第12話神々の集う夜
赤い提灯と、注連縄、鳥居で溢れた街の中央。他の社が人形の家のようにすら見える神社が建っていた。
社に行きつくまでに、三千段の階段があり、その上にどっしりと構える丹塗りの鳥居には「天照大御神」と彫られた石板があった。
旧都を形作っている核のような雰囲気と規模、社の荘厳さに、思わず手を合わせたくなる。
そんな最高神の社から北の方角、旧都の山間に同じような重厚な社があった。そこは「稲荷大社」だ。此方は千本鳥居が異彩を放つ。
透かし細工に彩られた、稲荷大社の神殿では、会議が開かれていた。
最高神天照大御神を始め、旧都におわす神々が勢揃いしていた。
老若男女に動物から付喪神に至るまで、賑やかな顔ぶれが、一様に曇っていた。
「今年の大祭は、催すべきだろうか…」
月の神月詠が、切れ長の目を悩ましげに細めて言ったのを、ロココ調のドレスを纏った富の神、富姫が、
「当然です!折角の稲荷の十一女美慈様の、成人祝いなのですから!」
と、声を荒げる。
しかしなあ、と付喪神の一人、雲外鏡が
「今年は、妖気が強まる百年に一度の大災の年でもある。大災の時は、悪路王や鬼神のお松達を称える祭りをしていただろう。今年もそのようにした方が……。」
旧都に住まう者の安全を守れると思うがのう。
雲外鏡の、失意の混じった暗い声に、ぼそぼそと賛同する声があちこちから上がる。
「だが、そんな理由で今年の祭りの主役を蔑にしていいものか。私達だって、一年ごとに祭りを催している。それが、大災の時期と重なっているという理由で……。」
五穀豊穣の神、ウズメが雀の翼をバサバサ振って反論する。
停滞した空気が漂う中、神殿の様子を、外から伺う者がいた。
水干に、狐のお面を被ったそれは、暫く会議の声に耳を傾けていたが、不意に立ち上がって、隠れていた灯篭の陰から走り去っていった。
夜の帳が下りる中、神殿からほど近い、お宮と繋がった五重塔のような大きな建物に、狐のお面を被ったものが入っていった。
最上階に、御簾と布で仕切られた部屋があり、手燭の明かりだけが闇を照らす中、
「只今戻りました。」
と、狐のお面を被ったものは跪いて、御簾の向こうにいる人物に声を掛けた。
「お父様たちはどんなことを話していたの?」
花のような柔らかい声は、夜空よりも暗く沈んでいた。
「矢張り、大祭について行うかを議論しておりました。」
かしこまって応じるお面の者の声も、失望の色は隠せなかったらしく、御簾の向こうから聞こえる溜め息に、
「申し訳ありません。」と返した。
「いいの。あなたのせいじゃない。」
御簾の向こうから、衣擦れの音がした。
明かりの乏しい中、御簾の向こうにいる人物の影が、辛うじて判別できた。
女房装束に、引きずるほどの長い髪。人の体のように大きい、三本に分かれた尻尾。
狐の耳。
「美慈様……。」
夜が静かに更けていく。
一方神殿では、
不毛の水掛け論に転機が訪れようとしていた。
「皆、神々であろう。出来る出来ないの二者択一ではなく、論点を見直せ。何とか美慈姫の成人を祝いたいからこうして集まったのだろう。そうではない者はいるか?」
落ち着いた紫色の直垂を着こなした、学問の神天神が、手に持っていた梅の枝を振った。
それまで、がやがやしていた神殿内が一瞬で静寂に包まれた。
天神の隣に座していた、巨大な狐の姿をした神、稲荷様がゆっくりと切り出す。
「多忙な皆にこうして集まってもらって、麻呂は本当に感謝しておる。麻呂の娘の祭りに、皆の知恵をお借りしたいのじゃが、いかんじゃろうか?」
その場にいた全員が、電撃に打たれたかのように目を見開いた。
その言葉に、一切の邪気がないことは誰もが理解できた。
そして、理解できたのが余計に、彼等の良心の呵責を引き起こさせたのだった。
「絶対に姫や住人たちの身が安全でなければ祭りをする意味はない……。」
「否、大災の年に絶対の安全はないのは周知の事実。」
「我々で警護するか?」
「警護して必ず何十人かは死人が出るのが大災だ。」
「どうする。」「どうするか。」
「大災の期間と、成人祝いの期間がかぶっている八月の十三、十四、十五日の警備を強化すれば……。」
「確かに。だが、さける人員が…。」
再び御通夜のような気まずい沈黙が神殿を侵食しかけた時、
「私の十二単が姫をお守りする役目と、街を警護する役目を担えばいいと思います。」
突然、神殿の隅から鈴を転がしたような声が上がった。
「夢観瑠幸世御神?!」
上座の方ばかりを向いていた神々が、一斉に神殿の入り口付近に顔を向ける。
豊かで艶やかな黒髪に、薄模様の十二単、白蝋めいた滑らかな肌。浮世離れした美貌に、周囲の全てが霞んでしまう。神々の中でも特殊な部類に入る夢観瑠幸世御神が、微笑む。
その姿は、千差万別の神々の中でも一際目を引く。
たおやかな動きで、前に進み出た美しい女神に、神々が言った。
「十二単を、神の護衛に使うだと?!」
「いや、確かにそうすれば、我々もあやかしたちの方に集中できる…」
「そうは言っても、人間だろ?十二単は。」
「無茶苦茶だ…」
疑心を隠そうともせず、口々に聞こえる非難の声を夢観瑠幸世御神は聞き流し、稲荷様の前に出て進言した。
「私の子供たちに、美慈姫を守らせては頂けないでしょうか。」
自信と信頼と確信に満ちた声には、十二単の面々に対する神の感情がこもっていた。
稲荷様は、ぽかんと開けた口を閉じ、それからしばらく考え込むような仕草をして、言った。
「それは、有難いことだが、大丈夫か。最近人手が足りていないという噂を小耳にはさんでいるのだが。」
心配そうな稲荷様に、夢と好きなものの神は笑い掛けた。
「御心配には及びません。つい先日、期待できる面白い子が新たに入りましたから。」
東の空が、白み始める。
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