第13話朝の目覚めに激痛が



 鶏の高らかな鳴き声と共に、夜が明けた。

 俺は、布団の中に桃源郷を見出して、朝独特の清らかで清々しい空気を思う存分味わいながら、二回目の夢の世界へ今まさに旅立とうとしていた。

 が、

「おっきろおおおお!何時まで寝てるんだ新入りいい!」

「おうわうぁ!?」

 勢いよく部屋の引き戸が開け放たれ、何かが、流星の如く俺の体の上に落ちてきた。否、正確には布団に向かって飛び込んできた。

「痛ってえええええ!!!!!!!!」

 感覚神経が脊髄を通って、脳に痛覚信号をとめどなく発信してきたので、俺は一瞬で現実の世界に引き戻された。布団を乱暴に奪われ、暗闇に慣れきった眼に、差し込んでくる朝日は刺すように痛かった。

「どうりゃ!」

「おっふ!」

 この、石臼のような寸胴な感触、骨が潰れるような重量、人の布団に飛び込んで回転攻撃を仕掛けてくるあたり……俺の上に乗っているのは……

「夢之丞!少しはダイエットでもしたらどうだ!大体なんだよ、朝から鼓笛隊みたく騒いで……。」

 俺は、身を捩って布団から起き上がり、たった今降ってきた爆弾を見下ろして言った。

 獏は、悪びれもせず、更に俺の愛しい枕を抱きしめる。

「おお!この枕くれ!」

「やるか!」

 俺は、枕を奪い取り、甚平の襟を正した。

 枕を奪い取られた夢之丞は、渋々といった感じに起き上がり、「全く、惇生は寝坊助だなだらしない。」と鼻を鳴らした。

「うるせえ。」と、俺も鼻を鳴らした。

「朝から人の部屋に上がり込んで、何の用だ和太鼓。」

「和太鼓じゃない獏だ獏。ふん、失礼な奴だなお前。」

 夢之丞は宙に浮かび、天井すれすれで停止した。

 俺は、幸せいっぱいの睡眠時間を削がれ、この浮かぶ物体にとてつもなく腹を立てていたが、今更二度寝する気にもなれず、布団を片付けた。俺の後ろから、

「さっさと、身支度!終わったら神社を下りてこい。もうとっくに他の奴は鍛練を始めてるぞ!」

という、声がして、再び、部屋の引き戸が閉まる音がした。

 ―何?鍛練?

 何がなんだかよく分からなかったが、俺はとりあえず言われた通りに、着替えを済ませて、部屋から飛び出した。

 渡り廊下で繋がっている大樹の上に立つ神社。欄干に近付いて、俺は下の方を見た。

 かなりの高さがある為、人の姿は見えなかったが、代わりに、何かが焼けた臭いが鼻腔を通り脳幹に到達し、先程部屋で聞いた声とは比べ物にならない大きさの罵声が耳をつんざいた。

 何があった?!

 俺は急いで、平安時代の貴族の屋敷を思わせる造りの神社を下りる階段に向かって、疾走した。

 本殿の脇にある廊下を駆け抜け、急いで幹に沿って湾曲している階段を駆け下りる。

 地面に足が付いた瞬間、何か、大質量が地面に叩き付けられる震動が体中を駆け巡った。

「うおう?!」

 俺は何とか体勢を保ち、なおも轟音が続く森の中へ走った。

 鬱蒼と木々が茂る先に、白い光が見え……


「おりゃああああ!」

「せいっ!」


 そこは、屋外の訓練場のようだった。

 広さは大体公立高校の敷地が六つほど収納できるくらい。

 山頂付近にある御池から流れてくる清水が河川を形成し、切り立った岩が組み合された石舞台があり、川の地形を生かして対岸と対岸を絶妙に繋いでいる。太い蔓を何本も縒り合せて作ったアスレチックのようなものや、住宅街を再現したような場所もある。

 短い芝に覆われた大きく開けた場所で、キララと泉水がドンパチしていた。

 キララはその小さな体からは想像も出来ない程大きな金槌を振り上げ、泉水はデッキブラシに大量の泡を発生させて応戦している。

 キララが量手に持った巨大な鈍器を振り下ろす度に、地面にはクレーターが形成されていく。

「なんの!」

 風を切る音から重いキララの金槌を、デッキブラシから溢れる泡が勢いを殺して、なかなか泉水に攻撃は届かない。

「いいぞー頑張れ二人とも~!」

 その様子を、徳利を抱えた京之助が酒の肴にし、章が二人の様子を注視しながら、分厚い記録帳に書いていく。柚が作り出した紐に繋がれた人形が、二人が戦う空間を四角く区切って、審判をしていた七瑚が俺に気付いてやって来た。

「おはよう。寝坊したでしょう、惇生。」

 腰に手を当てて七瑚は金魚鉢棒を俺の鼻先に突き出した。

「お…おはよう。いや、今日のことは何も聞いて……。」

 両手で金魚鉢棒を宥めながら、俺は冷や汗をかきつつも弁解したが、

「ふうん?昨日の夕飯の時、京之助の話をしっかり聞いていなかったんでしょう?」

と、七瑚は眼尻を吊り上げた。

 七瑚の吸い込まれそうな青い目に刺々しい光が出現し、俺は昨日の夕食の風景を大急ぎで思い出した。

 ―「ほんじゃあ、妖怪たちも多くなってきたし、明日は朝から酒盛りだ~!」

 ―「それを言うなら鍛錬!お酒でべろんべろんになるのは京之助だけでしょ?!」

 愛用の瓢箪を掲げた京之助に、キララと泉水と七瑚が三位一体となってツッコんだ場面が、海の底から現れた潜水艇のように、唐突に浮上した。

「あ……。」

「もー。」

 俺のひきつった顔を見て、七瑚はこめかみを抑えた。

 

 

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