第15話午前のこと




「はいはいはいはいはいはいはいはい、掃除の時間だよー!!!!!!!!」

「うわあああああ!ちょっと待ってええええ!!!!!!!!」

 板張りの廊下を、大きなバケツを五個も手押し車に乗せてやってくる前掛けに頭巾をかぶった泉水を見て、他の十二単が悲鳴を上げる。

「今は!今はまだ俺の部屋はいいから。他の所から掃除してくれないかな!」

 俺の部屋の前で、たすき掛けにした着物の袖を更に捲り上げて、満面の笑みを浮かべる泉水に、俺は必死の説得を繰り返す。

 が、しかし…

「しっつれいしまーす!」

 扉にしがみついていた俺を投げ飛ばして、掃除婦の格好をした小悪魔が俺の城への侵略を開始した。

「さてと…」

 どれから断捨利しようかな~

 無邪気な笑みを湛え、部屋に置いてある私物(宝物)を手当たり次第ゴミバケツの中に入れようとする天使を見て、先刻他の十二単が部屋に急いで引き返していった奇妙の光景に合点がいった。

 そうか、この事か!

 

 昨日、夜の八時頃、部屋の中にひとりでに湧いて出てきた鯛焼きの型を見つけ、向かいの部屋の章に訊きに言った時、

「ああ、それは夢観瑠幸世御神からの贈り物だ。俺や他の奴らもちょくちょく必要なものを貰うことがあるから。」

 と、教えてもらった。

 神様凄いなと、俺が返したとき、それまで型に興味津々といった様子だった章の顔が急に真顔になった。何事かと聞くと、

「ただ、贈り物や私物の管理はきちんとしといた方が良い。部屋に観賞用として飾るものは最高で三つまで、部屋を開けた時に散らかってない事。これはものすごく重要なことだ。」

 と、眉をひそめて、章は念を押すように言った。

「片付いていなかったら、それ、問答無用で捨てられるからな。」


 俺の部屋は、そこまで物がない方だ。

 十畳くらいの広さの部屋の中に、正座して使う昔ながらの机と鯛焼きの形をした座布団が一枚。机の横にある本棚には本が四冊。全て鯛焼きに関する書籍だ。衣装箪笥には着てきた制服一組の他に、章からもらった小物が三着ほど。

 押し入れの中には、それこそ布団と毛布と枕しかない。

 一体何を捨てるというのか。

 泉水は、壁際にあった衣装箪笥を唐突にあけ、「あー!みっけ!」と、歓声を上げた。

「おいおいおいおい!」

 俺は、抗議する時間も与えられず、高校の制服がゴミバケツの中に放り込まれていくのを凝視した。

「穴が開いたズボンに、ほつれたところが多い洋服は捨てる!」

「のおおおおおお!」

 俺の絶叫を聞きつけ、柚やキララが駆け付けた。

 引き戸の近くに二人はやってきて、

 俺の部屋を物色する泉水を見て、それから俺を見て、もう一度泉水を見た。

 そして、二人はお釈迦様のような顔でこう言った。

「「どんまい。」」

 そうこうしているうちに、泉水は押し入れを開け、あの、神様からの贈り物を手に取った。

「あ」

 押し入れにしまっていた鯛焼きの型まで捨てようとする泉水を説得するのに、たっぷり三十分はかかった。

 部屋の窓の桟や、柱の上、棚の上なんかを念入りに拭き掃除して、部屋を箒で掃き掃除した泉水は漸く満足したらしく、

「次は章の部屋―!」

 と、勇んで俺の部屋から出て行った。


「わあああ!泉水、それ駄目なやつだから!杜甫の写経!李白と杜甫の!」

「おりゃー!」

「うわああああああああああああ!止めろ!それだけは!」

 普段は知的で物静かな章が盛大に取り乱している声がした。

 柚とキララは納得したように額に手を当てつつこう呟いた。

「章の部屋って、半紙で溢れ返っているからね。」

「あと本もね……。」

 俺は昨日の部屋の様子を思い出した。

 綺麗に整頓されてはいるが、和紙が山のように積んであった章の部屋。

 泉水の格好の獲物だ!!


 俺は、向かいの部屋に向かって手を合わせた。

 陽が高くなってきた。


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