第091話 巻き沿い

「魔法自体は間違いなく成功して発動しました……ただ、それと同時にジンがニールの上に倒れこんでしまい……」


「それで巻き込まれたと?」


「おそらくは……」


 コクリとセイナが頷く。


 な、なんという事だ……もしかしてさっきの悪夢もそのせいで……


「分け合った割にセイナとニールの魂はあまり減ってるようには見えないの。その代わり、あなたの魂が少し減ってるわ。少しだけ。ほんの少し」


「ほんの少し……」


「そのうち元に戻るわ。きっと、多分」


「元に戻る。多分……」


 目線を反らせたカヨの歯切れの悪いフォローが入る。

 ほんの少しってどのくらい? ねえ、どのくらいなの? ってかホント元に戻る?


「ジン、カヨ。本当にありがとうございます。この恩は……」


「ううん。いいのよセイナ、これでニールが助かったんだから。私だってセイナに何度も助けられたわ」


「カヨ……」


 待て、美談に持っていこうとしているが本当にいいのか?

 僕は魂だか寿命だかが減った上に、覗きがバレてブッ刺される経験までしたのだ。


 横でスヤスヤと眠るニールに怒りを覚えてくる。元気に起きてたら右ストレートをぶちかまそう。


 僕は無意識に拳を握りしめてシャドーを始めていた。

 魂だか寿命だかが減ったらしいが、踏み込みも握力も問題ない。このクソ野郎の細い顎なんざ一撃で叩き割ってやるぜ。


「あとジン、もう一つ……ニールが助かった事で、私の”呪い”が……」


 カヨが胸を押さえながら耳打ちをした。

 彼女の呪いは【幸運がある度、不幸が訪れる呪い】という下手すれば命に係わる呪い。


「……そうか、分かった。なるべく傍にいろよ」


「うん……」


 横目でセイナがあらあらと口元を緩めて煽っていたような気がするが、見なかったことにしよう。

 まあ、これでニールが無事なら後は帰るだけ。


 だが一息つく暇も無く事態は変わった。

 助けた女性の一人が大慌てでこちらに向かって走ってくる。


「麓から灯りがっ! こっちに!!!」


 近づいてくる灯りは複数、この山頂の出口を囲むように迫っている。

 青白い光は帝国製のランタンだろう。

 否応なし追われている立場を思い知らされ、ゾワリと背筋が凍る。


「ジン、斥候のお前が先行してくれ。ニールは俺が背負って行く」


「助かります」


 ケディの申し出はありがたい。人を背負っての斥候行動は非常に難しい。

 まだ目の覚めないニールを置いていくわけにもいかない。荷物を最小限にしてケディがニールを背負って準備する。



 今夜は闇夜。相手の灯りが見えるならば、灯りが無い所を選んで進めば出会さないはずだ。



 …………



 タイタ村へは少し遠回りをするルートとなるが、接敵を避ける為には仕方のないことだった。

 急いで移動して魔物に囲まれてもダメだ。

 時折聞こえる魔物の鳴き声。この辺に出るウェアウルフの遠吠え。


 轟音もこだましている。

 帝国の追手は魔物を蹴散らして僕らを探しているようだ。

 逃げている僕らは魔物と戦闘して派手に音を出すわけにはいかない。


 帝国と魔物、双方を避けながらの下山は非常に神経をすり減らした。


 当然、僕だけではなくほかのメンバーも疲弊している。

 そんな状態で何とか見つからず、追手の横をすり抜けようとしていた。



 ーーガサッ



 不意に前方の木陰が揺れた。

 僕はパーティを止め、腰を落とし弓矢を構える。


「待って下さい!」


 前から聞こえたのは女性の声だった。


「あなたは確か……ジンさん?」


 両手を上げて木陰から姿を見せたのは、軽装で赤い癖っ毛の二十歳過ぎに見える若い女性。

 ギルドにこの村の調査要請を出したタイタ村に住んでいるラスタだった。

 彼女とは一度、北壁の迷宮で出会っている。


 後ろからケディが声をかけた。


「おお、アンタは無事だったのか」


「はい、何とか……申し訳ありません。私の依頼でこんな事になって……」


 ニール達のパーティーは敵に襲われた時にバラバラに逃げたらしい。ガイドをやっているラスタは何とかやり過ごせたようだ。


「皆さんも逃げている最中ですか?」


「ええ、皆疲弊しているので一度身を隠したいのですが……」


「もう少し下った場所に私が使っている洞窟があります。そこで休みましょう」


 そう言ってラスタは森の中へ入った。彼女は特に警戒もせず勝手知ったる庭のように雑談をしながら進んで行く。


「ジンさん達はなぜここに?」


「師匠……ニールを助けに村の調査の依頼を受けました。村の方はもう……」


「言わないでください。今は生き延びる事が大事です」


「……そうですね」


 彼女は立ち止まり目元を拭う。

 村は悲惨な状況だった。恐らく彼女の家族や仲間も無事ではないだろう……


「もうすぐヴィネルの街からの派遣があるはずです。それまで頑張りましょう」


「へぇ……どのくらいかかりそうですか?」


「明日、明後日にはくると思いますが」


 ラスタは立ち止まり少し考える素振りを見せる。


「どうしました?」


「あ、いえ……それまで食料が持つかなって」


「こっちも多少は手持ちがありますので……ラスタさん!前に敵が……!


 前方に青白い帝国製ランタンの光が見える。


「あの横を抜けないと洞窟へは行けません。大丈夫、見張りの傍を抜ければいいだけです」


 最悪、バレたら騒ぐ前に仕留めるしかない。

 今までもそうやってきたんだ。ここで立ち止まっても好転しないだろう。

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