第77話 運命改変者~シスターズ・インテルルディウム~

「本当に、今で良いのですか?お姉さま……」


 遠慮がちに私の部屋に入り、長椅子に座っている私の隣にカタリナが腰をおろす。

 溜息をつくような声だった。


「うん」


「でも、今のお姉さま……」


「いいの!今じゃないといけない!……ルベルストラを初めて着た今じゃないと……!」


 私は『日記』を抱きしめて唇を噛んだ。


 皇帝拝謁はロベルト帝がわたしの中に真実を見たと言ってくれて成功に終わったけど……そのあとにカタリナから渡された『日記』


 そこには私がカタリナならけして許せないようなことが書いてあった。


 私が大公に話した予想とはまるで違う___ルツィアが血の操り人形ではないか___ということ以上の残酷な日々が。

 

 本物の黒薔薇姫エーレンは暗愚なんかじゃなくて、この国を救い続けてきた英雄だった。

 ……それを誰にも気づかれず、売国姫黒薔薇と罵られることを自分でも知りながら。


 そう。カタリナが渡してくれたのは本物のエーレンの日記。

 カタリナが何度も口にしていた『あの方』は本物のエーレンのことだったんだ。


 そこに書いてあったのは乙女ゲームがハッピーエンドを迎えたその後を知ってしまった皇位継承者の覚悟__。


 ゲームの『白薔薇の帝国』では、どのグッドエンドでもカタリナは確かにルツィアに勝って島流しにする。そしてゲームはめでたし、めでたし、で終わる。


 でも、ルツィアは改心したふりをしただけだった。サキの予想は当たってた。


 数年後、さらに力を蓄えたルツィアは大群で帝国に押し寄せ、カタリナ帝を擁した平和主義のヤルヴァ帝国はあっという間に陥落する。

 

 そしてルツィア帝が即位し、ヤルヴァの民には圧政を、周辺諸族とは戦いを繰り返す先軍主義を掲げるようになる……まるで悪神イハがヤルヴァへの復讐のために蘇ったように。


 どうしてそんなことを本物のエーレンが知っていたかって?


 彼女にも『神の血』は色濃く受け継がれていた。


 エーレンはヨンナの血を引くヤルヴァ帝国の皇女に時折現れる、女神ヨンナの記憶継承体だった。


 ただ本物のエーレンのそれはとても不完全で、ルベルストラを身に着けることもできないし、ヨンナのすべての記憶も受け継げていない。このままではルツィアと戦えない、それに戦いなんて嫌い、と『日記』の中で嘆いていた。


 けれど放っておけばまた戦乱の時代が来てしまう。


 ならば、と本物のエーレンは綴っていた。


 完璧なヨンナの記憶継承体でない自分でも最大限の力を放出する瞬間がある__それは死ぬとき。

 そのときならば、運命を変えることはできなくても時を巻き戻すことだけはできる、と。


 その力を利用して、彼女はルツィアの陰謀を知ってから自分が刑死するところまで何十回も時を巻き戻し続けていた。

 目的はひとつ。

 幾重にも重なった世界の中にまだいるはずのヨンナの完全な記憶継承体を探し出すため。完全な記憶継承体ならルベルストラを身に着けルツィアと戦うことができるから。


 そして彼女は死にかけていた私を見つけ、この乙女ゲームの___彼女たちには現実の___世界へと転生させた。


『もう一人の黒薔薇へ

 わたしはあなたの運命を歪めてしまいました。

 赦してください。

 最後の我儘です。どうかこの国を守ってください。それができるのはあなただけなのです』


『日記』の最後に震える字で書かれた言葉。


「エーレン……許してなんて……それを言うのは私……命、助けてもらって……」


 無限に死に続ける苦痛、本当に完全な記憶継承体に出会えるのかという迷い、もうやめたいと涙で滲んだ少女らしい文字。


 でもやりとげたエーレン。


 そのエーレンの代わりに生き返れた私。


 涙が頬をつたっていくのは悲しいからでも寂しいからでもない。


 戦いは嫌いだったとしても、心はこんなに強かった人が無能だと思われ、ゲームの中ではただのモブとして死んでいく。それがただ痛ましかった。


「カタリナは……最初から全部知っていたのね」


「……はい。わたくしは『神の血』の『管理人』ですし……お姉さまが処刑されずに時が進みましたから……それでもわたくしは『観察』を続けていました……転生が成功したか半信半疑でしたし……真実だとしてもこのヤルヴァ……『神の血』にふさわしい方か……」


 こくっとカタリナがうなずいた。その目尻にも涙が光っていた。


「私を憎んでいいのよ、カタリナ。私は死にかけたところをあなたのお姉さんに助けてもらった___体も何もかもそっくり奪った……」


「いいえ!いいえ!違います!あなたもまたわたくしの大切なお姉さま!こうしてお姉さまの体の命を繋ぎ」


 カタリナの華奢な手のひらが私の頬に当てられる。


「その名誉を守ってくれたお姉さま……!

 異世界からのただの客人だと……そう思おうとしていましたが……サキさんのあの力……ルンドヴィスト侯爵の様変わりした威厳ある戦いざま……悲しむだけのはずだったわたくしたちのの運命を変え続けてくださり……それになによりお姉さまの想いを継いでルツィアお姉さまと命を懸けて戦ってくださっていること……関係のない世界のことであるのに……もうわたくしには本当のお姉さまと同じですわ……」


「カタリナ……」


「お姉さま、わたくしたちはこれまでも、これからも、ずっと姉妹です。どうかそれを忘れないでくださいまし……まだ、お話ししていないこともあります……でもそれは……時節がくればきっとお話しいたしますから……」


「ありがとう……カタリナ」


「……妹と呼んでくださいまし、お姉さま」


 カタリナが濡れた目のまま微笑う。


 その肩をぎゅっと抱きしめて、私はもう一度繰り返した。


「ありがとう……私の妹……」

「はい。お姉さま……」

「なんか変な感じだね」

「そうですわね……」


 私とカタリナは顔を見合わせてくすくすと笑いあう。

 

 ヨンナの記憶はまだ私にもほんの少ししか戻っていない。


 でもそんなことよりもっと大事なことが今日は起きた。


 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、私は今日、異世界に家族ができました。

 

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