけだから、ちゃんといつか取りに来てよね……」
〇(回想戻り)2018年 県立〇〇高校 昼
ゆかり(ス)「あの日「私」は「ワタシ」を捨てた。ゆりこの拒絶が痛くて、背負いきれなかったから。押しつぶされるのが怖くて、だから「ワタシ」は「私」になった。殻を作って、壁を作って、「私」は誰も愛さないって決めた」
ゆかり(制)「知ってるよ。「ワタシ」は「私」なんだから。……あれからゆりことは連絡とっているの?」
ゆかり(ス)「……ちょくちょくね。でも会ってはいない。どんな顔すればいいのかも、今は分からないから」
ゆかり(制)「そう……。でも、取りに来たのね?(覚悟を問うような口調で)」
ゆかり(ス)「うん。……こんな「私」でもね、好きって言ってくれる人がいたの。何度拒絶しても、何度拒否しても、それでも好きって伝え続けてくれる人がいたんだ。それで今は、その人の気持ちに応えたいって、そう思う(ゆかり(制)の目をまっすぐ見つめながら)」
ゆかり(制)「……なら早めに回収することをお勧めするよ。式がもう終わっちゃうから(ゆりこ(ス)に背中を向けながら)」
ゆかり(ス)「そうするよ。今も残っているかは分からないけど」
ゆかり(ス)、そう言ってからおもむろに地面を掘りだす。そして数分後、地面の中から一つの袋を取り出す。その袋を掲げながら、ゆかり(ス)、呟く。
ゆかり(ス)「案外残ってるものなんだね、こういうの……」
袋の中には制服のボタンが入っている。
ゆかり(ス)「これが「ワタシ」の心、なんだよね、きっと。「私」が置いていった、「ワタシ」の誰かを想う心(噛みしめながら呟くように)」
ゆかり(制)「まあそんなところかな。普通は男の子がやる事なんだけどね、第二ボタン誰かにあげるのって(やれやれと呆れるようにしながら)」
ゆかり(ス)「しょうがないじゃない。他に埋められるものもなかったんだから(むすっとした調子で)」
ゆかり(制)「まっ、「ワタシ」の考えたことでもあるから何も文句は言えないんだけどさ」
ゆかり(制)、そこで振り返って、ゆかり(ス)を正面から見据える。ゆかり(制)、少しずつその姿が薄くなっていく中で話しかける。
ゆかり(制)「そんな立派なスーツ姿とそのボタンじゃあ合わないけど、それでも大事にしてよね」
ゆかり(ス)「そのつもり。もう手放す気もないよ(ボタンを強く握りしめながら)」
ゆかり(制)「……それとさ、ずっと預かってきた分の支払いをしてもらいたいんだよね」
ゆかり(ス)「何?ここにお墓でも立ててあげようか?花でも添えてあげようか?」
ゆかり(制)「冗談でもやめなよ。学校で騒ぎになったらどうすんの」
ゆかり(ス)「いやまあ流石にジョークだけどさ。それで本当のところ何なの?」
ゆかり(制)「……ゆりこと会って欲しい」
ゆかり(ス)、その言葉にビクンと反応して肩を震わせる。その様子を見ながらゆかり(制)言葉を続ける。
ゆかり(制)「「私」の気持ちは分かるけど、「ワタシ」の気持ちも分かるでしょ。だからさ……よろしく出来ないかな(窺うような調子で)」
ゆかり(ス)「……分かった。「私」も、いい加減向き合わないとなって思っていたから(迷いながらも出来るだけ明るい口調で)」
ゆかり(制)「そっか。やっぱ「ワタシ」ってことなのかな……(微笑みながら)」
穏やかな風が吹く。ゆかり(制)、その風に揺られながら、笑顔のままポツリと呟く。
ゆかり(制)「風、気持ちいいね……(小さな声)」
ゆかり(ス)「……本当に、ね(空を見上げながら、同じく小さな声で)」
体育館から卒業式の歌が聞こえてくる。その声に耳を傾けながら、ゆかり(ス)は空を見上げ続ける。
ゆかり(ス)が顔を下げた時、目の前には誰もいない。その誰もいなくなった桜の木の下に背を向けて歩きだし、呟く。
ゆかり(ス)「……今の恋愛と向き合うためにも、まずは過去の清算を全部しないとなあ。「ワタシ」にも託されちゃったし」
ゆかり(ス)、スマホを取り出し、LINEを開き、メッセージを打つ。
「ずっと会えなくてごめん。お互い就職しちゃう前に会えないかな?連絡待っています」
ゆかり(ス)「これからまだまだ頑張んないとなあ、「わたし」も」
ゆかり(ス)、卒業式の看板の立っている正門を通り抜ける。
end
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