第16話気配
俺は、七瑚と柚に連れられて、家一軒分がそのまま移動しているような荷車を一緒に引いていた。
荷車には、七夕祭りなんかでよく見かける大きな球状の吊るし飾りが幾つもぶら下がっており、備え付けられた射的屋や駄菓子屋にあるような棚には所狭しと髪飾りや手毬や万華鏡なんかが並んでいて、極彩色のお店という表現がよく似合う。
ちりめんや手毬で作られたつるし飾りは柚が、棚に並んだ小間物は七瑚も協力して全て手内職で作ったものだという。
「十二単は、治安維持だけが仕事じゃない。自分の好きなもので何でもできるのが楽しいところでもあるよね。」
聞けば、章は塾の先生を、キララは貴重品や宝飾品の鑑定を、京之助は農業を、それぞれやっているらしい。
前の方から聞こえる二人の笑い声を聞きながら、俺は考えた。
俺がやってみたいこと……
鯛焼きの屋台を出してみたい。
鯛焼きの刀が出てくるなら、もしかしたら。
少しばかりの期待を込めて、俺は言った。
「なあ、二人とも、ちょっといい?」
俺は荷車の車輪に負けないように、大きな声で言った。
山車のように屋根が付いた荷車に、縦長の提灯が揺れる中、前から引っ張る二人は、
「どうしたー?」
と同じく大きな声で返ってきた。
木で出来た車輪に金属の部品が盛大に軋んでおり、その上道は砂利道だったので、かなり声帯に頑張ってもらわなければならなかった。
「鯛焼きの屋台って出来るものなのー?」
単刀直入に聞いてみた。
「ああ、出来るよー。移動式でいいなら荷車の棚を動かせばいいからー。材料も多分夢観瑠幸世御神様が用意している筈ー」
七瑚の声が飛んできた。
有り得ないだろ。
とんとん拍子に話が進み過ぎて、俺は思わず、
「ほんとにー?」
と期待と疑いの混じった声を上げた。
「ほんとー。」
こうして、俺の長年の夢だったことが一つ、成就したのだった。
陽が高く昇る中、柚と七瑚とともに、街の中にある商店街に飾りを届け、小間物を売った。大分街の人と会話もできるようになったが、あの、一言では形容し難い他人行儀のような、とげとげしい、蛞蝓を見るような目、時折声を潜める通行人、そんなものは、なかなかすぐには消えないらしく、俺はそれを感じる度に、澱のようなものを蓄積していった。
だが、そんな心の澱が、ある会話できれいさっぱり払拭されてしまった。大きな疑問が浮上したからである。
その会話は、俺ではなく、七瑚に向けてされていたものだったが、思わず耳をそばだてて聞いてしまった。
それは、吊るし飾りの届け先での話だった。店主の翁は商店街を束ねる人で、旧都でも名の知れた花火師だった。
その人が、
「今年の祭りは、ちょっとばかり、危ないかもしれんな。詳しいことは神社で話されると思うが、気を付けなされ、十二単の皆さん。」
と、不安げに下を向いた。
―今年の祭りは危ない?
どういう意味だ?
今年の祭り、ということも俺にはよく分からなかったが、七瑚と柚の目が、鋭く光ったことが、気掛かりだった。
物騒な事案に慣れている筈の十二単に向けられた警告。
何か、暗い影が自分の周りに漂ってくる気配を感じた。
その夜
ここにきて一度も立ち入った事のない、神社の神殿に俺達全員が集められた。
スキユメ爛漫 梅庭 譜雨 @sakura20021102
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