第74話 運命改変者~青薔薇姫の誕生~
「もうよろしいのですか?お姉さま」
ガタイのいい騎士さんたちに次々と丁寧に挨拶され続け、所在なげに立っていたカタリナが私を見てぱっと表情を明るくする。
わかるよ……あれ、悪気はないんだろうけど居心地悪いよね……。
姫!姫様!の連呼で耳から脳がゲシュタルト崩壊なんてありえないことが起きそうになるよ……。
「うん。話はつけてきた。あれ、アガタ女伯は?」
「女伯は施療院の設営へと急がれて……あの方もお姉さまの同志らしい、とても良き方ですわね……」
「ありがとう。仲間はまだいるんだけど……」
カタリナが前にしたように、私の唇の前に「しっ」と細い人差し指をかざす。
「ありがとうございます……でもお聞きするのは『神の血』の継承が終わってから……。今日のことではっきりわかりましたのよ……あれはけしてルツィアお姉さまに渡してはならない……」
え?
カタリナの言葉に不意に覚えた違和感。
「ちょっと待って。ふさわしくない人間には扱えないんじゃなかったの?それって?」
「お姉さまのおっしゃる通りですが……先程の空の色、わたくしも見ておりました……。
あれを作り出したいまのルツィアお姉さまなら……力尽くならば扱えるはずです……けれど……それは正しくない形です……わたくしはそれを恐れています……無理やりに従えれば……また運命を歪める……」
「また?」
ずっと『観察』してきたカタリナが怖がるほど大きくなっていたルツィアの力。
でもそれより私が気になったのは……。
『また運命を歪める』
その一言だった。
カタリナもルツィアと同じようなことを言っている。
2人には同じものが見えてる。
私には見たいのに見えないものが。
「はい……もう隠すこともありませんわ……あの方の『日記』をお読みになればお姉さまが持っているはずの疑問も、おそらくほとんど消えるはず……。
わたくしは本当は……真実を知りながら、お姉さまが苦労なさっている間、ただ『観察』をしているのは心苦しゅうございました……ごめんなさい」
カタリナの細い綺麗な眉がひそめられる。
とろけそうな緑の瞳は今にも雨が降りそうに悲しそうで……。
「気にしないっ」
だから私は、知っているなら早く話して、と問い詰めるかわりにカタリナの肩を叩いた。
「お姉さま……?」
カタリナが首をかしげる。
「それがカタリナの役目なんでしょ?カタリナは立派にそれを果たしたってことでいいじゃない。アガタ女伯も女の戦いなんてかっこいいこと言ってたし、カタリナはカタリナの戦いをしてただけだもん。
体の痛みより心の痛みの方が軽いなんてことないよ。痛いのは、みんなおんなじだよ」
これはお世辞じゃない。
戦い方はそれぞれ。
私は銃と剣で1人でルツィアに勝ってやるって思ってたけど、いろいろな人に助けられて……戦うってそれだけじゃないし、それだけじゃできないんだってわかってきたから。
今回の戦いだってそう。
私のために黙って舞台を整えてくれていたヴィンセントとヨナタン、弓と剣で直接援護してくれたルンドヴィスト侯爵とイルダールたち帝国守護騎士団、でも、それだけじゃない。
アガタ女伯、パルメ夫人、それにカタリナ。
それぞれがそれぞれの方法で静かに戦ってくれてた。私のために。
それってすごくありがたいことだよね?
「お姉さま……」
カタリナがふわりと微笑う。
そして、今日も綺麗に結い上げられた銀髪に散りばめられた宝石の中から、黒い宝石を指さした。
「黒薔薇……お姉さまの色ですわ……。わたくしはとてもお姉さまのように強くはなれないでしょうけれど……自分への戒めのために……それに、それでもわたくしは自分の色を決めましたのよ……」
それから、カタリナはまた違う場所を指さす。
そこには青い薔薇をかたどったいくつもの宝石が銀色のチェーンで繋がれ、カタリナの髪を王冠のように取り巻いていた。
「わたくしは白ではなく青を選びます。
お姉さまにあの方の『日記』と『神の血』をお渡ししたあとは僭越ながら……かの名高き青薔薇姫アウリ様のような戦わぬ戦い方をしていきたいと……見ているだけの『観察者』から武器を持たぬ懸け橋となる『調停者』としてできるだけのことを……」
不意に、カタリナの手が私の手を掴む。それから真正面から私の顔を見つめて、今まで見たことがないような鮮やかな笑顔を浮かべた。
見てる私まで、嬉しくなるような。
「この勇気をくれたのはお姉さま。どんなときにでもまっすぐなお姉さまがわたくしにも勇気をくれましたの……。あの方のように運命と戦う勇気を……。
有難う御座います。お姉さま」
あ、この顔、この台詞、カタリナが『白薔薇の帝国』の中で「戦姫、白薔薇姫となります!」と宣言してヒロインとして覚醒したときとよく似てる。
でも違うのはその視線にあるのが、何かを覚悟した険しさではなく優しさであること。
それから、ゲームには出てこない、私も知らない『青薔薇姫』というものをカタリナが選んだこと。
「カタリナ、ひとつ質問」
「はい?」
カタリナならきっと知ってるはずのそれを、私は直球で投げてみる。
「なら、もう運命は変わり始めてるの?」
「……ええ、お姉さま」
優しい微笑みを湛えながらカタリナはこっくりとうなずいた。
「お姉さまは見事に運命を改変し続けられておりますわ……」
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