第72話 戦闘ルート:女の戦い
「ありがとう、カタリナ。だけどごめん、それは後にしてもらってもいい?騎士さんたちの傷の手当とか、今はいろいろ段取りを立てないといけないから……」
カタリナのそれは私にとって何より嬉しい申し出。
本当だったら速攻でついて行った方がいいんだろうけど……。
でも私は、目の前で血を流してる人たちを放っておくなんてできないよ。
この人たちは私を守ろうとして怪我をしたんだから。
皇女の役目、黒薔薇姫の役目、前の世界ではなかったいろいろなものが私の肩には積み重なってく。
でも、大事なことを間違えちゃいけないんだ。
私にいちばん大切なのは、私を信じて戦ってくれた人を守ること。
これだけは間違えちゃいけないんだ。
「騎士さんたちみんなを普通のびょ……じゃなくて施療院にお願いしたら大騒ぎになりそうだし……。戦いに関係ない人にはこういうことはまだ知られたくないんだよね」
ヤバい。病院って言っちゃうところだった!この世界では病院=施療院。
あーもう!このゲーム、乙女ゲームのくせに、無駄なところだけ設定が細かいんだから!
「お父様に話して帝室専属施療院を使わせてもらうとか……でもこんな大人数入るかなあ」
「安心なさって、お姉さま。お姉さまの同志は前線にて剣を持つ方ばかりではないようです」
「そうですわ、姫。姫はもうわたしのことをお忘れかしら……?
ならばわたしはとても寂しいですわ」
静かな衣擦れの音と一緒に、猫のように丸く鋭い瞳が私を見つめた。
ほっそりした体だけど弱さを感じないそれは……。
「え?アガタ夫人!?」
「はい。覚えていてくださったようで何より。
姫、いくさのときに後方を守るのも女の戦いでしてよ……。それから、ここからはわたしのことはアガタ女伯とお呼びになって。これはあくまで、主人の、エリクソン侯爵家の意思ではなく、わたしの生家のディランデル伯爵家の考えですることにしたいんですのよ。
わたしは姫のなさることには賛成ですが、そこに主人は巻き込みたくありませんの……だってあの人、とてもお人よしなんですもの」
主人はいい領主で夫ですが、戦争には向いていませんわ、と、アガタ夫人……じゃなくて、アガタ女伯がサロンで出会った時のようにころころと華やかに笑う。
「パルメ夫人はマリアン様の所へ……。もうマリアン様もロベルト様も何が起きているかはうすうすご存知でしょうけれど……とにかく、わたしたち女は姫に後顧の憂いなく戦っていただけるように尽力いたしますわ。
ですから施療院のことならわたしにお任せを。大公の仮住まいをお借りして臨時の施療院といたします。あそこならば姫も兵の方々も安心でしょう……?手当をする者もちゃんと連れて参りましたわ」
「ありがとうごいざいます!」
「いやですわ、姫、わたしごときに頭など下げられないで……。それよりもカタリナ様が姫になにか大事なご用がある様子……そちらへ向かってくださいな。わたしたちの代わりはいても姫の代わりはおられませんわ。それにこれはフォルシアン公やボレリウス宮中伯のおかげでもありますの。あの方々がこれまでにいろいろと根回しをしてくださったから……。
やはり、あのお二人は別格ですわねぇ」
カタリナとアガタ女伯の顔を交互に見てから、私はその言葉に甘えることにする。
確かに、私に一からの施療院の手配なんてやらせたらアガタ女伯より絶対時間がかかるし、私の行動をスムーズに進めるためにヴィンセントたちも黙って頑張ってくれたみたいだし……仲間なんだからこういうときは遠慮なしでやらせてもらおう。
その分、あとでみんなには礼を尽くして……あ、それよりもルツィアにかっこよく勝つのがいちばんいいな。
それがみんなのいちばん欲しいものだもん。
「了解です!あとでヴィンセントたちにもお礼を言っときます!」
「姫のそのお声、わたしは大好きですわ……本当に歯ごたえが宜しくて……わたしが男でしたら姫のように生き……いいえ、詮無いことですわねぇ……わたしはわたしにできる最善のことを……女としての戦いを致しますわ……誇りあるディランデル家のアガタ女伯として……」
アガタ女伯が薄青のドレスの裾をつまみ、私に向かって優雅に一礼する。
それからカタリナにも。
「カタリナ様……わたしにできることはどんなことでも致します……どうぞ姫様をお願い申し上げます」
「はい。アガタ女伯。このヤルヴァの皇女、いいえ、これまでのすべての白薔薇の名に賭けて、わたくしもわたくしの為せるすべてをいたしますわ……ご安心くださいまし。わたくしもこれで帝室の娘です……」
カタリナも同じようにドレスの裾を軽く持ち上げ、アガタ女伯に軽く頭を下げた。
それはなんだか不思議な光景だった。
2人ともどちらもいかにも乙女ゲームのヒロイン!って感じの細身の美人で、まるで強くなんか見えないのに、このときの2人のやり取りは開戦前の騎士さんたちどうしの誓いみたいだった。
「さあ、お姉さま、ご一緒に。
『日記』と『神の血』が姉さまを待っております……。
あれだけの打撃を与えればルツィアお姉さまもすぐには反転抗戦できないでしょうから、しばらくは時間があるはずです……」
「あ、じゃあサキとイルダールに一言だけ、いい?2人とも最高の貢献者だから!」
「かしこまりました。サキさんは不思議な方ですわね……。
お姉さま、どうかサキさんの手を放さないで」
え?
めずらしく、しっかりした声のカタリナに見つめられて私は戸惑う。
どうしてって聞きたくなる。
でもわかってる。
弱そうに見えて、こんな目をしたときのカタリナは絶対に退かない。
『神の血』のときのように優しく拒絶して答えてくれない。
だから私は笑ってみせた。
うん。私はサキの手を離さないよ、絶対に。
助けるって約束したんだから。
この笑顔が、私の答えだよ。
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