第14話一日の始まりに

七瑚は、ひとしきり俺を説教し、

「十二単の朝は早いから、これからは気を付けるように!」

 と締めくくった。

 その間、俺は、「すいませんでした。」を繰り返した。

 俺が下げていた頭を、戻した刹那、突風が俺の栗毛を弄び、パイナップルの葉っぱのように俺の頭は爆発した。

 破砕音が一段と大きくなり、七瑚は俺の頭に吹き出しつつ、キララと泉水が戦っている広場まで駆け戻った。俺は七瑚の後に続いた。

 攻撃を何度も泡に遮られ、「効果無し」としびれを切らした様子で、等身大フランス人形と言っても通用しそうな容姿をしたキララが、目を吊り上げて、持っていた金槌を空に放り投げた。巨大な金属の塊がいとも簡単に放られるのを見て、泉水は何事かとキララから距離を取って、体勢を低くしデッキブラシを構えた。

 音を立ててキララは胸の前で合掌し、「せい!」と気合を発した。

 キララの頭上に停滞していたか金槌が一瞬で、見た事もないような小銭の大群に変わり、散弾銃のように泉水に向けて次々と発射された。

 晴れ渡った七月の空に、金属が舞う光景は幻想的だったが、

「ええい!このー!」

 隙間なく降り注ぐ小銭の弾丸から全速力で退避する泉水の表情には一切の余裕がなく、泉水の動いた場所を追いかけるかのように、蜂の巣状になった地面が形成される。地面から伝わる小銭の震動が、俺の皮膚を強張らせた。分厚いコンクリートの壁を貫通できそうな攻撃だ。金槌も見た目から恐ろしかったが、小銭嵐はまた違った意味で恐ろしい。

 ―あんなのをまともに喰らったら余裕で死ねる。

 流石は金の力。キララ、恐ろしい子!

 これじゃ、泉水はひとたまりもないな。

 そんな風に俺は思考したが、小銭弾丸の先にいる泉水を見た瞬間、その考えがいかに甘かったかを思い知らされた。

 無数の遠隔攻撃を、デッキブラシから出る大きな泡が包み込んで無効化している。

「おりゃああああ!」

「このおおおおお!!!」

 降ってくる金属の欠片を全て振り払い薙ぎ払い、一気に泉水は、キララに向かって加速する!

 キララは、一枚の小銭を右の親指と人差し指の間に挟み、泉水に向け狙いを定める。

 泉水のデッキブラシから今まで出ていた白っぽい泡が、しゃぼん玉のような鮮やかなものに変わり、キララの指に挟まっている小銭から電流のようなものが走り出す。

 両者とも一歩も譲らない緊迫した空気に辺りは包まれ、泉水は跳躍して、遠心力の乗ったデッキブラシをキララの上に振り落とし、キララは思いっきり電流を纏った小銭を弾いた。

 閃光のように小銭がデッキブラシに向かう。

 大量の泡が、武器、あるいは防壁となってキララと小銭を捕える。

 小銭の威力によって、泡がはじけ飛んだ。

 デッキブラシから出現する残りの泡と、泉水の起こした風圧がキララを圧す。


 永遠の一瞬が過ぎ、

 二人は同じように後方へ吹っ飛んだ。

「はーい。両者引き分け!」

 七瑚の明瞭な声が響き渡る中、善戦した二人は全く同じ動きで悔しがる。

「「ああああ!もうちょっとだったのにいいい!!!!」」

 広場を仕切っていたつるし飾りの紐の障壁が消え、柚が泉水を、京之助がキララを回収する。

「まあまあ。」

「次だ、次。」

 年上二人があやす中、二人は揃って

「次こそは勝つんだからああぁぁぁ!」

 と雄たけびを上げている。

 勇ましいな二人とも……

 そう俺が感心していると、広場を見下ろす形に、少しだけ段差のある古びた祠の石畳に座っていた章が、木々の枝を伝って俺の前に降りてきた。

「よーし。二人の模擬戦を見ていたから大体は解るな?惇生。次はお前と京之助だ。」

 そう記録帳を見ながら、何でもない事のように章は言った。


 …………何だって?!


「おーい!京之助!!何時まで飲んでるんだ、次あんただぞー!」

 俺の混乱は忘れ去られ、随分遠くから章の声がしているような感覚があったが、徳利片手に、オジサンが笑顔でやってきた時、ああこれは現実に起きている事なんだな。と俺の脳は理解した。

 







 先程の激戦が嘘のように、再び広場は短い芝に覆われたなだらかな土地になっている。

 章が自分の身長ほどもある巨大な習字筆で、「芝」と宙に書いて元通りにしたのだ。

 

「じゃんじゃん暴れて良いからな~」

 彼の低い魅力的な声が俺には悲しかった。

 章や柚の、「私達に出来て惇生の出来ない事なんてないから!」と言う言葉に押され、泣く泣く俺は首を縦に振ったのだが…

 俺は未だ徳利を手放さない二十歳のおっさんと対峙している。

 相当なうわばみらしく、喉が渇いては酒を飲み、料理の途中に酒を飲み、風呂から上がっても酒を飲み、目の前の人物がしらふの時を俺は知らない。酒で顔が赤らむこともなければ、呂律が回らなくなって泥酔する事もない。通常の人と何ら変わりがない生活があの大量の飲酒で送れる訳がない。どんな肝臓を持てばそんな体質になるのか医者が通いに来たという伝説を持つ男。京之助。

「うえーい。今日は酒盛りだ。」

 ―「今日も」だろう!?

 素肌に藤色の甚平を着て、モンペをはいたお気楽そうな対戦相手に、俺はこめかみを抑えた。

 七瑚が、広場の端、川の切り立った崖がある場所、木で組んだ朝礼代のようなところに立ち、「両者、礼!」と声を張る。

 俺達はお互いに礼をし、構えを取った。

 俺は、右手に念を込め、あのつばが鯛焼きの形をした大太刀を作り出した。

 京之助はと言うと、相変わらずぐびぐび酒を飲んでいる。

 こんなんで、訓練になんかなるのか?

 俺は目の前の酔っ払いに対する不信感が拭えなかった。

「始め!」

 七瑚の手が手刀のように振り下ろされた瞬間、俺は太刀で一直線に斬りかかった。

「やああ!!!」

「よっと…。」

 正確に京之助の胴を捕えていた筈なのに、ふらふらと身を翻され、切っ先は宙を突いた。

「ほいっ。はい。それ。それ。あーらよっ。」

 何度攻撃しても、空を飛ぶ蝶のように、気まぐれに動く酔っ払いは尚も酒を飲み、移動する。

 俺は大太刀を振り上げ、大きくスイングした。

 これなら避けられまい!

 そう確信し、俺は右脚を踏み出したが、

「まだまだ、攻撃が大雑把だぞ~。」

 いきなり酒を大量にあおり、京之助は目にもとまらぬ速さで刃を素手で掴んだ。

「うおを?」

 虚を突かれ、俺は太刀が空へ飛んでいくのをぽかんと口を開けて見送ってしまった。

 俺は、後方に跳び、京之助から距離を取った。

 京之助は俺の変化に気が付いたのか、徳利を持ったままポーズをとって、

「十二単の酔拳使い、うわばみの京之助を、刀一本で倒せると思ったら大間違いだぞ~?」

 と、決め台詞のように言った。

 それから、普段の彼からは想像の出来ないような機敏な動きに翻弄され、何度大太刀を呼出しても、斬りかかる前に奪い取られてしまう。

 徳利を持ったままの、幻のように一貫性がない動き、しかもこちらの動きさえ緩急自在に操る酔っ払いに、俺は一撃もお見舞いする事が出来ないまま、川に投げ飛ばされた。


「自力で上がってこーい!」


 川の流れにもまれている俺を見て、皆は去って行った。

 獅子は子を谷に突き落とすというが……

 十二単は新入りを川に落とす

 お陰で俺は、鯛焼きを呼出して浮き輪替わりに使ったり、踏み台にできたりする能力があることが判明した。


 そして、朝ご飯を食べ損ねたのだった。


 忙しい一日の始まりである。

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