第092話 ラスタ

「見張りは崖の上にいて、その下を通ります。 見つからないよう、静かにしてくださいね」


 当たり前とも言えるラスタの忠告に僕は頷いた。

 下を通る、つまり上を取られてバレるというの状況は良くない。

 素早く抜ける必要が……


「待って下さい!」


 一歩踏み出した所で後ろから静止がかかる。

 声の主は助け出した女性の一人だった。やつれた表情は恐怖し、震えた手でラスタを指差している。


「い、今あの人の事を“ラスタ”って言いました?」


「ええ、この方はタイタ村に住んでるラスタさんですよ」


「タイタ村にいるラスタは私一人です……同じ名前の人もいないし、その人を村で見たことありません……」


「え? どういう……」


 僕が状況を飲み込む前に、加護の力が働き背面に危険を知らせる。

 振り向いた時には“ラスタだと思っていた女性”から、小さなナイフが投げられていた。


 ……仮にこんなナイフが防具越しに刺さっても死にはしない筈だ、だが加護が知らせる危険は最大級。


 ナイフを受けずに、反射的に身をそらせてかわす。


 続け様の攻撃、全く投げる仕草が見えなかったが加護が知らせるままに身を翻すと飛針が外套に刺さっていた。

 ナイフにも針にも何か塗られているのは間違いない。加護が知らせる危険が大きすぎる。


「へぇ……お人好しの間抜けだと思ったけど、その割には良い反応じゃないか」


 口角を上げてニヤリと嘲笑い、僕たちを冷たく見下していた。

 僕らが助けた女性はタイタ村のラスタだと名乗り、ラスタだと思っていた女性は僕を攻撃してきた……つまりアイツは帝国側の裏切り者。

 じゃあここに連れられてきたのは……


「風よりも速い体を!鎖を断ち切れ! アジリティーゲイン!」


 僕が逡巡する間に素早さを上げる補助魔法を唱えながら、カヨが物凄い踏み込みで斬りかかる。

 ラスタ……いや、ラスタだと思っていた偽物はひらりと捌きながらながら手をかざした。またあの不快な音が森に響く。


 ーーキュィン!!キュイイン!!


 両手から火球や火柱が放たれる。


「っく! このッ!」


 アレは敵だと認識した時、僕は自然と矢を手に取っていた。

 移動してカヨを射線から外しながら引き絞り、膝をついて狙いを定めた。


「カヨ!」


 僕の声に反応してか、カヨは素早く敵から離れた。


 隙をついた死角からの一矢を放つも、パンッと乾いた音と共に矢は弾かれてしまった。

 マントではっきりとは見えないが間違いない。ラスタだと思っていた女は帝国の装備を身につけている。

 

 僕の攻撃をものともせず、敵は炎は周囲の木々を燃やしている。最初から魔法はカヨを狙っていない。周囲の適当な木を狙っていた。

 これは居場所を知らせる為の狼煙として放ったのか?


「まさかラスタちゃん本人が居るとはねぇ……本当はもうちょっと引き込めれば楽に始末できるはずだけどさ」


という事は僕らは騙されて敵陣に引き込まれていたのか。

たまたま助けた女性に身分を偽っていた本人がいて、ここで発覚しただけ。


ラスタだと思っていた女はタイタ村の調査を依頼していた。

つまり冒険者を引き込んで罠にハメるつもりで、最初に依頼を受けたニールのパーティーも……


「……もしかしてニールを襲ったのも!」


「ニール? あー……あの優男か。最期までセイナ、セイナってアンタの名前を呼んでたわ。 フィラカスの死体まで大事に背負っちゃって気持ち悪い」


「お、お前……!! 火炎よ焼き払え!ファイアーボルト!」


 セイナは火球を放って女に攻撃をするが、難なくかわされてしまう。

 カヨの加速した斬撃も捌ける相手だ。攻撃役ではないセイナでは苦しい。


 ーーバキバキッ!


 遠くで木々がへし折れる音がする。周りに点在していた青白い灯りはこちらに着実に近づいていた。

 僕らは敵陣におびき寄せられ片足を突っ込んでいる。今はこの女に構っている状況ではない。


「ケディさん! 彼女たちを連れて山を下ってください! まだ囲まれてないはずです!」


「お前はどうすんだ!?」


「ここで食い止めてすぐ向かいます!」


「……死ぬなよ!」


 ケディと助けた女性達はすぐに敵のいない方へ駆け出した。

 ここに敵が集まってくる。少なくとも彼らを庇いながらの戦闘は無理だ。包囲される前に離脱してもらうしかない。

 この場に残ったのは戦える僕とカヨとセイナの三人。


「それ、私が見逃すとでも?」


 ーーキュイン!!


 対面している女が背を向けて走るケディに次々と火球を放つ。


 大丈夫だ、この攻撃は予想していた。そう言い聞かせて僕は首切丸を抜いた。


 刀身に描かれた魔道具の回路が青く光って軌跡を残す。

 この刀の回路は触れた魔法を破壊して霧散させる。

 それに加えて僕は加護の力で攻撃の軌道を正確に予測できる。

 ちょっと熱いのを我慢すれば、火球を切り落とす事は容易い。


 女の前に割り込んで僕は火球を処理していく。


「っち……お前には用が無いのに……めんどくさい」


 女の左手が少し動いたと思うと、ゾワっと背筋が凍った。

 火炎で目を眩ました所への飛針を投げていたのだ。


 ーーこれは後ろにやってはダメだ!


 外套ではたき落として対処する。

 ギアから出る火球とは段違いの危険度。この攻撃だけは慎重に避けなければならない。


「立ち昇る豪炎よ! その灼熱で天を穿て! ファイアーピラー!」


 初めて見るセイナの火の中級魔法。彼女は攻撃魔法を殆ど使わず、防御や回復に回ることが多い。

だが魔法の素養もあり魔力は高く、いつか見たリッチの同じ魔法よりも大きな火柱が上がる。


しかしこのファイピラーという魔法は前進速度が速くない。正面から放てば避けやすく、足止めをするか不意をつかないないと当てるのは難しい。


「おっと、フィラカスの彼は行っちゃったよ。一緒じゃなくていいの?」


 軽口を叩かれながら敵にかわされていた。

 

 さらに攻撃魔法の詠唱に入るセイナ。完全に我を忘れている。


「セイナ!落ち着いてください! 魔法単発では当てることができない!」


「うっ! でも!」


 僕はセイナの前に立って詠唱を止めた。それにあの女がワザと挑発して無駄打ちを誘っているようにも見える。

 加速したカヨの攻撃も捌く相手だ。生半可ではなくちゃんと攻撃を当てる段取りを考えなければならない。


 一方で帝国の青白い灯りはこちらに集まってくる。


 時間も敵だ、囲まれる前にさっさとケリをつけて逃げないと………

 敵は帝国製のギアを身につけているのは間違いない。


 あの防御魔法をブチ抜くには僕の首切丸か、カヨの強力な攻撃魔法のどちらかが必要だ。

 セイナには攻撃魔法では致命打にならないと思うが、隙を作れれば一撃を入れやすい。


「僕が先に飛び込む。カヨとセイナで左右から狙い撃ってるか?」


 幸い、あの女の攻撃は僕も捌けている。

 近づいて左右からの魔法を避けたときに首切丸で……


「待ってジン、そんな雑な作戦よりも私にいい考えがあるわ」


「いい考え?」


 言い方の問題だろうか、嫌な予感がしないでもない。

 というか雑ってなんだよ。

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