せくっす

エリー.ファー

せくっす

 午前二時半ともなれば、目を覚ます人間が少しずつ現れてくる。

 こんな田舎なら特にそうだと思う。

 僕は今日も、時計を見つめながら後悔の念にさいなまれる。

 午前二時半。

 なんとも、自分にとっては嫌な気分になる時間である。この繰り返しを今後も体験すると思うと、それがより顕著に精神に影響を及ぼしてくる。

 午前二時半。

 少し前のことだ。

 僕は彼女といた。

 この部屋に。

 ベッドの上だった。

 終電が過ぎても彼女がいたら押し倒そうと決意して、自分の体の匂いをいやに確かめ、引き留める言葉を幾つも頭の中に連ねたのだ。

 これでいい。

 これで大丈夫。

 僕はそう思いながらその日を過ごし、そして夜になって隣に座る彼女を見つめた。

 間もなく終電だ。

 それを知ってか、彼女が時間を気にしだす。

 分かっている。

 僕は何とか言葉を絞り出そうとした。しかし、どんな気の利いた言葉を用意していたのかすら忘れ、元々、準備をしていたことも覚えていなかった。

 終電が近づく。

 僕は電車が線路を叩き、空気を震わせる、そんな音を聞いているような気分になる。

 そして。

 気が付けば。

 言葉は何一つ出なかった。

 彼女は。

 終電の時刻七分前に。

 今日は帰らないから。と言った。

 僕は。

 僕はもう彼女の目を見つめることもできなくなっていた。

 何の前触れもなく、そして当たり前のように、終電の時間は過ぎて、夜は深まった。

 静かだった。

 本当に、静かだった。

 僕は彼女の手を握って、そしてなんとか十センチか二十センチほど距離を縮めた。彼女の方からも近づいてくれて、その距離はほんの数センチになった。

 零が遠い。

 遠すぎて、あくびをするふりも忘れた頃だった。

 何となく話をしながら、何となく学校の話をしながら、何となく彼女の友達の話と、何となく僕の友達の話をした。

 午前二時半。

 僕はそのままだった。

 彼女もそのままだった。

 それから少ししてから背中合わせに寝た。

 何も。

 何もなかった。

 僕は彼女の体温を背中で感じ、彼女には僕の体温を背中で感じさせた。

 不思議なもので、それでどこか満足している自分がいる。

 そう。自分に言い聞かせた。

 何かスマートな手段が思い浮かぶわけもなく、何もできないまま時間だけが過ぎて次の日の朝になった。

 僕と彼女は別々の時間に高校に向かった。

 それが、全てだった。

 彼女がその後、親の都合で引っ越し、引っ越し先の高校でいじめをうけて自殺をした話を聞く。

 僕は別に泣きもしなかったし、物思いにふけることもなかった。ただ、その時には新しい彼女ができていたから、ということではないのだ。

 それはもっと単純な理由で。

 できる限り、僕は僕にとって怪我をするかもしれない要因を精神的にも遠ざけようとしていたのかもしれない。

 今、僕は大学生になった。

 それからどうしても、彼女ができないままだった。

 もうすぐ、女友達が来る。

 線が細くて、男らしくて、口が悪く、誰にでも歯向かう。

 髪を赤に染めて、チェーンを必ず服のどこかで使っていて、口ピアスをしている。

 ゲームが好きで、漫画が好きで、アニメが好きで、激辛料理が好きで。

 おそらく。

 僕のことが好きで。

 僕も好きだ。

 間もなく、女友達が僕の部屋にやって来る。

 たぶん。

 かなり大きな声を出しながら部屋の扉を開けて、缶ビールの入ったビニール袋を僕に向かって投げてくる。

 おそらく、僕の推測が正しければ。

 今夜もきっと。

 あの午前二時半はやって来る。

 ケリは付けるつもりだ。

 午前二時半の悪魔に、もう二度と愛する人はつれていかせない。

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