第73話 戦闘ルート:それぞれの居場所

「戻ったわ、イルダール」


 騎士さんたちに囲まれ、戦後処理の指令を飛ばしてるイルダールに、私は背後から声をかける。


「姫」


「さっきも言ったけど、もう私は謝らない。きっと私は何かあればすぐに最前線に出ちゃうけど……私には背中を任せられる人がたくさんいるから。アガタ女伯、カタリナ、パルメ夫人、みんな一緒に戦う仲間なの。戦う場所は違っても」


 アガタ女伯が何度か口にした『女の戦い』の意味、私にもちょっとわかる気がするんだ。

 ヨナタンが剣じゃなくて頭の良さを武器にしてるように、人それぞれ戦う場所も違ってて、女伯のそれが後方支援なら、私のそれは最前線。

 皇女なのに無責任って言われるかもしれないけど、うまくできないことを見栄を張ってやる方が、ずっと無責任に私には思える。


 だからイルダールにもきちんと話しておかなくちゃ。

 私の戦い方。


「イルダール、これからはあなたにも、仲間として私の背中を守ってほしい」

「それは皇女としてのご命令ですか?」


 振り向いたイルダールが眉間に皺を寄せて答えた。


「ううん。皇女でも戦姫でもなく、ただの娘のエーレンとしての、あなたへのお願い」


 そう。これは命令じゃない。私からあなたへの、一緒に戦う仲間としての、対等なお願い。


 わかってくれるかな?いいよって言ってくれるかな?


 どきどきする。


 イルダールがため息をつきながらうつむいて、固めた拳で自分のこめかみをこんこんと叩いた。

 それから、またため息をつきながら顔をあげ、しょうがないな、と言いたいような顔で笑う。


「……ならばお受けしましょう。ただのエーレン様からの願いをいただけるなど、私が初めてでしょうから。

 しかし姫!できるだけ私の願いも聞いていただきたい!血を流す姫を見ながら後方で指揮を執る私がどのような気分だったか……」

「あっ、はいっ、わかりましたっ。大丈夫です!私は痛くても泣きません!強い子です!」

「そのような問題ではないのですが……まあ、それも姫らしい。ですがしかし、まずはその傷の手あ」

「ありがとう!着替えはカタリナのところでするから大丈夫!」

「ですからそのような問題ではなく!」


 際限なく続きそうなお説教から逃げ出して、私はサキへと走った。


 ごめんねイルダール。感謝はちゃんとしてるんだよ?

 でもその長い話だけは勘弁して!


 

                  

                        ※※

   


 

「サキ」 


 サキは起き上がって城壁の壁にもたれて座っていた。

 まだ顔色は青白かったけど、もうそこまで回復してきたんだと私はほっとする。


「エーレン!」

「元気になってきた?」

「うん!でもレオくん泣いちゃって大変だったー」


 ……侯爵……たぶん嬉し泣きなんだろうけどこんなとこで泣かないでください……。


 それから辺りを見回して、でも、そんな侯爵がその辺にいないことに私は気づく。


「あれ、でもいま侯爵は?どこ行ったの?」

「指揮官は泣いてはならないとか、姫に祝われたはつしょーりを、ぼくに助けをとかなんとかってみんなの方に行っちゃった」


 ってことは……まあ、すこしは強くなってくれたのかな。今までの感じだと侯爵はこんなサキから離れそうになかったもんね。

 うん。泣いてもわめいても、強くなってくれたのなら結果オーライ!ちょっと嬉しいな。

 

「えーと、怪我した人をどうするか決まったんだけど、サキはすぐに傷が治っちゃうじゃない?だからどうしようかなって」

「ん。だいじょーぶ。ぼくはもう一人で歩けるから外装パーツを構築し直して、大公のところでこっそり寝かせてもらうー」

「そっか」


『サキさんの手を離さないで』


 ならよかったーなんて言おうとしたとき、不意に頭をよぎるカタリナの言葉。


 確かに、私はサキがいなくなることなんて考えもしてなかった。

 サキは私が守るんだって根拠もなく信じてた。

 

 だから、サキが倒れたあのとき、どうしたらいいかわからなくなって、頭の中が真っ赤になって___。

 あれは……なんだったんだろう……?


「エーレン?」

「な、なんでもないっ。サキが無事でよかったってだけっ」

「ぼくも。エーレンが無事でよかった。こんなにケガさせてごめんね、エーレン。痛かったね」

「平気よ、このくらい。丈夫で強いのが私の取り柄なんだから」

「よかった、いつものエーレンだ―。

 ぼく、いつものエーレンが大好き!力が戻ったら今度はぼくがエーレンを守るからね!」

「ありがと」


 うくくっと楽しそうに笑うサキにいちおうお礼を返したあと、わたしはサキに思い切りめっ!をする。


「でももうこんな無茶しちゃダメ!」

「だからエーレン声おっきいってば!」

「そんなの今はどうでもいいの!

 サキはキトさんがいなきゃちゃんと力が使えないんでしょ?それをこんなことするから!」

「だってエーレンを守りたかったんだもん」

「それで死んじゃうかもしれなかったじゃん!」

「でもぼくはエーレンを守りたかったの!勝たせたかったの!ぼくだって男なんだよ!!」


 めずらしく、サキに大声で反論されて、私はなんだか我に帰る。

 考えたら、こんなこと怒鳴りたかったわけじゃないのに。

 サキが無事でいてくれたことを喜びたかっただけなのに。


「……ごめん」

「ううん……ぼく、結局、エーレンにケガさせちゃったし……守れなかった……」

「守ってくれたよ。ルツィアが影だけでも前線に出てきたのはきっとサキが空の色を変えたからだよ。

 ……あのときのサキ、かっこよかった」

「褒められちゃったぁ」


 すると、サキの表情がくるりと変わって、いつもみたいにあけっぴろげににぱっと笑う。

 その鮮やかな青の瞳がほころぶのが……なんでだろう、すごく嬉しい。

 胸の奥からあったかいものが湧いてくる感じ。


「でも本当に無茶はダメだよ。ルツィアに勝ててもサキがいなかったら私泣くよ。

 そしたら誰が私の涙を拭くの?」

「ごめんなさい……」

「仲間なんだから勝手に前に出ないでちゃんと話し合おう?」

「それ、暴走エーレンが言うと説得力なぁい」

「……デコピンしたいとこだけど怪我人だから我慢したげる」

「へぇー、エーレンにもそんな常識があったんだねぇ」


 ……前言撤回。


「デコピンはしないって言ったのにー!エーレンの嘘つき―!!」

「世の中には限度ってもんがあるの!すこしは自分の言動を反省しなさい!」

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