第11話十二単として



 昨日までは、害虫を見るような目で俺のことを話していた街の人たちが、

「いいぞ鯛焼きー!」と言って、俺の背中を何人も叩いてきた。

 その時留守にいていた、赤ん坊のお母さんは、見ていた人たちの話を聞くなり、俺に向かって何度も頭を下げた。

 壊れた建物や、糸が絡まり合った路地を、七瑚とプシプシーナの水が元通りにしていった。騒ぎが収まり、

「あのさ……。」

 神社へ続く山道を七瑚と一緒に歩いていた俺は、たまらなくなって、声を掛けた。

「ん?」

 凛とした端正な顔だけをこちらに向け、俺より少し前を歩いていた七瑚は振り返った。

「この格好何時になったら元に戻るんだ?!」

 鯛焼きの紋様が丁寧に施された着物に、袴に、ついでに編上げのブーツ。

 今まで着ていた高校の制服は跡形もなく消えていた。

「十二単として力が開花した証拠だから、元着ていた洋服には戻らないよ。」

 帯の下に巻いた群青色の大きな布と、膝丈の女袴が七瑚の動きに沿って優雅に風を孕む。

「じゃあ今まで着ていた服は……。」

「惇生の部屋の中にあると思うよ。」

「転送?!」

 街から神社まで、徒歩で二時間近く掛かる距離を、神様とやらは余程暇なのか丁寧に衣類を転送するのが面白い。

「いやいや、空間の概念は何処に行った…。」

「空の向こうじゃないかな。夢観瑠幸世御神にかかれば、世界が丸ごと生まれ変わるんだから。」

 俺は思わず空を見上げた。そんな俺を見て、七瑚と宙に浮いていたプシプシーナは笑い転げた。空は、とこまでも高く澄んでいた。

 下駄の音をカランコロンいわせて、俺と七瑚は石畳の道を談笑しながら進んでいたところに、二人の小さな女の子が仲良く手をつないで歩いて来た。

「こんにちは!七瑚姉!」

「七瑚姉、こんにちは!」

「こんにちは、白鈴ちゃん、果鈴ちゃん。仕事?」

 尻尾を振りながら七瑚に駆け寄っていく二人の手には、それぞれ、「黄泉比良坂行」と書かれた短冊が下にぶら下がった提灯があった。

 一人はリボンが持ち手代わりになっており、一人は竿のような棒の先に提灯を提げている。

 八歳くらいの背丈に、くりくりした瞳、マロ眉、長い髪に程よい癖、大きめの犬の耳。

 白鈴と呼ばれた子は、全体的に白っぽく、果鈴と呼ばれた子は全体的に赤っぽい。

 双子と言った方がしっくりくるが、目元の形や耳の形が少し違う二人は、思わず頬が緩んでしまうほど愛らしい。

 女三人の会話に中々入れない俺だったが、意を決して、

「七瑚、この子達は?」

 と訊いた。すると、二人は同時に俺の方に向き直り、

「みちびき犬の白鈴だよ!」

「みちびき犬の果鈴だよ!」

 はじめまして!!

 元気に、ぺこりと頭を下げた。

「「滝の向こうから来た死者の人を、黄泉の国まで案内するお仕事をしてるの!」」

 ああ、可愛い。

「白鈴に果鈴か、よし覚えた!よろしくな。俺は惇生。」

 そう言った途端、二人は、俺の顔を見て、「あー!」っと声を上げた。

「お兄ちゃん、鯛焼きの人だ!」

「ほんとだ、鯛焼きの人だ!」

 さっき、街で見たよー!

 と続く白鈴と果鈴の言葉に、俺は驚いた。

「「かっこよかったー!!」」

 何だこの子達可愛い!!

 俺の脳天をハートの形をした矢が射抜いた。

「「十二単の人達、みんな優しいから大好きー!」」

 そう言って俺の周囲を飛び跳ねる二人を見て、七瑚が、

「惇生大人気―。十二単は、他の仕事の人達とも一緒に仕事をすることが多いから、自然と顔も広くなるの。」

 笑いながら解説する。街の人や今いる二人の反応を見て、十二単の仕事をしている人間は尊敬されているということがおのずと分かった。好きなもので、人の助けになる仕事。

 こんな素晴らしい職業が他にあるだろうか。

 白鈴と果鈴が、

「「夏は妖怪さんたちが羽目を外しがちになるから、お仕事がいつも以上に大変!」」

 と頬を膨らませて言う。

 八百万の神々と言うだけあって、毎日色々あるんだな。

「「今度惇生兄の作った鯛焼きが食べたーい!」」

 別れ際に、白鈴と果鈴がおねだりしてきた。

 今まで誰かに鯛焼きを作ってなんて言われたことがなかったから、俺は即答した。

「任せろ!!」

 惇生兄男前―!!

会った時と同じように、二人は仲良く手をつないで街に帰っていった。

二人の背中を見送って、俺は今までとは違う気持ちが体の芯から湧き出ている事に気が付いた。

 プシプシーナが、曲芸のように宙を舞うのを見ていた七瑚に、俺は言った。

「なあ、七瑚。」

「どうかした?」

「俺、ここでの生活が、何だか楽しくなってきた!」

 入道雲が、ゆったりと通り過ぎていく。


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