第71話 禁域ルート:「観察」の終わり
城壁に戻った私は、イルダールにトシュテンさんたちの傷の手当てをすぐさせるように指示しながらサキの元へ歩み寄る。
イルダールが何か叫びそうな顔をしたのを「後で、お願い」と言いながら手で強く制して。
イルダールの言いたいことは全部なんとなくわかる。
私は血だらけ。その上、突然本気で攻勢をかけてきたルツィア。
けど、今だけは、お願い、今だけは、私の気持ちを優先させて。
みんなと国のために戦ってきたエーレンではなく由真に戻らせて。
空が青さを取り戻したことで、侯爵の弓兵たちはそれぞれ装備をしまい、撤収の用意を始めていた。そのざわざわとした空気の中、侯爵だけがサキの傍らにうずくまっている。
「サキ……終わったよ……」
その声と同時に侯爵が振り向いた。
「姫……?」
「赤いのは全部消してきた。サキの邪魔をするのはもういないよ。だからさっさと元気になって」
「エーレン……怪我人への労りの心、なぁい」
「もう怪我人じゃないんだからいいの。……赤いのさえ消せば、サキはすぐに自己修復できるんでしょ?」
「うん。ほんとはね、わかってたよ。エーレンが赤いのを消してくれた瞬間、重いものが体からばーっと取れて、いつもみたいに無駄に力が溢れて来た……だから、エーレン、勝ったんだって。
ありがとね、エーレン」
「当たり前でしょ。私は黒薔薇姫、戦姫エーレンなんだから。その辺のおとぎ話のお姫様と一緒にしないで。
自分の国と国民が危険なのにわたくしは戦えませんなんてウダウダ言うお姫様がいたら叩っ斬ってやるわ」
「……エーレン、どんどん過激になってくね……」
「そうでもなきゃ生きていけないわよ。私はもともと……」
侯爵が近くにいるのに気が付いて、私ははっと口を閉ざす。
ヤバい。
うっかり、『普通の女子高生だったのに気が付いたら異世界の戦争なんかに巻き込まれてたんだからね!そんなことでも考えなきゃやってらんないじゃん!』とか言っちゃうとこだった!
ぐっと言葉を飲み込む私を見てサキがおかしそうな笑みを浮かべる。
あー、絶対に私が何を言いかけて焦ったか察しておもしろがってる、コイツ。
まったくこのデタラメ顔だけ妖精は!!
助かったと思ったら即助けてくれた相手を笑うとか!!
まあ、サキをどうしても助けたかったのは私だし、私が決めたことだからいいんだけど!
……あれ?私は何を怒ってるんだろ……?
サキが無茶したから?でもそれとはなんか違うような……。
「エーレン」
「なに?」
「ぼく頑張ったからカリカリいっぱいちょーだい」
「元気になったら即それ?!」
「うん」
はああと私は息をつく。
ブレない。サキはブレない。うん。わかってた。
「あの……カリカリとはなんでしょう……?」
遠慮がちに侯爵が聞く。
「あのねっ、カリカリはねっ」
跳ね起きそうな勢いで答えようとするサキの口を抑えて、私は「帝国最重要機密です。ごめんなさい。侯爵にも言えません」と、申し訳なさそうに眉を下げてみる。
予想通り侯爵は「いいえ!承知しました!もうお聞きしません!」と頭を下げてくれた。
素直なこの人に嘘をつくのは気が引けるけど、この二人のなかよしっぷりを知っちゃったら、ぶっちゃけ、優しい上に妙に濃いキャラなのがわかった侯爵は借金してでも宝石をサキに供給しそうだもんなあ……。
ついでに、眉をしかめてもごもごと暴れるサキにも耳打ちしとく。
「カリカリのこと、いま知ってる人たち以外に言ったら、サキには誰もカリカリあげちゃいけないって決まり、作っちゃうからね。カリカリ食べる人なんてこの世界にいないんだからね!」
これ以上、私の苦労、増やさないでよ、もう!
うぶぶーとサキは口をふさがれたまま抗議……してるんだろうな、これは。
「本当にお二人は仲が宜しいのですね。見ていると心穏やかな気分になれます」
侯爵が目を細めてふわふわっと笑った。
え?!このコントみたいなやり取りが?!
侯爵、やっぱり、意外と大物だ。
「それに、ルンドヴィストの弓矢が姫のお役に立てたこともとても嬉しく思います。僕の家は姫のように剣で切り込むことはできませんが、遠くから姫を助けることが出来るのだと……ありがとうございます、姫。
歴史あるルンドヴィストの嫡男に僕のような男がふさわしいのか不安でしたが、少しは胸を張れるような気がしてきました」
「少しじゃなくいっぱい胸を張って。初めての戦いでかっこよく勝ったんだから」
「それはサキくんの……」
「ストップ。それでも、よ。サキの力を乗せて魔を祓う矢を射れるのはあなたの家だけなんでしょう?それにあなたはサキが倒れても指揮をし通した。もう立派な指揮官よ。
さっきみたく、前線に突っ走らずにいられない私よりね」
「姫にはそれこそが似合います。弓矢の雨の中に金の髪が閃き、血を流しながらもけして後退することはない……戦神ヨンナ……その美しい姿が僕にも見えました」
「……見えなくてもいいんですけど……」
もう完璧すぎるほどフラグが立ってしまったらしい、うっとりした表情の侯爵から目をそらしながら、私はうんざりとつぶやく。
どうせこの乙女ゲーの登場キャラたちは人の話なんか聞いてくれないけどね!と、その辺の石に八つ当たりしながら。
そのとき、さらりと爽やかな風が吹いた気がした。
それと一緒に、涼やかな声。
「お姉さま」
そこにいたのは、クリーム色の地に白百合の花飾りを散らしたドレスを着た、カタリナだった。
「お姉さま……わたくし……決めましたわ。観察はもう終わりにいたします……」
そして、『観察者』はいつものように優しい微笑みを浮かべながら私に告げた___。
「さあ、来てくださいまし、お姉さま」
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