第75話 運命改変者~黒の舞い手~
私はカタリナの部屋で首をかしげていた。
※※※
『カタリナ、やっぱりお父様に話をしてからでないと……』
とりあえずカタリナにざっと仲間たちの説明をして、ロベルト帝に会いに行こうとしたのを押し留められ、私は眉を寄せる。
異変が起こったとはいえ、皇帝の許可なしに帝国守護騎士団と大公の兵が動き、ルンドヴィスト家の弓矢が空を埋めた。
騎士団はまだいい。私が命令してたんだから。
でもルンドヴィスト侯爵はヴィンセントから指示を受けて参戦したと言っていた。
皇帝直下の地でこれはちょっとまずい。
そんなつもりはなくても反乱の意思があるとみなされちゃうかもしれない。
だから私がフォローを入れないと……それに、何と戦ってきたのかも、もう私の口から言わなくちゃ。
騎士さんたちにあれだけの損失を出したんだもん。これはもう私闘じゃない。
宣戦布告がなかったとしても、ルツィアが始めた正式な戦争だよ。
『いいえ、いいえお姉さま……危急のときでございます……万が一ルツィアお姉さまに『神の血』を奪われたら……』
『でも、私は部下の面倒を最後まで見るって決めてるの。侯爵に弓を射るよう命じたのがヴィンセントならその釈明もしないと……』
『ご安心めされませ。いまごろはボレリウス伯が薔薇の伝承をお父様たちに語っていることでしょう』
『ヨナタンは家の事情であまり薔薇のことは知らないと言ってたけど……』
『いいえ。伯の家は語り部の家。語るべきことしか知らないだけなのです……不意に選ばれる管理人とそれを疑う者に伝説を話し、伝説そのままの『遺産』を身に纏う者こそが真に選ばれし者であるということを証明する『語り部』なのです……伯の家は。ご自身に自覚はないようですが……これもすべて『遺産』を公平に運用するため……。
ですからお姉さま、語り部の言葉が嘘にならぬよう『神の血』を受け継ぎ、その姿でお父様たちのもとに向かってほしいのです……』
※※※
うーん、と思いながらついてきたけどたどりついたのはいつものカタリナの部屋。
え、ここ?ここに『神の血』が?
背後のドアがかたんと閉まる。
そのドアはカタリナが『わたくしの腕』と呼ぶ騎士さんが守ってる。
でも、ここ、ただのカタリナの部屋だよね?ゲームではカタリナがヒロインだからここが拠点でセーブやステータス確認にずっと使ってたけど、そんな隠し要素はなかった……はず。
「お姉さま?」
「あ、は、はいっ」
「どうしてここに……とお思いでしょう……?
けれどお姉さま、お姉さまの手と同じくわたくしだけが開けられる扉がありますの……ほら、こんなふうに」
カタリナがてのひらを部屋の真ん中の何もない場所にかざす。
シュン、とかすかな音と柔らかい光。
え?え?え?
目の前には突然現れた一枚の壁とそこについた扉。
「わたくしは『観察者』で『管理人』……誰にも渡せないものはすべてわたくしの中にしまっております。ですからわたくしはこれまでは自身が皇女であることで安心をし、今では恐れるようになったのですわ……ルツィアお姉さまを
だってもしそれに気づかれてわたくしがルツィアお姉さまにさらわれても、わたくしには戦う力がありませんもの……」
切なそうな笑みを浮かべながら、カタリナは半分透けたドアノブに手をかけた。
「おいでくださいまし、お姉さま……『遺産』の中へ」
静かな声で促され、普通の扉より少しだけ高い位置にある扉の中へ私も入っていく。
すごい、心臓ばくばくいってる。
もうこんなの、私の知ってる乙女ゲーム『白薔薇の帝国』じゃない。そのヒロインだったカタリナじゃない。
でもカタリナが平然とした顔をしてるなら、私も平気だよって顔をしてないと!
かたんと音を立てて背後の扉が閉まる。
また心臓が跳ね上がったけど、私は必死で押しとどめる。
そこは思っていたより殺風景で狭い場所だった。
磨かれたように真っ白な床と壁。
そして……正面には黒いミニドレスのようなものが宙に浮いていた。
……もうこの程度じゃ驚かなくなってきた自分を褒めてあげたい……。
「お姉さま、これが始祖ヨンナの『神の血』です……」
私はカタリナの意外すぎる台詞に言葉を失った。
だってこれの、どこが?
よく見れば、ミニドレスじゃなくて硬い小さな真珠のようなもので編み上げられた甲冑みたいだけど……でも、短い裾も、タイトで可愛い女の子らしいデザインも、甲冑にしては中途半端。
まるでお飾りのお姫様が身に着けるよな……。
「そんなお顔をなさらないで……。これは始祖ヨンナがかつての戦いで使った鎧……ルベルストラ……いまではこの世に存在しない石で織り上げられています……羽より軽く……岩より硬い……何より、この黒こそが『神の血』の証……始祖ヨンナの最期の血にくまなく浸され……長い年月の間に鎧は赤から黒へと色を変えたのですわ……。
さあ、近くでご覧になって。お姉さまならおわかりになるはずです」
カタリナが時折見せる、穏やかだけどきっぱりと決意に満ちた笑み。
それを浮かべながら、カタリナはとん、と私の背を押す。
つられて、私が足を一歩前に踏み出したその時。
『ここまで来てくれてありがとう』
いつもの少女の声とともに、ざわっと音がするような勢いで私の体を風が強く吹き抜けた。
何かが押し寄せてくる___!!
それは私の中ををいっぱいにするイメージだった。
青い空と草原。
剣を手に弾けるように笑っている黒髪の少女。
同じように笑い声をあげている傍らの誰か。
まるで光が溢れるような光景。
これはなに……?!
『やっと』
『会えた』
『あなたなら』
『みんなを』
『守って』
『あの子を』
『助けて』
『お願い……!』
強く頭に響く少女の声に私はおもわず目を閉じる。
あなたは誰?
私に誰を助けてほしいの?
教えて!!!
叫ぶ声は音にならずに喉の奥に消える。
どうしてなの?声が出ない!
頭も痛い!すごく、すごく!
こんな痛みはじめて!内側から骨が割れそうな……あ、もうダメ……これ以上……。
気を失うかと思ったその時に、私の中のノイズは唐突に消えた。
「よかった……試練を乗り越えられましたのね、お姉さま。
ここに再臨し黒の舞い手に、青薔薇姫カタリナは心より感謝申し上げます……」
そう言って、いつの間にか『神の血』___ルベルストラ___を身に纏っていた私に、カタリナはにっこりと微笑みかけた。
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