第93話 時間稼ぎ

 カヨは僕に小声で話しかける。

 その間に敵は仕掛けてくる様子はなく、こちらの出方を伺っているようだった。


「もう少し……ケディ達が離れるまで時間を稼いで」


「それじゃ敵も集まって来るだろ。僕たちは囲まれてるんだぞ」


「それでいいのよ。どうせアンタはあの女を倒して逃げるつもりなんでしょ?」


「ああ、そのつもりだ」


「でもそれじゃあ追手に背を撃たれるわ。だからここでまとめて迎え撃つ」


「そんな危ない事……!」


「危ない? とっくに絶対絶命よ。だから集まった所に私の全力の魔法をブチかます」


 戦いを避ける僕の考えに対して、カヨは対象的に派手で雑な殲滅作戦を提案していた。

 確かに成功すれば一網打尽で背も打たれない。


 ただ、もし失敗したら……いや、僕の策だってカヨの言う通り確実じゃない。あの女を倒しても背を撃たれる可能性高い。

 倒せずに戦ってる最中に囲まれればそれこそ最悪だろう。

 かと言ってカヨの火力に頼り切った短絡的な方法が良いとはとても思えない。


「あなたはすぐに逃げの一手で慎重すぎ。だから敵に舐められるのよ。ここは私に任せなさい」


「……」


「背追い込まないで下さい。ジンの不安も分かりますが、私はカヨを信じてあげてもいいと思いますよ」


 少し落ち着きを取り戻したセイナが優しく諭す。彼女はカヨの作戦に賛成のようだ。

 私の分までブチかましてくださいとまで言ってる。


 ……あのロボットと対峙した時と一緒だな。


「……わかったよ」


「よろしい」


 カヨはフンと鼻息を荒くしていた。そして対峙している女にガンを飛ばしていた。

 もう少し可愛らしくできないものだろうか?


「むしろ敵よりもケディ達が心配だわ、かなり大規模な魔法を使うから」


 この魔法少女が味方を心配する規模の攻撃魔法。

 一体どんな魔法を使う気なんだろうか……若干心配になってきた。


「だからギリギリまで時間を稼ぎたいわね」


「まあ言っても向こうから仕掛けてこないから、計らずとも狙い通りというか」


「敵が集まってきたら集中して詠唱するから、その時に妨害されないように相手の気を引いてて」


 コクリと頷き、敵……ラスタだと思っていた女に向き直る。

 燃え上がっている木々が灯火になりはっきりと姿が見えた。


 セイナと同じか少し上の年齢だろうか。鋭い眼付きの赤い瞳が不気味に映っていた。

 これまでのオートキャストギアを身につけていた連中とは違い、ギア頼みではない暗殺者のような戦い方している。

 残忍とも冷酷とも見える表情は今まで見せていた顔も演技だったと簡単にわかった。


 ただ僕らが話をしている間、特に何をする様子はない。

 完全な不意打ちを僕は加護の力で回避している。

 恐らく向こうも攻めあぐねているのだろう。


「相談事は終わり?」


「……ええ、ちょっとあなたに聞きたいことがありましてね」


「こんな状況で? 頭は大丈夫?」


「本当は今すぐ逃げ出したいんですが、逃してはくれないんでしょ?」


「まあそれもそうね」


 あの女は余裕を見せて対応している。

 僕に対しては殺しにかかっていると思うが、カヨやセイナの攻撃はのらりくらりと捌いて反撃が緩い。

 コイツらは魔力の高い魔法使いを捕らえる事を目的としている。

 彼女らをなるべく傷付けないように見えるのはそのためだろう。


 ガサリという音と共に、右側から灯りを灯した黒装束の人影が現れる。

 迷宮の入り口にいた男と同じ装いだ。

 いつかカヨを拉致した連中は装備がバラバラのゴロツキに見えたがコイツら服装がほぼ統一されている。

 帝国軍というのは間違い無いだろう。


「どうして僕らを……ヴィネルの街を襲うんですか?」


「どうしてとは不思議な事を言うわね。戦争とはそう言うものよ」


「この国……リオネス王国と帝国は和平を結んでるはず……」


「あははっ! 私らを帝国と知ってるなら話が早いでしょ。国が違うって事は滅ぼすか征服するか……和平なんて攻める準備をするための時間稼ぎよ」


 そう言い放った女は冷たく笑い、手にナイフを握り合図を送るようにゆっくりとふり掲げる。

 見回すと僕らは10を超える青白い灯火に囲まれていた。

 嫌な汗が背中を流れて心臓が高鳴る。


「ジン、やるわよ。詠唱が終わったらセイナは防御魔法を私たちにかけて」


 小声で僕に告げてカヨは背中に隠れ、寄り添ってきた。

 敵に詠唱を悟られ、邪魔されたら終わりだ。

 ここからは僕の立ち回りにかかっている。


 深い深呼吸の後に彼女はゆっくりと囁くように詠唱を始めた。

 その声は少し震えている。


『作りしは八つの世、その朝霧は濃く、深く……』


 この詠唱は……僕はこの魔法を当然知っているが、まだソレが発動した事を見た事が無い。


「さて、質問は終わり? こっちは準備ができたからそろそろ行かせてもらうけど」


 ーーバキバキッ!!!!


 そう言った女の横で木がへし折れ、見覚えのある大きなロボットが姿を現した。

 全身は泥で汚れ、所々に小さな凹みがある。

 これはおそらく生き埋めにした奴だ。


 あれだけの崩落で生き埋めにしても、あの程度のダメージしか与えられなかったのか……


「待ってください! その大きな……鎧の巨人は一体何なんですか!?」


「これは……何とか魔道兵器の何とかって言ってたかしら」


 女はパンパンとロボットを叩いて曖昧な説明をする。さして興味が無いと言った感じだ。


『……閉ざされた空には日が見えず、人が住うに値しない地……』


 そんなやりとりの間にゆっくりとカヨの詠唱は進んでゆく。


「第三世代魔道兵器エヴォルゲだ!」


「ああ、そうそう、それそれ。魔道技師の説明はどうも分かりにくくて覚えられないのよね」


 中に入ってる奴……声からするに男から訂正が入る。

 このロボットは“エヴォルゲ”という名前。第三世代という事は過去にも色々と試作を作っていたという事か?


「それでこの国を……リオネス王国を滅ぼすと?」


「まあそれは追々。取りあえず作ってみたこのオモチャと魔法使いの隷属戦術をこっそり試したくてこんな田舎街まで出向いてきたのよ。まあそれなりに良い土産ができそうなのは嬉しい誤算だけど」


『……我らが望むは霧闇を彼方へ払うひとたびの風……』


 僕の肩を掴むカヨの手に力が入っていた。

 彼女はロクに休まずに大きな魔法を連発している。

 もう少しで詠唱が終わる。


「良い土産とは?」


「あなた達魔族の事よ。もし大人しく帝国について来てくれるなら手荒な真似はしないし、歓迎するわよ」


 また“魔族”か……魔族を招き入れて何をする気だ?

 ただ手荒な真似はしないというのは分かりきった嘘だ。村人を皆殺しにした連中の台詞ではないし、アイツがさっきまで僕を殺そうとしていた。


 ……仮に本当だとしてもニールにあんな事をやった連中を許せない。


 ただ、カヨの詠唱が終わらない。あと一小節で完成するはずだ。

 彼女は僕の肩を痛いほど掴んでいる。


「……少し考えさせてください」


「いいわよ、こっちもあなた達を傷物にしたくないしね」


 相手のウソ、そして僕のウソ。本来ならば交渉にもならない状況だが、カヨとセイナを傷物にしたくないというのは本音なのだろう。

 そうでなければ問答無用で僕らは襲われている。


 後ろ見るとカヨは目を瞑り額に汗を浮かべていた。一昨日からずっと……戦っては休んで戦っては休んでの繰り返しなんだ。

 限界は近い、それかもうとっくに超えている。


 肩を掴む手に僕も手を添える。

 それに気付いてかカヨは目を開けてこちらを見た。


「頑張れ……帰り歩けなかったらお姫様抱っこしてやるよ」


「はっ、何よソレ。冗談キツいわよバカ」


 鼻で笑う彼女、表情が少し緩んだ。

 ちなみに横にいるセイナの方は口元をおさえてニヤけてる。


 カヨは大きく深呼吸しながらセイナにアイコンタクトを送った。

 セイナも頷いて大きく息を吸う。


『……原初の双神!狂飆の聲を聴け!! シナトベノイブキ!!!』


 詠唱が終わった。

 目の前に歪んだ空間が現れ、不気味な風が流れてきた。

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加護と呪いの輪廻 くらもろー @kuramorou

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