第76話 運命改変者~天啓聖典~
「お父様、お話したいことがあります」
ゲームでは何度も入ったけど、この世界に来てからは初めて入った謁見の間。
皇帝と正式に話すイベントが起きるたびに通されていたから慣れてるはずだけど……実物を見ると圧迫感ハンパない。
高い天井の白一色の部屋。よく見るとその白い壁にはびっしりと細かい彫刻が刻まれていて、そのいちばん奥の一段高い場所に、ずらりと並んだ衛兵さんに守られて金の玉座は据えられてる。
色のない部屋の唯一の色が、まぶしい。
そして、私が玉座に座るロベルト帝に平伏しながらそう言うと、ロベルト帝はいつもの言葉を返す。
「私に頭を下がるな、エーレン。この国で私に頭を下げる者にそなたは含まれていないと何度も言ったであろう?
……エーレン。栄光あるヤルヴァの次の頂点よ」
「けれどお父様……」
説明しなきゃいけないことはたくさんある。
私は運よく無事だったけど、私のために戦ってくれた人たちに、私を戦地に追い込んだなんて誤解を背負わせるわけにはいけない。
女伯たちの行動も正しいんだと知ってもらわなきゃいけない。
仲間を守る。自分が盾になっても。
これって女帝としては間違った考え方かもしれない。
ってか、普通に間違ってるのくらいは私にもわかるよ?
私がいなくなったらこの国はもっと混乱しちゃうんだから。
でも今の私は戦姫エーレン。
ロベルト帝とカタリナがいる限り、私はまだ、ただ戦う刃のままでいられるから。
「私は頭を下げるなと言っているのだぞ?
そなたが言いたいであろう話はボレリウス宮中伯と大公より聞いた。そなたが『選ばれた』のか……そしてルツィアは選ばれなかった……」
すっと近づいてきた衛兵さんが私の体を両脇からそっと立ち上がらせる。
すると、ため息をつきながらうつむいて首を振っているロベルト帝の姿が見えた。
本当のお父さんじゃないってわかってるのに、お父さんって、慰めたくなった。
大公にとって薔薇姫三姉妹が孫のようなものと同じ……ううん、実の娘な分もっと、いまのロベルト帝はつらいはずだから。
だってほんの少し前まで家族としてくらして、ご飯を食べたりして……それが突然、姉妹同士が戦い出し、父の国まで奪おうとして……。
そのとき、すい、とカタリナが私の横に立った。
「お父様、今は嘆くときではありません……ルツィアお姉さまが世界を壊そうとするのならば何をもってしても止めなくては……お父様もお姉さまも最終的解決をためらうのなら……最期はわたくしが……!
神の助力とあの方の願いを無駄にせぬために!」
そして今までのカタリナからは想像もつかないような凛、とした口調で言い放ち、そのままじっとロベルト帝を見つめる。
まるで、『白薔薇の帝国』のカタリナのような顔で。
「お父様……どうかお姉さまの鎧に触れてくださいまし……ヤルヴァの家にはかすかですが始祖の血が残っております……直系のお父様ならば触れれば……」
「わかるというのか」
「はい……どうぞ『語り部』と『管理人』が偽りなくお父様にお話をしていることを確認くださって……神を偽ることだけは誰にもできません……ただ、神を探り遠くまでは行かないでくださいまし……お父さまとて戻れなくなります……。
この国でいま神を正しく受け切れる器はエーレンお姉さまだけです……」
「カタリナ」
顔をあげたロベルト帝がほんのすこし微笑う。
諦めを含んだ、悲しいものだったけど。
「はい……?」
「そなたも……そなたも、姉たちと同じ薔薇姫であったのだな……」
「はい……わたくしのこの身、この国とお姉さまを守るために……それを教えて下さったのはお姉さまですわ……」
カタリナの目線が私に移り、そしてロベルト帝へとまた戻った。
「お姉さまが黒いいくさの女神となるのならば……わたくしは『調停者』……御言詔持(ミコトモチ)としてお姉さまに仕え……かの青薔薇姫アウリ様のごとく……いくさ以外でお姉さまをお支えします……」
「ミコトモチ?」
ゲームでも現実でも聞いたことのない言葉に思わず私は聞き返す。
するとカタリナはふわりと微笑んだ。
カタリナの部屋で見たのと同じ、強いけれど優しい笑みだった。
「神の言葉を伝える巫女のようなものです……。
ようやくわかりましたの……わたくしはそのために産まれて来たと。だからあの方はわたくしに『日記』を託してくださったのだと。お姉さまは、わたくしの運命も変えてくださいましたのよ。
さあお父様、悲しむだけの運命を変えに来てくださったわたくしたちの始祖、踊るように戦場を駈ける黒の舞い手にお手を触れてくださいまし……!」
ロベルト帝が初めて玉座から立ち上がる。
その瞬間、衛兵たちでなくカタリナも大公もヨナタンも平伏した。
『この国で誰にも頭を下げぬのは私とそなただけ』
ロベルト帝のいつかの言葉が頭の中でわんわんと反響する。
そうか。私は黒薔薇姫エーレン、ほんとにこの国の次の皇帝になるんだ。
今まで『そうなる』とはわかってたけど、わかってただけでリアルじゃなかったことがくっきりと形になる。
ぞくぞくするその感覚。
でもそれを処理する間もなく、ロベルト帝の中指と人差し指が私の肩に触れた。
あ、まただ、自分の中を風が吹き抜けていく感覚。
でもさっきと違って痛みも怖さもない。
ただただ無性にあの青空が懐かしくて……どうして?胸が締め付けられる……!
『助けてあげたい』
それはいつも聞こえていたあの子の声じゃない。
私の心の底から不意に湧きあがった思いだった。
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